預り証の対象を確かめるために、下層区の〈大鍛冶場〉に戻った。
事務員に預り証を渡すと、彼は金属の骨組みを持って戻ってきた。光り輝く繊細な金属細工の作品だ。薄く透き通っているようにも見え、鋭いかどが突き出ている。私が私のために残した品物であれば、重要なものに違いない。
そして不意に気づいた。
そしてこれがラヴェルにたどり着く手段であれば、ポータルでしかあり得ない。加えて、ポータルを開く鍵はすでに知っている。『ラヴェルの一部』だ。その鍵が手に入る場所も知っている。私はポータルを折りたたんでしまい込んだ。これが何なのか理解しようと見つめていた〈鍛冶場〉の事務員が、何かを知ることはないだろう。私はその考えに微笑んだ。彼にとっては、それが幸運なことだ。
急ぎ〈鍛冶場〉を離れ、書き物屋区の〈知的な欲望を満たすための売春宿〉に向かった。中に入ると、モーテがグレイスに質問をした。
「それで、グレイス……アンタにはその、姉妹はいるかい?」
「何千人も」と彼女は答えた。
「ちょっとは悦びを分けてくれよ!」
自分の使命は急ぐべきではあるが、まず〈物語を追う者〉イヴを訪ねることにした。物語とは何かという概念をノルドンが持っているのか興味があったのだ。彼に話を共有するよう求めた。
「13.7回目ノ回転ニオイテ、メカヌスノ5番目ノ輪ノ30ノ部分集合ノ歯車ヲ、修理スル必要ガアリマシタデス。我々ハ障害物ヲ除去シ、歯車ハ通常ノ速度デ回転シマシタデス。任務ガ完了シ、我々ハ源泉ニ帰還シマシタデス」
ノルドンが話を終えると、モーテが爆発した。
「いったいぜんたい何なんだ、この馬鹿な多角形は?! これまで聞いた中で、いちばん退屈な話だぜ!」
ノルドンは猛烈に落ち着いた声で答えた。
「実際ニ発生シタコトデス。モチロン、誇張シテルデス」
「誇張してるだと?」
モーテは信じられずにあえいだ。
「源泉ニ帰還スルノハ、物語ヲ閉ジルノニ特ニ適切ナ光景ダト思ッタデス」
イヴは微笑んだ。
「素晴らしい物語よ、ノルドン。あなたとあなたの友人たちに、私もひとつ……『花と
「花に関する作品を、たくさん読む男がいました——エッセイ、論文、生物学的文章、詩——そしてそのため、彼は自分が花についてよく知っていると思っていました。ある日、彼は
ノルドンとイヴが話しているあいだ、私は実際的な私の遺産の一つである魔法の鏡を調べていた。それを見て、イヴが『イェシール゠エヤの牙のある鏡』の物語を共有してくれた。
「イェシール゠エヤの〈牙のある鏡〉は、帝国の希望でした」
「〈黒砂の海〉の総族長イェシール゠エヤは、自分がゆっくりと死に近づいていることに気づきました。彼女の土地を手に入れたいと願うライバル諸国に囲まれたイェシール゠エヤは、周囲の国から族長を選び、自分の国を侵略から防ぐための同盟を結ぼうとしました。しかし彼女は、どの族長が信頼できるのか知りませんでした」
「彼女は神託者たちに相談し、族長たちの心を試す手段を求めました。彼らは彼女に、〈黒砂の海〉の外縁へと旅するように言いました——そこで、流れゆく黒砂が粘板岩に変わるところで、求めるものが見つかるだろうと」
「総族長は何リーグも旅をして、徒歩で〈大海〉の外縁にたどり着きました。そこで彼女の足が、砂漠の地面に埋めこまれた中庭ほどの巨大な水銀塗りガラスの板に当たりました」
「神託者たちは、その巨大なガラスを切り分け、三十三枚の鏡をこしらえるよう指示しました。この鏡は周辺の族長たちへ、贈り物として送られました。鏡が彼らの心を試すだろうと、神託者たちは預言しました」
