プレーンスケープ トーメント 非公式小説

ラヴェル・パズルウェル、PART 2

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「十分だ、ラヴェル。お前は私から定命性をはぎ取り、それは善よりも多くの害を生んだ。私は定命性を取り戻したい—お前も、もう十分に持っていただろう」

「ラヴェルはおまえにあげられないよ、わたしのいとしいおとこ、ラヴェルは何も持ってないんだ……わたしがおまえや、おまえの定命性を手に入れたことなんてない……利己的な愛情の記念品として、両方とも庭園に置いて、その肉体を愛でていたかったのにねえ……でもそんなことは、ラヴェルにはできなかったんだよ……」

「なぜだ?」

「彼を愛してたのね!」

 驚いた様子のアンナが沈黙を破った。

「彼を愛してたんだわ、ほんとに!」

 ラヴェルは品のない笑みを浮かべた。

「そんなに信じられないかい、フィーンド族……?」

 彼女は静かにヒヒヒヒと笑う。

「ラヴェルはラヴェルだよ、そんな神話の存在は、黒いいばらの心に、そんな気持ちを抱く価値もないとでも……?」

「そのような気持ちを抱くに値しない生き物などおりません、ラヴェルさん」

 グレイスが優しく話す。

「しかしながら、歴史はあなたのことを、そのような哀れみ深い絵としては描いておりません……」

「チッチッチ! 過去は過去だよ、それに歴史は、真実を話すことを気にしないもんさ……」

 ラヴェルはグレイスを見つめて眉をひそめ、声をわずかに、威圧的に落とした。

「ささくれ立っちまうねえ……さあ、銀メッキの舌を動かすんじゃないよ、アビスの娘。おまえの柔らかい言葉で、ここの空気を汚す必要はないんだ—このおとこと、わたしが喋る、おまえは身を引くんだよ。すぐに相手をしてやるさ」

「もういい、ラヴェル。私の定命性を持っていないなら……どこにあるんだ?」

 ラヴェルを見つけ出すことはできたが、さらに他のものを見つけ出す必要があるようだ。それは簡単なことではないと感じる……

「知らないよ、かわいいこ。でもわたしがおまえなら、すぐに取り返すだろうねえ。定命性が誰かの手に渡ってたら、“身代金”としてどんな恐ろしいことをされるか、わからないだろう」

 ラヴェルはかぎ爪をカチカチと鳴らす。

「他人のかわいいジューシーな魂を持ってるようなもんだ……誰かの糸で踊る操り人形、おまえは、なんて……ナンテ? 可哀想な人形だろうねえ。どこにあるのか、わたしは知らないよ」

「待て……私の定命性がどこにあるのか、知らないと言ったな。どこにあるのか知る人物は、知っているのか?」

 ラヴェルが恐ろしい笑みを浮かべ、牙が輝いた。

「賢い、賢い、賢いねえ、おまえは……そうさ、ラヴェルも知らないことを、知ってるかもしれないやつがいる……」

 遠くの何かを見つめるかのようにラヴェルの目がぼやけ、声がゆるやかになった。

「色白なやつと……おまえは……話さなきゃならない。天使、デーヴァ、夜明けの翼と両手で舞い上がる、地平線の創造者。そいつは、そいつはこの先、別の鳥籠とりかごに、別の牢獄にいる……そいつの知識の中に、おまえが求めるものがある。そいつに質問して、そいつの答えを聞いて、それを道しるべとして使うんだ」

「その天使はどこにいるんだ?」

「この牢獄を離れると、呪われた牢獄にたどり着くんだ……ぼんやり眺めただけじゃあ、そうとは見えないかもしれないけどねえ。注意して進んで、短くなり続ける鎖の金色の輪を見つけるんだ。光がやみをもたらして、新しい道が開かれるだろうさ」

「なかなかに謎めいているが……意外ではないな。ありがとう」

 ラヴェルはヒヒヒヒと笑う。

「昔はこうじゃなかったんだけどねえ……おまえは幸運だよ、辛辣なこ!」

「おっと、そうか? ただ、誰が何を知っているかという鎖が、滑らかにつながっていることはないようだ、という意味だ」

「あぁぁ……」

 ラヴェルは微笑み、かぎ爪の一つを上げた。

「だからおまえは、それぞれの輪の安全を保たなきゃならないんだ。それが滑らかじゃなくなっちまったら、輪が砕けたら、つながりがどうなるか、想像してごらん……時と死は他の者たちに対して、おまえに対するほど辛抱強くはないんだよ」

