プレーンスケープ トーメント 非公式小説

ラヴェル・パズルウェル、PART 1

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 準備に一日以上かかったが、求めてきた答えはもうすぐだ。〈売春宿〉の空き部屋で確認したところ、ポータルはケサイの血を含んだ布で触れるだけで起動できることが分かった。そのままポータルを通り抜けると、そこは〈迷路〉だった。ここでラヴェルが見つかるはずだ。

 足を踏み入れたのは、いばらとやぶだらけの迷宮だ。厚い灌木かんぼくが壁となって周囲を取り囲み、一方で足元の地面は何千もの根が絡まってできている。ほどなく危険な生き物に出会った。動物よりも植物に近い二体のクリーチャーが襲ってきたのだ。動きは素早く、枝のような一組の爪が生えていた。幸いにも戦闘能力で仲間たちに及ぶことはなく、素早く対処することができた。

 〈迷路〉を進み、さらに何体かの生き物を片づけた。右手のいばらの壁に裂け目を見つけた私たちは、そこを通って新たな通路を進んだ。その先には小さく開けた場所があり、そこに一人の人物がいた。

 目の前にいる太ったかぎ鼻の老婆は、とても神話の人物には見えない。質素な(汚いとも言える)茶色のシャツとレギンスを身につけ、すり切れたベルトからは大量の小袋をぶら下げている。私の存在には気づいていないようで、周囲で起きていることよりも〈迷路〉の床を形成している絡み合った黒い根に関心を寄せている。私はしばらく彼女を観察していた。

 もつれてぼさぼさの灰色の髪がフードの下から広がり、ゆがんだ灰色の根の塊のように肩から下へと広がっている。病的な青がかった灰色の皮膚が顔に垂れて折り重なり、細いあごが長く鋭く突き出ている。下あごからは黄色い犬歯が、小さな牙のように上に伸びている。

「ラヴェル……?」

「ああ……来客かい」

 老婆の声は、塵の層を通して聞こえてくるかのような、かすれたしわがれた声だ。気だるげな目は血のような赤色で、黒い血管が木の枝のように走っている。彼女に見つめられると、蛇が頭蓋骨の中を掘り進むような奇妙な感覚が通り抜けた。

「こんにちは……ラヴェル」

「まあまあ、わたしのかわいいこ、やっと戻ってきたんだねえ?」

 ラヴェルの顔がグロテスクな笑みに変わり、欠けた黄色の牙の並びがあらわになった。

「ずうっと昔にいなくなって、哀れで孤独なラヴェルを忘れちまったんじゃないかと、心配してたんだよ」

 恐ろしい光景だが、予想ほど拒絶されてはいないようだ。むしろ彼女の明るい口調に合わせるのに苦はなかった。

「どうしてお前のことを忘れられるんだ、ラヴェル? 会いたかったが、お前はたどり着くのが難しい場所にいた。まったく……お前は私に会いたくなかったのか?」

「あぁぁぁ……」

 ラヴェルの黄色い笑みが広がり、しわが伸びた。そして彼女は静かにヒヒヒヒと笑った。

「その甘い言葉……おまえはもう、その答えを知ってるんだろう、わたしのいとしいおとこ。まきびしみたいに手がかりをまいて、それがおまえをわたしの庭園に導く方法だったんだよ。わたしは、を忘れちまうのが、心配だったんだ」

「そんなことはないと保証する。最終的に戻ってきただろう」

「そうかい? でも戻ってきたのは、?」

 彼女は黒く血走った目を細め、静かにしゅうしゅうと音を立てた。

「おまえがこの生をどうすごしたのか、ラヴェルに見せておくれ」

 彼女は私を愛撫するかのように手を伸ばした。この時になって、彼女の指がかぎ爪だと気づいた。不潔な爪で、邪悪なほど鋭い。しかしながら、その動きに恐怖は感じず、私は彼女に触れさせた。

 ぼろぼろのかぎ爪が皮膚をなぞり、最初にラヴェルが私を見た時と同じ、うずくような奇妙な感覚がした。彼女の目がいくぶん陰り、かぎ爪が顔の輪郭を優しく滑り、傷痕で止まる。私も手を伸ばして彼女に触れ、その顔立ちを感じた。ラヴェルのかぎ爪が私の顔を愛撫し、私の手が彼女の頬に触れる。私は本能的に、彼女と同じ動きをしていた—彼女のかぎ爪が私の左頬をなぞり、私の指が彼女の左頬をなぞる。彼女が目を閉じ、私も続く。奇妙な親しみを覚え……記憶が浮上するのを感じた。