「その最後の夜に何が起きたのかは、誰にも分かりません。しかし鏡を送られた族長たちは、すべて死んでしまいました。族長が鏡を見つめると、その体からお化けのようなものがはい出てきて、叫び声を上げて主人を絞め殺してしまったという夢語りが広まりました」
「指導者を暗殺された周辺諸国は、イェシール゠エヤの国を攻撃し、焼き払いました。〈牙のある鏡〉は散逸し、失われました」
「何人かの次元界学者によれば、〈牙のある鏡〉には、魂をその持ち主から抜き出し物理的な姿を与える能力があるそうです。族長たちが征服欲に喰い尽くされたのか、〈黒砂の海〉の外縁で見つかったガラス板自体が悪だったのか、鏡は所有者の悪意ある投影を作り出しました。魂が形を帯び、持ち主を殺してしまったのです」
彼女が話を終えた時に、ケサイ゠セリスがラヴェルの娘かどうかを知っているか訊いてみた。彼女は別の物語で答えた。
「むかしむかし、書き物屋区の老人が失踪したことがありました。死体は見つかりませんでした。死体を隠すため、殺人者が共同墓地の別の死体の下に埋めたのです。占い師が語った場所を掘り返してみても、老人の遺体はありません。人々は混乱し、犯人を解放せざるを得ませんでした。そうして死体を埋め直そうとした時になって、二体目の死体を見つけたのでした」
「真実を見つけるためには、ときに深く掘り下げなければならないのです」
私は直接ケサイ゠セリスと話すことにした。これまでの話では、彼女がラヴェルの娘であるはずだ。私がケサイに、実はラヴェルが母親なのではないかと尋ねると、彼女は突然目を細めて歯をむき出しにした。
「な?! どこでそんなことを聞いたのかしら?」
「エコーが話した」
「馬鹿げてるわ! 邪悪な
「なら、母親は誰なんだ?」
「分からないわ。問題ないでしょう? 父親が育ててくれた。母親は知らないわ。でもあなたには、私が
彼女の気持ちをおもんぱかるには、あまりに重要なことだ。私はきっぱりと率直に答えた。
「まあ……その肌と……眼と……それに歯も……」
彼女は可能性を認めることさえ拒み、私は別の道をたどることにした。
他の娼婦たちと話し、ケサイに生まれを認めさせることができるかもしれない手掛かりを得た。私はキマクシィ・アダータンを訪ね、いくつか質問するために彼女の毒舌に立ち向かった。
「お前がケサイ゠セリスの腹違いの姉だと聞いた。それは本当か?」
「ええ、あのデブで弱虫でかぎ鼻の妄想家は親類よ。父親が同じで、母親が別。で?」
「ケサイが本当にラヴェルの娘なのか、ひも解く手助けをして欲しいんだが」
キマクシィは私に顔をしかめた。
「普段ならそんなこと助けるわけないけど、あの媚態を振りまく姦婦をうろたえさせることができそうだわ。父親を呼ぶよう彼女に言いなさい……父は強力なカンビオンだから、彼女はその場で呼び寄せることができるはずよ。それで答えが得られるわ」
「カンビオン?」
「ええ、
キマクシィは目を回した。
「初めて私の言葉が聞こえなかったのかしら? 脳みそが全部流れ出て、耳が詰まってるのかしら?」
「それが何か訊いてるんだが……」
「まったく
彼女は悲しそうに頭を振り、そのあいだずっと舌を鳴らしていた。
「ハーフ・フィーンドよ、
「ハーフ・キマクシィよりはマシだな」
「ハーフ・キマクシィだったらよかったわねえ、
これ以上彼女の言葉の鞭に耐えたくなかったので、急いで立ち去った。そして再びケサイを見つけた時には、彼女の私に対する怒りは消えていた。もっとも、それで止まるつもりもないが。私は新しい情報を彼女と共有した。
「ケサイ、キマクシィと話したぞ。彼女はお前が腹違いの姉で、ラヴェルが母親だと教えてくれた」