「つまりどういうことだ?」

「おまえの大切なつながりの一つが死んだら、どうなるんだい? そうして、また自分を忘れたら? おまえはどうするんだい? 抜け出た定命性がどこにあるのか……それは、どうすればたどり着けるのか、訊ける相手が残ってないからねえ。道をたどるのが難しくなる……になるかもしれないねえ……」

「ラヴェル、質問がある……何者なんだ? どこから来た?」

「わたしかい? ラヴェルRavelがわたしだよ、パズルの製作者であり破壊者、解けないものの回答者、酔っぱらいの髪の毛の結び目みたいになるまで、思考の糸をほぐしRavelingほどくUnravelingんだよ」

 ラヴェルは灰色のぎざぎざの髪をつまみ、指に巻きつけた。

「それで十分、十分なのさ」

「しかし、なんだ? “夜の妖婆ナイト・ハグ”だと言う者もいたが」

夜の妖婆ナイト・ハグ……?」

 ラヴェルはぞっとするような笑みを浮かべた。黄色い歯が針のようだ。

「わたしはただの痛ましい……イタましい? さ。最愛の創造物に、イタましくも恋い焦がれてる。老婆、灰色の貴婦人、ヤーガの姉妹、夜の妖婆ナイト・ハグと呼ばれることもある—でもがわたしの名前だよ、ラヴェル、パズルのウェルのラヴェル、難問を提供し、不可能を倒す」

「わたしら〈灰色の貴婦人〉は、いろんなことを言われてる。種族は“夜の妖婆ナイト・ハグ”だけど、がわたしなんだ。わたしらのことを、いにしえの悪、定命者の夢の渡り手、やさしき者たち、醜悪、人の心の暗部に居を構える醜いものと呼ぶやつらもいる」

 細められたラヴェルの目が、赤い火花になった。

「でもそれは、わたしには……のような者は、わたしのような者を何と呼ぶんだい、かわいいこ?」

 私の返答はお世辞だったが、そこに真実が含まれていないわけでもなかった。

「ラヴェル、私はお前を美しいと思う。おそらくその瞳ではなく、心が鋭く鮮やかなんだ」

「チッチッチ! そんな事実を気にしてると思ってるのかい?! 内なる美のまじない、それがどれだけ肉体を保つんだ。おまえは、わたしが醜いと思うかい……?」

「ラヴェル、お前は醜く……」

「これでもわたしは、必ずしも醜いわけじゃんだよ。わたしの姿は、わたしの意志にとっては水に過ぎないんだ、その繊維を織り直して、もっと悦ばしいタペストリーにすることだってできる……」

 ラヴェルはフォール゠フロム゠グレイスを一瞥いちべつし、微笑んで唇をなめた。

「そうさ……」

 ラヴェルは……溶けてフォール゠フロム゠グレイスに変わった。彼女の風姿で、彼女の相貌で、彼女の衣服で……

「この姿のほうが悦ばしいかい?」

 ラヴェルが微笑んだ。今や彼女の歯は光り輝く純白で、唇はほのかに赤い。

「とっても文化的で、息をのむだろう?」

 彼女が私に近づく。

「さあ、わたしのいとしいおとこ、唇は、アビスの苦悩で燃えたりしないよ。おまえの唇を重ねるんだ」

 私は周囲を、仲間たちを見たが、引くに引けない状況だった。ラヴェルの心に閉じこめられた秘密を明らかにするために、できることをしよう。

 唇をラヴェルの唇に触れさせた。姿は変わっても、唇は砂のように乾いていて、棘のある種子にキスしたかのような鋭い痛みを感じた。私は唇の血をなめながら後ずさった。ラヴェルも鏡写しで、新しい姿をさらにぞっとするものにしていた。私の血の滴を口の端に残したまま、邪悪な笑みを浮かべているのだ。