 目を開いた時、木々と〈迷路〉からすべての色が流れ出たかのように感じた。すべてがくすみ、特色がなく、生気のない灰色だ。ラヴェルの目はまだ閉じられていたが、見つめていると彼女はゆっくりと目を開き、微笑んだ。悲しい灰色の笑みだ。唇に言葉がのぼり、かつて言ったことが反響するのを感じた。こことは違う、別の次元界で……

「ラヴェル、お前は〈灰色の姉妹〉の中で最も偉大だと聞いた。お前に会うために、はるばる旅してきたんだ」

 彼女はうなずいた。ゆっくりと、ゆっくりと、夢を見ているかのように。喋りはじめた彼女の声はくすんでいて、まるで水中から話しているかのようだ。

「でも、どうしてそんなに旅してきたんだい? 大変な要求があるに違いないねえ……それに面白そうなものは、何も持ってなさそうじゃないか。おまえは必要があるよ……」

「確かに大変な要求だ。私の通貨は、挑戦だ。おそらく不可能な挑戦……お前の能力すら超える可能性がある……」

 その言葉の響きに、が感じられた。ラヴェルの糸を引くための、微妙なひねりが。夢の記憶の中で彼女の瞳が焼けつく灰色に燃え、風景を蝕む灰色がその容貌から減じたように見えた。

「わたしを超えるものなんて、んだ、愚かなおとこめ! ! その挑戦とやらを言いな、わたしが聞いてやる!」

「すべての人の生の終わりには、死が待っている。私は、死を待たせなくする必要がある……美しきラヴェルよ、お前にはそれができるか?」

 視界が晴れ、〈迷路〉から灰色が流れ落ち、色が戻った。私の手はまだラヴェルの頬を支えていた。彼女は目を閉じたまま、ため息をついた。私がゆっくりと手を引くと、ラヴェルはしばらくしてから目を開き、耳障りなしゅうしゅうという音を立てた。

「そうだねえ……」

 ラヴェルは指を離し、悲しそうに私を見た。

「ああ、悲しい、悲しい、壊れたはんぶんのこ。こんなにずたずたになってしまって」

 彼女は再び目を細めた。

「もうラヴェルが知っていたおまえじゃないんだろう……こんな悲しい、悲しい時をすごして、まだ壊れているんだろう?」

「壊れている? どういう意味だ?」

「おまえには体がある。でも、知識の体はどうだろうねえ?」

 彼女はぼろぼろのかぎ爪で私の胸を、私の傷痕を指した。

「たくさんのそんな、そんな傷が、おまえの皮膚に書き殴られてる。その皮膚は、たくさんの物語を伝えてる」

「どんな物語を伝えているんだ?」

「おまえの傷痕と入れ墨が叫んでるよ。『この男こそ、世界と対立する者だ』とね」

 ラヴェルは低い声で口ずさんだ。それは、死にゆく鳥とたがわない。

「ああ、妖婆ハグの耳さえしなびさせる物語さ……」

「その物語を……聞かせてくれ。知りたいんだ」

「物語はたくさんあるよ。崩れたつり合いの残響、戦争の試練、フィーンドたちとの戦い、自らを養うために遠くから他者を喰らう生き物……そして苦悩。生けるものが決して知り得ない……」

「おまえは二つに分けられた。定命性を引き剥がされた時にね。もうつり合いはない、その分裂で多くのものが壊れちまった……祝福と失敗……でも祝福よりは失敗だと、ラヴェルは思うねえ」

「お前が私の常命性を取ったのか? どうやって?」

「どうやってかは、忘れちまったよ……どうだったかねえ?」

 ラヴェルの視線が一瞬陰り、目に黒い血管が浮かんだ。

「それに覚えてても、二度はできないよ。後の瞬間を覚えてるんだ、おまえの血管から痛みが流れ出るのを見た、号泣する子供みたいな叫び声、おまえのすべてがで満たされてたんだ。この眼にとってさえ、恐ろしかったよ」

「それで私は……内に空洞を感じるのか? 定命性が消えたから? 分かった……私の皮膚が伝えている他の物語は?」

「巨大な、巨大な戦争の試練……どんな、どんな定命の者が抱えるにも、あまりにあまりに大きいねえ。この戦争は、関係してるんだよ、いとしいはんぶんのおとこ。その愛撫を感じない場所はない……おまえには、関係してるのかい?」