ケサイはうなった。瞳が敵意で燃えている。
「それは……それは……あんな女、大嫌いよ! なんでそんな戯言、信じられるのよ?」
「彼女はお前がそれを否定していると、そして実際には知らないかもしれないが、事実だと言っている。父親に訊くことができるとも……彼が答えてくれるだろうと」
ケサイはしばらく私を見つめていた。
「少し待ってて」
彼女は背を向け、静かにつぶやきはじめた……周囲の空気がわずかに揺らめき、暖かい血のような銅の臭いで満たされた……私は気を張り詰め、彼女が何を言っているのか聞こうとした。
「ハウアザネネル、イサグの追放されし王子よ、血影の侯爵よ、お父様、聞いてください、訊きたいことがあるのです……」
「ええ、愛するお父様、私です、ケサイ゠セリスです。質問に答えていただきたいのです、何度も尋ねた質問に……」
「ええ、愛するお父様。自分自身が知らないまま、問われ続けるのは耐えられないのです。教えてください……このことだけでいいのです。お願いです……」
「え、ええ……ええ、愛するお父様、理解しています。ありがとう……さようなら……」
「それで、彼は何と言ったんだ?」
ケサイはしばらくのあいだ、私に背を向けていた。
「あの邪悪な
彼女は震えた。
「それでも私は……母が起こした邪悪を受け継ぎたくないし、母がしたように〈
「彼女について知っていることを教えてくれるか?」
「人々に不可能ななぞなぞを、彼女しか答えられないなぞなぞを出すと聞いたわ。それで答えが正しくなければむさぼり喰うか、見せしめとして庭園に吊すって。どうにかして逃げ延びた人も、夢の中で苦しめられて意志を折られて、魂を〈灰色の荒野〉の色のない虚無へと投げこまれるの……」
「彼女の魔法は、見たこともないようなものだと言われてるわ。悪夢から織り出されて実体を与えられた空想だと。石や硬いものは彼女の意志によって粘土みたいに曲げられるし、次元界の法すら彼女の足元に屈し、無から幻影を編むこともできる……そして幻影から、人を怖がらせ、殺し、呪うことができる現実を編むことができるのよ」
「彼女はすべての闇の秘技の主人よ、そのすべての主人であり支配者なの。彼女に対してシギルの法を引き合いに出したガヴァナーを影に追わせて、舌と指と顔の肉以外をむさぼり喰わせたの。
「水みたいに姿を変えられて、それで娯楽のために人を壊したり、知識を盗んだりしてたわ。〈灰色の荒野〉で生まれるすべてのものと同じように、彼女は化け物なのよ」
「最終的に、
「死んだのかは分からない……でも、彼女が母親だということは分かったわ」
ケサイの肩が落ち、頭が垂れ下がった。
「ああ、涙があれば、悲しみに泣くことができるのに!」
彼女は突然私の腕にしがみつき、涙にむせぶかのように震えていた。そしてしばらくしなだれかかっていたが……その後、体を離した。
「ありがとう、でも……大丈夫よ。ただ少し考える時間が必要なだけ」
「こんなことを頼みたくはないんだが……お前の一部をくれないか、ケサイ。ラヴェルの〈迷路〉へのポータルの鍵が、彼女の一部なんだ。そしてお前は、十分に近い血縁だ」
「彼女を見つけ出そうというの?」
彼女の驚きは、すぐに警戒の表情に変わった。
「な……何が必要なの?」
「多分、お前の血だ。一滴か二滴でいいはずだ」
ケサイはうなずき、ハンカチを取り出して指の先を慎重に牙で刺した。そして数滴の血を布に落とし、渡してくれた。
「あなたは自分から重大な危険に入りこんでるわ。母の物語が大幅に誇張されたものであっても、彼女は恐ろしく強力で、完全に邪悪よ。幸運を祈ってるわ」