「噛んだ……のか」

「おまえもわたしを噛んだんだよ、ずっと昔に、キスじゃなくて、心を噛んだんだ……」

 ラヴェルは微笑んだ。

「驚くことはないよ、わたしのいとしいおとこ。害はない……たぶん、おまえが旅する者たち以外にとってはねえ」

 彼女は軽くヒヒヒヒと笑った。私は不意にグレイスとアンナの視線に気づいた。グレイスは表面上は落ち着いているように見えるが、私たちのあいだの何かがという奇妙な感覚がした。アンナは目を細め、尻尾を危険なほどに前後に振り回している。

「元の姿に戻るんだ、ラヴェル」

 彼女は逆流して醜い夜の妖婆ナイト・ハグの姿になった。

「悦ばせるのが難しいおとこだよ、おまえは! ペエッ! なんでわたしらの種には、おとこがいないんだろうねえ!」

「お前は他にどんな姿になれる……どんな姿にんだ?」

たぶんどこかのMaybe someメベスMebbethじゃあない」

 ラヴェルはこの質問に混乱したようだ。

「わたしはそんなじゃあなかった、わたしは違ったよI've neenわたしはI-veneアイ゠ヴェーンEi-Vene、かねえ? カシコクSmartaも、マルタMartaでもない……あまりにたくさんの糸と枝、あまりにたくさんのラヴェル……常に縫って繕って成長するのが、わたしの姿なのさ」

「メベス? お前はメベスだったのか?」

「それはわたしの名前の一つかもしれない……そうさね?」

 さらに混乱したかのように、黒い血管の目がかすむ。

「名前は、覚えるのがんだよ……」

 声がぼんやりとしたものに変わる。

「遠くから呼びかけられてるみたいでねえ……」

「メベスは親切で、私を助けてくれた。つまり、助けてくれたんだ。ありがとう、ラヴェル」

 メベスのことを口にすると、ラヴェルの顔からすべての色が流れ出て、灰色になった—文字通りに。それはまるで……色が消えたかのようだった。

「それでおまえは誰だろうねえ、んんんん? また老いぼれメベスのところに戻ってきたのかい……?」

 私はほんの数日前に老いたメベスにした返事を返した。

「ああ、そうだ……メベス……私は、あー、秘技をもっと学びに来たんだ。教えてくれないか?」

「ペエッ! あたしはただの産婆だ、そんな秘技みたいな力は、あたしには無理だよ……」

「私は……そうは思わない。教えられることが、気づいているよりも多くあるはずだ。ずっと多く」

 そして質問がこだまのように響いた。

「秘技を学びたいのかい? 何でそんなことを学びたいんだい?」

「私が誰なのかという謎を解くために、必要になるかもしれないからだ」

 しばらくして、ラヴェルは……メベスは……うなずいた。

「秘技は助けになるかもしれないし、ならないかもしれない。そしておまえは、すべての問題を解決するために、それに頼っちゃあいけない」

 彼女はため息をついた。

「それはだいたい、おまえの疑問の山に、もう一つ欠片を加えるだけなんだよ……」

 彼女は身を乗り出した。

「でも、それでいいなら、聞くんだ……」

 メベスが……ラヴェルが……何かをささやき、私は変化を感じた。何かが変わった気がした。彼女は何か恐ろしいことを、次元界の仕組みに関する何かを話した。しかし心がその言葉を締め出し、思い出すことはできなかった。そのことを考えるだけで、心臓の鼓動が早まる……ラヴェルは、知るべき運命にある者がいるのかも分からないようなことを話したのだ。彼女は私を見つめ、観察している。

「お前はアイ゠ヴェーンだったのか? 〈葬儀場〉の? ラヴェル、アイ゠ヴェーンも私を助けてくれた」

 ほとんど無意識のうちに、ラヴェルの手が私に伸びる。そして一瞬だけ、それがアイ゠ヴェーンのかぎ爪だと確信できた……

 ラヴェルは左手で髪の毛を引き抜いてかぎ爪に引っかけ、そして稲妻のように、別のかぎ爪を私の傷の近くの皮膚に突き刺した。それはほんの針のひと刺しに過ぎなかったが、その後彼女は私を縫いはじめた。アイ゠ヴェーンのときと同じように、不思議と痛みは伴わなかったが、糸と縫い目はさらに深く、実際は皮膚の表面を越えていないにもかかわらず、私のを縫っているかのようだ。しばらくしてラヴェルのかぎ爪は引き戻され、私は……さらに強くなったように感じた。ラヴェルはアイ゠ヴェーンの声でつぶやいた。