 ラヴェルは声を落とした。冷酷なほどに。

「それにラヴェルはこう答えよう。『そうさ』とね」

「それでこの傷が説明できる……フィーンドたちとの戦いについては?」

「二種のフィーンドが、角を突き合わせてる……」

 ラヴェルは軽蔑するように鼻を鳴らした。

「やつらのちっぽけな頭は、次元界がどうあるべきか、それと過去にも未来にもあり得ない次元界のことでいっぱいだ。馬鹿げてるねえ!」

「遠くから他者を喰らう生き物とは?」

「基本的な飢えを、おまえは感じない。でもはるかに、はるかに恐ろしいものが、その皮膚の下で煮立ってるんだ。そしてその犠牲……わたしは知らない……シラナイ? その飢えの性質も原因もシラナイ。でもこれを気をつけておくんだよ。来たる出来事が、その影を投げかけてるんだ、いとしいはんぶんのおとこ……その出来事が何なのか、ラヴェルの眼をもってしてもわからないけどねえ」

「そして、苦悩……お前が言った苦悩とは何だ?」

「磁鉄鉱は鉄を引き寄せる……おまえも同じさ、いとしいはんぶんのおとこ。でもおまえの場合は鉄じゃなくて、苦しむ魂なんだ。苦しめばおまえに引き寄せられて、おまえの道はそいつの道になるんだ」

 彼女は弧を描くような身ぶりをした。

「一緒に旅してきた者たちの瞳の中に、苦悩が見えないかい?」

「私の仲間が? どういう意味だ?」

 そうは言いつつも、道を分かち合った者たちすべてに苦しみの一面があることは、すでに気づいていた。

「説明したいんじゃないかねえ、ギス?」

 ラヴェルは牙をあらわにした笑みで、燃えるような視線をダッコンに投げかけた。

「誓いはどんな鎖よりもきついんじゃないかねえ? かつて奴隷だった種族のかせが、また奴隷に?」

 ダッコンは黙っていたが、ラヴェルの言葉に彼の刃が転じた……黒く、鋭く、カラチ自体が恐ろしい悪意を帯びているかのように。

「そこの歯車箱……」

 ラヴェルの視線がノルドンに移った。

「かつてのそいつはの定義を知ってるだけだったのに、今はずきずきと感じてる。1と0の世界に“2”の余地なんてない、真と偽の家に“たぶん”の場所なんてない、黒と白の世界に“羨望の緑”なんてないのさ。次元界がどう回るかを見出したとき、忠誠と欠陥論理の裏にあるを見出したとき、そいつは多くの苦悩を知ることになるんだ……」

「おしゃべり髑髏されこうべ……」

 一顧の価値もないというかのように、ラヴェルはモーテを見もしなかった。

「おまえの脳箱のうばこに埋まった嘘を隠すのに、皮肉だけで十分なのかねえ、んん? 嘘でいいときに、なんで真実を話すんだろうねえ?」

「アビスの妖婦……」

 ラヴェルは冷笑し、黄色い牙で紫の唇を貫きながら、フォール゠フロム゠グレイスをねめつけた。

「美しい肌、豊かな唇、おまえにラヴェルさえ忘れさせかねない瞳……それでもそいつは、他の誰よりも苦しんでる。自分の本質に抗う、そんな裏切りからは、数々の苦悩が生まれるのさ」