「バカなゾンヒ……」

「お前は〈埋ずもれた村〉の泡々あわあわなお針子でもあったのか? マルタは泡々あわあわだったが、不親切なわけでも、助けにならなかったわけでもなかった。お前が彼女だったのなら、私を傷つけるつもりはなかったんだな。ありがとう」

 彼女の名前を口にすると、ラヴェルの顔が転じたように思えた……青い皮膚がたわみ、以前マルタの顔に見たような酸っぱそうな表情になった。

「さあさあ……ぜんぜん難しくないだろう、マルタ……」

 彼女は人さし指のかぎ爪をメスのように上げて、私に近づいた。

「インチキ死体、汚い死体」

 ラヴェルの不潔なかぎ爪が私の腹部に突き刺さり、のこぎりのような動きで容赦なく下へと切り進んだ……しかし、痛みはない。私は彼女が触れたところから皮膚がゆっくりとはがれていくのを見ていた—その傷からは、血が出ない。

「これを見るんだよ、マルタ……これを……」

 ラヴェルの空いている手が私の胸に突き刺さり、腸をより糸のように輪にして腹部から引き抜いた……すると時が巻き戻るかのように腹部がふさがった。マルタは……ラヴェルは……私の腸をトロフィーのようにかかげた。

「きれいだねえ、きれいだねえ、マルタ……? そんなもの、呑みこんじゃあだめだねえ……」

「あー……返してくれないか? 後で必要になるかもしれない」

 マルタは……ラヴェルは……ゆっくりとうなずいた。

「そうかねえ、マルタ? ああ……ああ、そうだよ、マルタ。不死者の内臓には、強力な魔法がある、ああ……歯ものや……眼球とは違うねえ……」

 ラヴェルの顔立ちが変化し、もはやマルタの面影は見えなかった。

「なぜ私を助けてくれたんだ、ラヴェル?」

「おまえを助けずにはいられなかったんだよ、わたしのいとしいおとこ……どれだけたくさんのラヴェルがいても、それは変わらない……このことは、皆同意するだろうねえ」

「この場所は何なんだ?」

 彼女が造り上げたいばらの庭園に興味をひかれ、そう尋ねた。

「生命のない石の〈迷路〉だったよ、かつてはね、面白くもない、でもこの場所に来たときに、髪の毛に小さな黒い種が絡みついてたんだ。それが石の中で強く育って、繁茂して、繁茂して、老婆の髪がほどけたみたいに〈迷路〉を覆い尽くしたんだ……それでこの〈迷路〉は、わたしの庭園になったのさ」

「お前はなぜ閉じこめられているんだ、ラヴェル?」

「わたしは〈貴婦人レディ〉を助けようとした、でも彼女は、優しくも拒絶したんだよ」

 フォール゠フロム゠グレイスが質問を差しはさんだ。

「〈苦痛の貴婦人レディ・オヴ・ペイン〉を? 彼女をしたのですか?」

「わたしの申し出は、歓迎されなかったよ。彼女を解放しようとしたんだ。シギルは“鳥籠とりかご”なんだ、扉の都と錠前は、彼女のための牢獄なんだ。そうに違いない、そうだろう? シギルの都市を“鳥籠とりかご”なんて呼ぶ理由が他にあるかい? そして鳥籠とりかごの中にいるのは? 〈貴婦人レディ〉だ! 偉大な者のための、小さすぎる牢獄。そんなふうに女性を苦しめるなんて不当だよ、間違ってる、耐えられない!」

 モーテがコメントを加えた。

「誰が鳥籠とりかごに入るべきかは明らかだね……」

「わたしは鳥籠とりかごを壊して、〈貴婦人レディ〉を逃がそうとしたんだ」

 彼女はシッシッと身ぶりし、見えない鳥が散り散りになるにつれて、表情が痛ましいものに変わった。

「シッシッ、ああ、痛ましい女性よ、考えを盗み聞きされることを恐れて文字でしか喋らない愚かなダバスを残して、シギルの輪を壊して、汚い街路から遠くに飛んでくんだ!」

 ラヴェルはシッシッという動きをゆっくりと止め、ゆっくりとため息をついた。

「終える前にわたしはここにいて、わたしの記憶は旅にはまったく向いてない……たくさんのものが滑り落ちて、たくさんのことを忘れちまった、そうだったかねえ……そうさねえ? そうだったねえ?」

 ラヴェルは微笑んで黄色い歯を見せた。

「記憶の衰えは、この老骨の慰めにはなったよ。たくさんのことを忘れて……それでも、まだおまえを覚えてるのは幸運だねえ」

「ラヴェル、しかし……苦痛の貴婦人レディ・オヴ・ペイン〉をシギルから解放しようとしたんだ?」

 ラヴェルの声が落ち、ほとんど叱責のようになった。

「わたしは誰だって、神威かむいでさえ、閉じこめられてるのは腹が立つんだ、そして皆が、誰もが……石でも、岸でも、無口な刃の〈貴婦人レディ〉でも……になるべきだと思ってるんだ。わたしが愚かだって言うやつもいる。なんでそんな危険なことをするんだってねえ?」

 ラヴェルがシギルという鳥籠とりかごを壊そうとする理由はいろいろと聞いていた。しかし、こんな動機を示した者はいなかった。ラヴェルはその黒い魂の中に、ずっと思いやりの力を持っていたのだろうか。あるいは私が目覚めさせたあり得ない愛が、他の優しい感情の余地を生んだのだろうか。

「わたしには耐えられないことがいくつかあるんだ、謝るつもりはないよ、いとしいはんぶんのおとこ—でも……わたしが余計なおせっかいをすると……多くの命と夢が、地面に散らばることになる。おまえのことも、放っておいたら、もしかしたらもっといい生になってたかもしれないねえ……」

「ずっと昔に出会ったとき、お前はそうしようとしたのか? 私を解放しようと?」

「きっとそうだねえ、そうだねえきっと。人生の鎖と死の恐怖は、人をしっかりとつかんでたのかもねえ、私はそうシッテ……知って? 知ってたのさ、んんん、んんんん?」

 ラヴェルは灰色のぎざぎざの髪をつまみ、指に巻きつけた。

「鎖や鳥籠とりかごは好きじゃないんだよ、ラヴェルは……」

「あー、私は何らかの鳥籠とりかごの中にいたのか? あるいは鎖につながれて? 記憶が混ざってしまっているように聞こえるが……」

「そうさ……」

 ラヴェルは一瞬まばたきし、まるで重い武器に打たれたかのように、黒い脈の目がどんよりとした。かぎ爪が灰色の髪を強く引っ張り、頭蓋骨から引きちぎろうとしているかのようだ。

「きっと……おまえは閉じこめられてたのかねえ? でもお前を捕らえてたのは、普通の鳥籠とりかごじゃない……」

「何に捕らわれていたのか、心当たりはあるか?」

 ラヴェルは混乱したようで、不快な考えと戦うかのように顔を歪めた。

「忘れちまったよ……約束かねえ……? いや、違う……」

 彼女の指が髪を引っ張り、そして驚いたことに、小枝が折れるような音がして、ラヴェルは髪の毛を引きちぎった。頭頂から黒い血が滴り落ち、彼女は怒りでしゅうしゅうと音を立てた。

「ラヴェル……? 大丈夫か?」

「これ以上は言わないよ……」

 ラヴェルの顔は痛みでしわが寄り、かぎ爪は先端に血がついた灰色の髪の毛で覆われている—それは頭から引き抜かれてさえ、ぎざぎざで硬そうだ。

「知らないし、知らないってことを分かち合うしかないよ!」

 彼女はかぎ爪を覆う灰色の髪の毛を見下ろし、しゅうしゅうと音を立ててそれを私のほうに投げ飛ばした。

「そいつを受け取りな、そんで過去なんて、あるべきところに捨てとくんだよ、はんぶんのおとこ!」

 私の過去という謎について、これ以上助けにならないとしても、彼女から学べることは他にもある。

「伝説によれば、お前は強力な魔道士なんだろう、ラヴェル。何らかの秘技を教えてはくれないか?」

「ラヴェルが秘技を知ってるだって?!  おまえの心は定命性と、失っちまったすべてと同じ道をたどったのかい?! わたしは秘技のことは、おまえよりも忘れちまったんだ……」