「ラヴェルさん……」

 グレイスは静かに、ほとんど恐る恐る、答えた。

「わたくしはもう、折り合いをつけておりま—」

、このサキュバス!」

 ラヴェルが唇をめくり上げてうなった。

! 心までわたしになときに、嘘をつくのはやめることだね! おまえが言葉を吐くたびに、苦悩が響いてくるんだよ!」

「あぁ……」

 ラヴェルは、競売台の売り物であるかのように、アンナを身ぶりで示した。

「この威勢のいいティーフリングをご覧よ……なんて激しい髪と声だろうねえ……」

 ラヴェルが微笑み、黄色い歯列をあらわにする。

「おまえの苦悩について話そうじゃないか、ティーフリング?」

 アンナは麻痺しているようだ。ラヴェルが黒い血管の浮かぶ視線を向けると、その目が見開かれた。彼女が震え、鼓動が高鳴るのが分かった。

「いや……いや、やめておこうかねえ」

 消耗し尽くしたかのようにラヴェルの声が落ち、顔から笑みが消えた。

「ラヴェルはもう、過酷と苦悩はいやなのさ……世界は険しすぎるんだ……」

 彼女は私のほうを向き、目を陰らせてため息をついた。

「そして、わたしのいとしい、いとしいはんぶんのおとこ……おまえの、一番の苦悩……未来永劫の生。生はラヴェルと同じくらい、おまえを気にかけてくれるのかねえ?」

 彼女は恐ろしいカチカチという音で、黄色い牙をきしらせた。

「こんなに勇敢で、情熱的で、失われた、悲しい、悲しいひとを」

「骨と皮膚のパズルだよ、おまえは、いつも面白い、そしてわたしのところに助けを請願しに、懇願しに、嘆願しに……タンガン? 嘆願しに来たやつらの中で、いちばんいとしい」

 ラヴェルが私をまじまじと見つめる。黒い翅脈が広がる目が細まった。

「傷を見通して、その下のかつてのおとこを掘り起こすのは、とっても難しいねえ……」

「ラヴェル、かつての私は誰だったのか、何か話せることはあるか?」

「光を投げかけてるものを探し求める、物質を伴う影だよ。おまえのことは、よく知ってる、シッテ……知って……」

 ラヴェルは動きを止め、その瞳がかすんだ。

おとこよりも、本質を知ってるよ。何度も出会ったんだ……不死に汚れて、それでも離別の呵責かしゃくを感じるおとこ、そして老いてしなびた老婆、今はどっちも閉じこめられてる。わたしらが会うのは初めてかねえ? いや、いや違う……チガウ?」

 ラヴェルは一瞬混乱し、そして重荷を下ろしたかのように震えた。

「まったくチガウ。これは未来の出会いの……あるいは過去の出会いの残響さね……時がどっちを向いてるかしだいだよ」

「つまりこれは……この出会いは過去の出会いの残響だと?」

「この時とあの時—とても……似てるかねえ? この時とあの時はもつれ合って、互いが鏡映しなんだよ……なんどもわたしのところに問題を持ちこんで、の解決策を求めたんだ」

 ラヴェルはしゅうしゅうと音を立て、瞳を燃やした。

「美しく、な、いとしいおとこめ!」

「私が解くよう求めた、その不可能なこととは?」

 ラヴェルは私の言葉を聞いていなかったようだ—遠くを見つめるかのように瞳をかすませ、未だ過去にいるかのようだ。

「その瞳の中の炎、〈灰色の貴婦人〉の心をかき回すのに十分だったよ……自由への情熱、でも自由になった時、その瞳の中の炎は消えちまった。離別によって、生の意味が流れ出ちまったのかもしれないねえ」

 ラヴェルは黄色い牙を見せ、笑うかのようにカチカチと鳴らした。

「おまえはきっと、その後ろ脚と前脚で立つべきなんだよ—ラヴェルはきっと、別の知識の欠片を与えるだろうさ」

「ラヴェル、お前の助けを懇願したりはしない。ただ頼むだけだ」

「かつてそうだったみたいに、おまえは膝を曲げないんだねえ、わたしのいとしいおとこ」

「ラヴェル、訊きたいことが沢山あるんだ……」

「おやおや、質問があるのかい?」

 ラヴェルは優しくつぶやいたが、その声には叱責するかのような鋭さがあった。

「チッチッチ。もうたぁあくさん訊いただろう」

 ラヴェルの黒い血管が走る目が、興味深げな光を帯びた。

質問の時間が今なんだよ、はんぶんのおとこ。ラヴェルの法を知るんだ。わたしの質問に答えなけりゃ、もうおまえの質問には答えないんだよ、いとしいおとこ。軽々しく質問すれば、ばらばらに引き裂かれることになる……」

「公平なルールだな。質問してくれ、ラヴェル」

「なんでおまえは……どこへ行くかも知らないそいつらと、旅をしてるんだい?」

「彼らは知っているとも。美しきラヴェルよ、お前に会いにここに来たくない者などいるか? 人生において、こんな出会いの機会は少ない。彼らはお前の力と美しさの物語が真実なのか、確認したかったんだ……もちろん私は、真実だと知っていたが」