「なら、秘技を教えてくれるか?」

 ラヴェルは黒い脈の目を細め、私を見つめた。

「おまえみたいなやつには、説得されちまうかもしれないねえ……他のやつならそんな機会はないし、恩恵なんて与えないよ。おまえは秘技の初歩的な生徒なのかい、それともわたしが向かい合ってるのは、実証済みの枯れた……カレタ? 枯れた達人なのかい?」

「秘技の達人だ、美しきラヴェルよ」

「おべっかめ……でもおまえの言葉は温かいねえ」

 ラヴェルの声が変わった。弦楽器をかき鳴らすかのように、ピッチが交互に変化する。

「わたしが学んだことは、この庭園に関することだ。棘から蒸留した魔術と魔法さ……」

 彼女は独り口ずさみ始めた。

「……子音を揺らして韻を踏む、その静と動で、野バラが助けてくれるのさ。聴くんだ、枝たちが教えてくれる」

 目を閉じて聴くと、何十もの野バラの蛇が肉体に潜りこむかのような、大きなとどろきが通り過ぎた。その痛みに耐えられないと感じた瞬間に、私は無意識に口ずさみ始めていた。ラヴェルと同じ旋律を……そして痛みは引いた。〈迷路〉の遠くから、私の呼びかけに答えるかのように、木の生き物が音を立てるのが聞こえた。ラヴェルは黒い脈の目に興味深げな光をたたえて私を見ていた。

「その……」

 彼女は驚いたかのように静かにしゅうしゅうと音を立て、唇をめくり上げて微笑んだ。

「耳にしたすべてに作用するだろうねえ。おまえは強いよ、わたしのいとしいおとこ、とっても強い……いつの日か、次元界だっておまえの意志に屈するかもしれないねえ……」

「ラヴェル、私はそんなことは望まない。その道を歩む者は多いだろうが、私ではない」

 ラヴェルはうなずき、そして私の手をあごで示した。驚いたことに、手には棘のある種子がいくつか握られていた。

「その種を受け取りな。好きに使うんだよ……それと、もう一つ恩恵を加えようかねえ」

 彼女は頭から髪の毛を引き抜き、ひと握りの種を取り、手のひらに置いて砕いた。黒みがかった血が一筋流れ、しかし彼女が手を開くと、そこに傷はなかった……そこにはラヴェルの灰色の髪の房が編みこまれた、黒い棘のネックレスがあった。

「受け取りな。これはわたしだ、おまえの役に立つだろうさ」

 私はラヴェルがしてくれたすべてのことを感謝した。しかし、私の探求はまだ終わっていない。

「ありがとう、ラヴェル。行かなければ」

「待つんだ……」

 ラヴェルの声が、蛇のような低いしゅうしゅうという音に変わった。

「重要な質問を、まだしてないだろう、わたしのいとしいおとこ。わかるかい?」

「ああ……この場所を去る方法を知る必要がある。お前はこの質問の答えを知っているのか?」

「わたしはこの場所の、より合わさって曲がって潜りこんでる枝を知ってる。ここに葉はないけれど、好きな時に立ち去ることができるはずさ」

「それで、その方法を知っているのか?」

「両手を枝みたいにまとって、鳥籠とりかごみたいに胸を囲むんだ。〈迷路〉のふちから暗闇に足を踏み入れれば、おまえの体は別の鳥籠とりかごに行くだろうさ—立ち去るのは簡単だけど、最後の一歩を踏み出せば帰ることはできないよ、だから用心して、必要なものはその前に手に入れておくんだ。どのふちか、ドノ? ふちか、わたしは知らないよ。思い出せないし、〈迷路〉のふちは、ほとんど何も語らないんだ」

「出る方法を知っていたのか? 今までずっと? なら……なぜ出て行かないんだ?」

「立ち去れるのに、なんで留まるのかってのが、おまえの質問かい?」

 ラヴェルはゆがんだ笑みを浮かべ、並んだ牙をあらわにした。

「その質問を逆にして、息つく間もなくおまえに返そうかねえ。答えは留まるか離れるかじゃなくて、原因と理由にあるんだよ、いとしいはんぶんのおとこ」

「立ち去りたくないのか?」

「望んでたさ、かつての望みだよ、でも今の望みじゃない、そして、ますますない、何もない、望みなんてない。いばらの壁の向こうに、何があるっていうんだい? この〈迷路〉のふちを越えたら、残酷でぎざぎざの世界だよ。ラヴェルは自分の皮膚から、その破片を引き抜いたのさ」

「美しきラヴェルよ、お前は私をとても助けてくれた。私の要求を聞いてくれて、知識を分かち合ってくれて、ありがとう」

 ラヴェルはゆがんだ笑みで牙を見せ、そして静かにヒヒヒヒと笑った。

「あぁ……感謝するのはだよ、わたしのいとしいおとこ。こんな甘いおべっかが〈迷路〉を訪ねたのは、久しぶりだからねえ……おまえに与えたい恩寵おんちょうがあるんだ、わたしのヒバリ」

 私が口を開こうとすると、彼女は手を突き出した。

「シーッ……おまえに秘密を教えよう……目を閉じるんだ、この多元宇宙の本質を見せてあげるよ……」

 私は目を閉じた。すると鋭い差すような痛みを右眼に感じた。私の目が……片目が……開き……そしてラヴェルを見た。彼女の血のように赤い目が歓喜に光る。彼女のかぎ爪の一つが伸び、その先端に私の血と……眼球が。私の眼球が。

「な……にを……した……?」

「わたしが与えた恩寵おんちょうさ、わたしのヒバリ。知覚のねじれ、心の枝との接触、ラヴェルの知識の根への接触、それをおまえに与えたんだ……わたしの一部をねえ……」

 彼女が眼球を手に取り、黒い種子と共に左の手のひらに置く様子を、嫌悪感を覚えながら見ていた。グロテスクな笑みを浮かべ、彼女はそれらをぐちゃりと握りつぶした。

「あぁ……」

「かえ……せ……」

「もちろんさ、いとしいおとこ……」

 ラヴェルが手を開くと、私の眼はそこにあった。見たところ無傷で、私を見つめている。彼女はそれを親指と人さし指ではさみ、私が反応する前に、空の眼孔に差しこんだ。

「あぐぐぐぐ……」

「おまえの眼の中に、わたしの一部があるんだよ、いとしいおとこ。その眼を通して次元界を見れば、前より多くを理解できる……おまえは賢くなって、次元界をもっと経験して、その輪転りんてんを理解する……それだけさ」

 別れを告げようとした瞬間に、頭蓋骨の中で這い回る感覚がした—そして私は、ラヴェルの黒い脈の目が奇妙な略奪の炎を帯びたことに気づいた。

「私を行かせるつもりはないんだな、ラヴェル?」

「鋭い質問だねえ—でも本当の質問じゃあない」

 ラヴェルの声が奇妙なささやきに変わる—とても悲しそうな響きが、私の心の中に送りこまれる。

「質問はこうさ。私を残して行きたいのかい、はんぶんのおとこ?」

「公平なるラヴェル、ずっと昔にここに来たとき、お前は私を助けてくれた。そして再びそうしてくれた。お前がしてくれたことは忘れない。しかし、今は行かなければ—自分自身について、もっと知らなければならないんだ」

 ラヴェルの周囲の空気が、恐ろしく揺らめく—小枝が折れ、大枝が割れ、木々が曲がり裂ける恐ろしい音がする……ラヴェルの唇がめくれ、その声はうなる風のような金切り声に変わった。