 ラヴェルはしばらく黙って私を見つめ、そして恐ろしい笑みを浮かべた。彼女の瞳のほのかな光に、黄色い牙が輝く。

「あぁぁ……いとしいおとこ、おまえにあるのは言葉だけだ……」

 紫の唇から黒ずんだ舌が伸び、食事を期待するかのように口のふちを巡る。

「……でも、確かにおまえは武装してる……」

 彼女はゆっくりとうなずき、笑みを消した。

「こいつらは、進んでおまえと旅してるのかねえ?」

「彼らは私と歩むことを選んだ。言った通り、お前に会いに—」

? あぁ……危険な言葉だねえ。そうだろう?」

 ラヴェルは、黒い血管が走る視線をダッコンに向けた。彼女の声は矢のようだ。

だったのかい、ギス? それとも、二つの空の問題かねえ?」

 ダッコンの刃が瞳と同じ漆黒に変わり……そして驚いたことに、カラチのふちが静かに割れ、ぎざぎざの牙になった。私は怒りを感じた。彼女に質問しに来たのは私だ。彼女と取引をしたのは私だ。

「ラヴェル……彼のことは放っておくんだ。彼らではなく、質問に答える」

 ラヴェルは私を無視した。

「そこの歯車箱はどうだい?」

 ラヴェルはノルドンのほうを向き、あざ笑った。

がどうやってを知れるんだい?」

 彼女は指を鳴らし、骨が割れるような音を立てた。

「服従と服従しかないだろう、んん?」

 ノルドンはラヴェルを眺めながら、目をカシャッとまばたいた。

「疑問:ノルドンハ/選択/ヲ、ドウ定義スルデス? 定義:選択:選ブ行動、選抜、選ブ権利アルイハ機会—」

 ラヴェルはノルドンの返答を無視し、モーテに視線を向けた。

髑髏されこうべ髑髏されこうべ髑髏されこうべ……」

 ラヴェルは一言ごとに舌を鳴らし、そして笑みを広げた。

「皮膚のない顔色を読むのは難しいけど、おまえのを感じるねえ。ここに来たのは、おまえの選択じゃあない」

 モーテはいつもの陽気さで答えた。

「まあ、〈貴婦人レディ〉の〈迷路〉に入って、シギルの土を踏んだ一番邪悪な生き物に会う以上になんてないからね、答えは『もちろんさ! 当然—』」

 突然、恐怖を感じた。彼女は馴れ馴れしくしていい人物ではない。私はモーテを黙らせようとした。

「モーテ、黙るんだ。ラヴェル、私は……」

「黙れだって?!」

 モーテが歯を鳴らす。

「もちろんそうするさ! もうオレたちは、このババアが骨箱ほねばこ鳴らすのを十分聞いただろ? それにオレに皮膚がないだなんて言いやがる! それがどうしたってんだ?! 明らかに皮膚があるババアのほうが、見た目に影響あるだろ! オレが好きで裸でいるって思ってんのか? それに—」

 幸運にも、ラヴェルは彼を無視することにしたようで、次の犠牲者のほうを向いた。

「そこのサキュバス……」

 ラヴェルは目を細めた。

「そいつには選択肢なんてあったのかい? そのすべすべな肌の、柔らかいシルクと硬い真実の心の中に、もしかしたら選択が……チッチッチ、それは違うねえ。感覚者かんかくしゃはすべてを経験しなくちゃならない、拒めば—おまえは感覚者かんかくしゃじゃなくなる。選択肢なんてないんだよ!」