の何を知ってるんだい、はんぶんのおとこ?! これを、おまえはここに、いるんだ、わたしのいばらの庭園に、二度と去らず、おまえはわたしを!」

「残念ながら、私は付き合いがよくないんだ、ラヴェル。そしていずれにしても、留まることはできない。残念ながら、お前は私を通さなければならない」

「おまえを行かせは—わたしにはおまえをここにがあるんだ、それを使。わたしが、黒い棘の〈迷路〉がおまえを越えさせはんだ、わたしのいとしい、おとこ……」

「ラヴェル、お前と戦いたくはない……そんなことはしたくないんだ。通してくれ、また戻ってくる。お前はこの場所で独りでいる必要はない」

?! ずうっと昔にそう言った通りに、?! 駄目だ……駄目だ、おまえがラヴェルに、! もう何世紀もおまえを待ちはしない……」

 ラヴェルの唇がめくれ、かぎ爪が伸びてフィーンドのようになった。

「このわたしの庭園におまえは、もう次元界をさまようことは……!」

「ラヴェル、落ち着け、こんなことをする必要はない……」

「おまえは自分のを忘れちまったんだよ、はんぶんのおとこ。謙虚さが必要だねえ」

 ラヴェルの木の生き物が周囲にあらわれ、彼女自身も呪文を唱えはじめた。ラヴェルが共有してくれた〈迷路〉への神秘的な理解により、彼女の下僕の一部を従わせることができ、ラヴェルの支配下にある者たちにけしかけた。これによって、私と仲間たちはラヴェル自身に立ち向かうことができた。

 この黒いいばらの墓に何世紀も幽閉されたことで、ラヴェルの力は弱まっていたのかもしれない。彼女の呪文は強力だったが、私の魔法と仲間たちの武器を完全に防ぐことはできなかった。短い殺伐とした戦闘の後、私はラヴェルの死体を見下ろしていた。私は伝説を探し、そして物語の邪悪な妖婆ハグよりもはるかに複雑な人物を見つけた。そして、探索がより切迫したものになったことに気づいた。私が記憶を失ってしまえば、未来の私はもうラヴェルの知恵の恩恵を受けることができないのだ。

 さらにラヴェルと戦っているあいだに、新たなものが〈迷路〉に入って来ていたことにも気づいた。影に取り囲まれていた。こんな場所で、敵が私を見つけ出したのだ。目の前の死体から役立つかもしれないものを素早くつかみ取り、周囲の影に立ち向かった。間近な影を殺しても、その背後から別の影が襲いかかってくる。私たちは〈迷路〉の端を目指して猛然と走り、途中でさらに影を殺しながら、ラヴェルが話していたポータルを探し出した。ポータルに飛びこむと、瞬時に他のどこかへ転送された……

* * *

 ラヴェルの死体が地面に横たわり、もつれた木の枝に見えるものに、数瞬前までは木の生き物であったものに囲まれている。棘のある亡霊が滑り寄り、死体のところで止まった。いや、死体ではない。ラヴェルが喋りだしたのだ。

「出て行きな、わたしは死んだんだ」

 亡霊は、次元界じゅうに響き渡るかのような、殷々いんいんたる声で答えた。

 ならば死の王国は、我ら双方に対して門を閉じたのだな。立て、老婆よ!

「シッシッシッ。出て行くんだ。わたしは死んだ、生者と取引することなんてないんだよ」

 お前がどう死ぬかなど気にはせぬ。これが最後の警告だ。立て。さもなくば、そのままお前を殺すことになる。

 ラヴェルだった老婆は、よろよろと立ち上がった。

「あいつの手で死ぬことで、かつての要求は満たしたと思ったんだけどねえ」

 機会があるなどと思うな。奴に上手くいったと思わせるなど、甘いものだ。

「あいつは強い。わたしを殺すことだってできたんだ、わたしのトリックのおかげではあるけどねえ。幸運だったよ、わたしは」

 我がお前を見つけた瞬間に、幸運はお前を見捨てた。来たるべき運命への備えはできているか、妖婆ハグよ?

「怖くなんてないよ。おまえとは違うんだ、ぼろぼろのこ。ラヴェルは弱いかもしれない、でも何年もかけて、いくつかトリックを学んだんだ。それに、おまえが来ることはわかってた」

 ラヴェルは呪文を唱えた。

「ラヴェルの怒りを見るんだね」

 双方が互いに呪文を放ったが、すでにひどく弱っていたラヴェルは、再び地面に崩れ落ちた。今回は、回復できないほどに。

 魔女よ、もはやお前の存在が誰かを悩ませることはない。


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