「そこの。燃え立つようなティーフリング」

 ラヴェルは静かにクスクス笑い、面白がっているかのように目を輝かせた。

「選択なんてない。まっ、たくね。代わりになら、選択の余地なんてほとんどないだろう」

 アンナは反応しなかった—ラヴェルが存在するだけで、彼女は黙らされてしまうようだ。尻尾の揺れが止まり、目は鋭さを失っている。ラヴェルの注意を私に戻す必要がある。

「もう十分だ、ラヴェル。他に質問はないのか?」

「シィィィィ……話す時間は十分にあるだろう、わたしのいとしいおとこ」

 彼女はかぎ爪で黄色い牙を叩いた。

「次の質問はこうさ。一緒に来た者たちのことを、どう思ってるんだい? おまえにとって、そいつらはなのかい?」

 彼女は微笑んだ。目の中で黒い血管が踊る。

「それとも、おまえのためのなのかねえ?」

「彼らは大切だ。答えるべきは、それだけだろう。次の質問を言うんだ」

「そのギスさえも?」

 ラヴェルの残り火の視線がダッコンに落ち、そして再び私の目をとらえた。

「おまえにとって、そいつは何なんだい? 正直に答えるんだよ、さもなきゃ、そいつはわたしの庭園に、ばらまかれることになる」

「彼は味方だ。私は彼を識っている。友人だ」

「あぁ……」

 ラヴェルはうなずいた……彼女は再び微笑み、かぎ爪でカチカチと音を立てた。

髑髏されこうべはどうなんだい?」

 今回も、ラヴェルはモーテを見ようともしない。

「おまえみたいな者にとって、そいつが大切なわけないだろう! それとも……そうでもないのかねえ?」

「彼は十分に信頼できるようだ。忠実で、〈葬儀場〉で私の命を救ってくれた」

「興味深いねえ、より興味深い、ヨリ興味深い……」

 ラヴェルは微笑んだ。

「おまえは素晴らしいパズル箱だよ。その心の暗い場所には、他に何が潜んでるんだろうねえ?」

 ラヴェルの声が脅すような重みを帯び、燃えるような瞳をフォール゠フロム゠グレイスに向けた。

「そいつがその中心だ—アビスの妖婦……そいつはおまえに、単なる情欲を呼び起こすのか、それともおまえの瞳には、別のものが映ってるのかねえ、んんん?」

 グレイスは何も言わない。ひたすらラヴェルを観察しているようだ……ラヴェルの弱点を探っているのではないかと、不意に感じた。ラヴェルは私のほうに向き直り、期待するかのように黄色い牙をカチカチと鳴らした。

「話すんだよ、いとしいおとこ、でもおまえの返答がどうなるのか、気をつけることだね」

「彼女とは、恋に落ちることができるかもしれない」

 真実だ。しかしラヴェルの視線が私から外れ、グレイスを見据えるさまを見た時、危険な状況であることに気づいた。私は今まで、夜の妖婆ナイト・ハグと危険な遊びをしていたのだ。彼女に嘘をつこうとすることは確かに危険だが、次の質問に正直に話すことは、さらに危険だ。

「ふぅぅむ……」

 ラヴェルは牙を鳴らし、冷笑を浮かべてアンナを一瞥いちべつした。

「じゃあ、細長い肉は何なんだい……そのフィーンド族は、赤髪と熱情のティーフリングは。おまえにとって、は何なんだい、わたしのいとしいおとこ?」

 彼女に対する気持ちを確かめるには、彼女を知るための時間が足りなかった。今は意志を集中し、彼女は私にとって旅の仲間でしかないと、自分に信じこませた。

「彼女が同行してくれるのは好ましい……彼女のことは、友人だと思っている」

 ラヴェルはアンナを一瞥いちべつし、そして鼻を鳴らした。黒い血管の目が輝く。

「ふぅぅぅぅむ……そうさねえ。質問は、これだ……」

 ラヴェルの声が落ちた。ほとんどささやき声のようだ。そして不意に、彼女は答えを聞きたがっていないという奇妙な感覚がした。

「わたしのところにまで、どうしてこんなに時間がかかったんだい? ラヴェルはおまえがいなくて寂しかったんだよ、いとしいおとこ」

 危険な瞬間は通り過ぎたと感じた私は、再び楽にお世辞を言うことができた。

「この場所への道は険しかったんだ、美しきラヴェル。これほど努力が必要なら、来客は少なかっただろう。お前の前に立つために越えなければならなかった試練は数知れず。それでも、また会えて嬉しい—時もお前の美しさを鈍らせてはいないようだ」

「おまえの答えは……」

 ラヴェルの瞳が輝き、グロテスクな笑みで唇がめくれ上がった。

「おまえの言葉はねえ、ずいぶんと聞いてなかったよ……わたしの黒いいばらの心臓さえ震えそうだ。おまえの記憶がどこにあっても、おまえの魅力は残ってるよ、かわいいこ……」

「いや、変わらないのは魅力だ、美しきラヴェル」

「魔術、奇術、詐術……ラヴェルはすべてを極めたんだ……それでも、おまえに教わることはたくさんあるみたいだねえ……」

 彼女はしばらく考えこんだ。

「あぁぁぁ、そうだよ。三つ目の、最後の質問だ……それは……」

 ラヴェルが最後の質問をするために口を開いた瞬間、これは問われた多くの者たちを殺した質問だという恐ろしい認識に襲われた。それが何かは知っている。その最後の質問が私の中で渦巻いた。私はそれを問われなければならないように感じた。

「人の本質を変えるものはなんだ?」

「忘れてないようだねえ……」

 ラヴェルが微笑み、黄色い牙が光った。

「おまえの答えはなんだい?」

 それが人の本質を変えることができるのかは分からない。しかし、最初に過去の私の行動を知った時から、感じていたことがあった。

「後悔だ」

「それが、おまえの答えなのかい……?」

 ラヴェルの眼の血管がわずかに動きはじめ、彼女は邪悪な笑みを浮かべた。

「口を開く前に、よく考えることだよ」

答えではないかもしれないが、答えだ」

「わたしが望んでたのは、それだけなんだよ、わたしのいとしいおとこ」

 ラヴェルの笑みがゆるんだ。

「単純な答えなんだ、結局は、答えを求めたやつらが、どれだけ倒れたことか」

「それでいいのか……? 私はてっきり……」

 ラヴェルはヒヒヒヒと笑った。

「数え切れないほど問われたんだよ、この質問は。そしてわたしのところに来た哀れな抜け殻たちが、答えを返したことは、なかった。いつだってわたしの心に忍びこもうとして、考えを見つけようとしたんだ……チッチッチ! そんなところに、答えなんてないのにねえ」

 私には、彼女が嘘をついていることが分かった。

「それは……信じられないな。これまで彼らがお前に真実を—たとえそれが彼らにとっては真実だったとしても—答えたとは思えない」

 ラヴェルは突然、奇妙に黙りこみ、私を油断なく見つめた。

「お前は私以外の答えを気にしたことなんてなかった。決して。違うか? それでもお前はその質問をした。答えが何であっても、相手はお前の手によって死ぬことを知りながら」

、わたしが求めてたのはおまえの答えだけさ、この質問をする理由は、おまえだったんだからねえ! 他のやつらを気にするとでも思ったのかい……? チッチッチ! おまえに対する気遣いのごく一部でも、やつらにかけてやると思ったのかい、わたしのいとしいおとこ? 答えな!」

 彼女がその答えを知っていることは明らかだ。私は代わりに、別の質問をした。

「なぜ私を不死にしたんだ、ラヴェル?」

「それがおまえのだったんだよ、苗木のおとこ、おまえが愛らしく求めたんだ……おまえのような者に、このラヴェルがどうやって『ノー』と言えるんだい? 不死性は解決策で、わたしに対する挑戦だったのさ」

解決策? だが、なぜだ?」

「知らないよ、苗木のおとこ。時はわたしの記憶も削り取ってるみたい……ミタイ? なんだ。思い出したら、教えておくれ……わたしも興味があるよ。重要なことだったに違いないからねえ……永遠に生きたいなんて、人の本質じゃあないだろう?」

 彼女の質問に、ダッコンが静かに答えた。

「他の道が多大な苦痛を帯びておる場合を除いては」

 彼が喋ったことに驚いて視線を向け、そしてラヴェルに向き直った。

「ラヴェル……重要なことなんだ。なぜお前にそれを頼んだのか、心当たりはないか?」

「おまえは死を避ける必要があったんだ。言うのは簡単だろうけど、のは違う! 不死性は、たとえ欠陥があるにしても、このしなびた心が解きほぐせる最善の解決策だった……鉛は簡単に金に変えられるわけじゃないけど、でも可能なんだよ、浅はか……アサハカ? だと……ラヴェルは思うけどねえ。血から水を抜き取ることができるなら、定命者から定命性を取り出すこともできる、ねばつく薄膜を引っぺがすみたいにね……」

「人と人ならざる者の隔絶は大きいんだ。おまえは彼方まで旅して、わたしが手段を提供したのに、自分で逆らったんだよ」

 ラヴェルは自分の頭を叩き、手で髪をすいた。

「悪いラヴェルだ! 定命者は、長持ちさせるにはもろすぎる。壊れちまうんだよ! 泣きわめくやつらを、無理矢理にでも不健全な新しい型にぶち込むべきなんだ」

「不健全……? 儀式に問題があったのか?」

「手っ取り早い方法をとらなきゃならなかったんだよ。でもそれは、型に入れたもんを壊しちまう可能性があった……壊れるのはいつだって、型じゃなくて、そこに注ぎこまれた物質のほうだろう。何かを別の形にしようとすれば、壊れちまう! もっと強い素材だと思ったんだけどねえ、おまえは壊れちまった」

「しかし、私は不死だ—成功したんだろう?」

「おまえは長く生きてるよ、不死になったおとこ。でも、生という化け物の、獲物になっちまったのさ」

 彼女はお椀状にした両手をひっくり返し、天蓋を形作った。

「体は魂のための小屋にすぎない。でも今、おまえの小屋には、誰も住めないんだよ」

「儀式の何が上手くいかなかったんだ?」

「パズルみたいな肉体の、壊れた、美しい、美しい定命のおとこ、儀式は……完成しなかった……ナカッタ? ナカッタ、しなかったんだ」

 ラヴェルは眉間にしわを寄せ、かぎ爪で髪の房をつまみ、引っ張った。

「儀式はおまえが望むものを与えた、でも、代償は大きかったんだ……投げかけられる影、静かな、暴力的な心の死、そして痛みを伴う空虚……危険なものなんだ、そんなもろい器には、定命の者がどれだけ強くても。儀式を後悔してるんだよ、わたしはね」

「恩知らずな影たち……でも理由もなく恩知らずなのかねえ? 影たちは……お前を憎んでるんだよ、名を持たぬ者、おまえが父親だから、おまえの子供だから、見捨てられて、そのことを決して忘れない。やつらは親を滅ぼすために、できることを何でもするだろう……それが子供のやり方なんだ」

「どうやって影の……父親になれるというんだ?」

「おまえは、存在に影を落としてるんだよ、名を持たぬ者。死ぬごとに、おまえの肉体という畑から、新しい影が生まれる。やつらはしばらくうろつくけど、いつだって戻ろうとする、父親を殺すためにねえ。それが子供のやり方なんだ」

 ラヴェルは不服そうに口をとがらせ、突然私の胸をかぎ爪で突いた。

「……おまえみたいな、感謝を知らない若者のね」

 彼女の言葉に、しびれるような絶望を感じた。私は死を遊びのように見なしていた。定命者の睡眠と少し違うだけの、短い幕間だと。しかし、それぞれの死は結果をもたらしていた。ラヴェルは真実のすべてを話していないか、忘れてしまっているに違いない。影が私の実体だけから生じるわけはなく、他の何かが関わっているはずだ。私は彼女の言葉に意識を戻した。

「何千もの死と復活。心は違う、心はもっともろいんだよ。傷が深く走って、治せない。脳は硬い骨の殻に包まれて、破るのは難しい。でも、内から喰らうものに対する守りはないんだよ。おまえには穴がある、殻の中、かつて定命性があったところに……トコロ? トコロにねえ」

 彼女は手を握りしめて振り回した。

「空っぽのおとこがガラガラカタカタ、音を立てる小石が中に入っただけの、赤子のおもちゃだ」

「それでも、儀式は成功しているように思えるが……」

「ラヴェルを疑ってるのかい? 当然わたしは、約束のものを引き渡したよ! 呪文が終わってほどなくして、わたしはおまえを殺したんだ。おまえはもがいたけど、わたしは手を緩めずに、おまえがたくさんの死の最初の一回を迎えるのを見た」

 ラヴェルは歯をカチカチと鳴らした。

「そうして欠陥を知ったのさ……うぬぼれが牢獄みたいに、わたしらを包んでる。それが盾になることがあるって、わたしは忘れてたんだよ」

 ラヴェルは舌を鳴らした。

「わたしのかわいい、かわいいこ、生は究極の目的である死への準備だっていう真実には、たくさんの知恵と理解があるんだよ。わたしらの生は、死に方を学ぶための手段なんだ。もしそれを忘れちまったら……」

「つまりその時になって、私は死ぬと記憶を失うことが分かったのか」

「そうさ……」

 ラヴェルはうなずいた。

「残念ながら……不死性が記憶を強く保てないなら、その殻は死体だよ……」

「お前は私から定命性を取った……それはまだ残っているのか?」

 ラヴェルは驚き、そして不安そうな表情を見せた。

「そうさ、そうさ、そうとも! 壊れた定命性の心配なんていらないよ……おまえがここで……ココ? ココでわたしと話してるなら、定命性は無事に違いないんだ。おまえが存在してる限り、破壊されることはない……ナイ……ない。おまえは定命の魂の錨なんだ。おまえが無事な限り、定命性も同じ。おまえは丈夫にできてる……」

 ラヴェルは微笑み、ゼーゼーと笑った。

「生がおまえを呑みこんで、吐き出したんだよ!」

 その言葉に、モーテはこらえられなかった。

「呑みこまれたあと、ケツから出てきたわけじゃないだろうからね」


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