プレーンスケープ トーメント 非公式小説

十二面体の日記

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 次の朝、グレイスとノルドンの準備ができているか確認するため、部屋の扉をノックした。グレイスは大丈夫ですと答えて部屋から出てきた。すると突然ノルドンが回転し、グレイスのほうを向いた。

「フォール゠フロム゠グレイスハ、321,423ヲ越エル種ノ男性ニ、魅力的ダト見ナサレルト推定スルデス。誤差ハ、5種程度デショウデス」

「おや? それにはモドロンも含まれているのでしょうか?」

 グレイスはそう尋ねた。

「モウ私ハ、ソノ質問ニ回答デキナイデス。分カラナイデス」

 私はノルドンに、酒場の広間で待っている他の者たちに合流すべきだと伝えた。ノルドンが広間に下りるのを確認した後、グレイスが私のほうを向いて微笑んだ。

「ノルドンさんは、これまで出会った中で最も可愛らしいはぐれたモドロンかもしれないと、告白しなければなりません」

 この区画に言語学者が住んでいると耳にしていた私は、日記を解読する助けになるかもしれないという淡い希望を胸に、その学者を見つけることにした。しばらく書き物屋区で聞き込みを続け、フィナムという名前の言語学者について、そして彼が住む場所について知る者を見つけた。

 フィナムに会った時、初めは助けを渋られたが、彼の専門技術を必要としているだけだと説得した。そして十二面体を展開し、翻訳できるか尋ねた。彼は十二面体を手に取り、詳しく調べた。

「この言語ははるか昔に失われて、今は事実上誰も知らないものです。父は—私のように言語学者だったのですが—この言語を知っていたはずです。そして当時シギルでこれを理解できたのは、父だけだったでしょう。父のメモに見た覚えはありますが、翻訳することはできません」

 この日記を訳す手段があるはずだ。彼の父親のメモが残っているなら、時間をかければ可能かもしれない。

「そのメモはまだ持っているか?」

「翻訳しようとしているのなら、メモは役に立たないでしょう……そして、この言語に関する数少ない本は、父が殺害された頃になくなってしまいました」

「父親は殺されたのか?」

「絞め殺されました。誰かに言語を教えるために家を出て—父は研究予算を補うために、様々な言語を教えていました—そして〈市民催事場〉の部屋で死んでいるのが発見されました。犯人は見つかっていません。あれは……ええ……今から15年前でしょうか。私はまだ子供でした」

「彼はその言語を知っていて、そして教えることもできたのか?」

「今も生きていれば、そうでしょうね。父は素晴らしい教師だと言われていました」

 フィナムは悲しそうにため息をついた。

「私にも言語技術はありますが、残念ながら他者に対する忍耐力がありません」

 彼の父親は、完全に手が届かないわけではないかもしれない。少なくとも、私にとっては。

「父親は……〈葬儀場〉に埋葬されているか?」

「え? いえ……父の遺灰はここにあります」

 彼はそう言って、飾り棚の上の紫色の花束の隣にあるブロンズのつぼを指さした。

「なぜです?」

 フィナムの唇に、ゆがんだ笑みが浮かんだ。

「死霊視ですか? 死者と話そうと?」

 そして彼は眉をひそめた。

「もうこの件について話したくありません。失礼させていただきます……さようなら」

 フィナムは知らないからこそ冗談を言ったのだろう。私の能力を灰の山に試したことはなかったが、死体の状態が影響すると確認したこともない。フィナムを無視してつぼに近づき、体で隠して部屋の他の場所からは見えないようにした。そして蓋を外し、中の灰に骨の言伝ストーリーズ・ボーンズ・テルを使った。

 私の呼吸で動いたかのように、灰がわずかにうごめいた。つぼの中から、遠い声が昇ってきた。

「なぜだ、なぜこの妖婆ハグの心臓のように冷たい灰色の灰に、召喚されたのだ?」

「質問に答えるためだ、霊よ……」

「ならば尋ねよ。それで私は、静かな思索に戻れるだろう……」

「お前は何者だ?」

「フィン、言語学者だ。私は殺された—殺されたのだ!—自分の生徒に……私が彼に教えた言語を、他の者に教えられぬようにな。多元宇宙でも珍しい、ウーヨの言語だ。私自身と、あの忌々しい殺人鬼の生徒を除けば、話せる者は知らぬ」

 折りたたみ式十二面体の文章を説明し、その言語を知っているか訊いた。

「ああ、お前に教えることもできる……実際、喜んで教えよう。あの血染めの生徒に意趣返しをするためにもな。まず始めに、お前が話す言語を教えるのだ……」

 霊がウーヨの失われた言語について話している時に、こめかみがずきずきと痛み、記憶が……この言語に関する記憶が、浮上しはじめた。文字を、単語を、フレーズを思い出した。その全体像が—まるで〈大鍛冶場〉を覆う有害な煙霧のブラケットを巨塔風が吹き飛ばすかのように—再び明らかになった。

 しかし別の記憶も泡立ち、表出した……暗い記憶が私を不安と良心の呵責かしゃくで満たし、悩ませた……

 フィン・アンドリー自身のことを思い出したのだ。彼の優しい声、親切な態度、ウーヨの古代言語の教育を思い出した。そして傷だらけでふしくれだった手で彼のか弱い喉をつかみ、日記の秘密が—三重の罠を仕掛けた十二面体に、知る者のないウーヨの言語で記して隠した日記が—覗き見されないことを確実にするために、咽頭を押し砕いたことを思い出した

 私が原因だった。また別の死が。今できることは少ないが、この霊と話すことはできる。

「フィン……お前に言わなければならない……お前を殺したのは、私だったんだ」

 霊はしばらく黙っていた。つぼの中で灰がさらさらと音を立てる。再び喋った時、彼の声には悲哀が満ちていた。

「だが……なぜ……なぜ再び私のところに? 教えたことを、のか?」

「いや……まあ、そうだ。説明するのが難しいが、お前を殺したのは以前の“私”に違いない。私は死んで目覚めるごとに、長い眠りから覚めたかのように……すべてを忘れてしまうんだ……自分が誰かも、何をしたかも……」

「理解したように思う……お前の後悔が感じられる。私はお前を赦そう。かつての生徒よ、平穏がお前と共にあり、私に終わりをもたらした生よりも、この生では優しくあらんことを……」

 この霊は、その生前も、私には身に余るほど寛大だったのだろう。

「ありがとう、フィン。さようなら」

 正気に戻った私は、グレイスが私の一時的な麻痺について説得力のない話をつむぎ、つぼの蓋が外れている理由を説明しそこねている状況に気づいた。彼女のカリスマ的な物腰がなければ、フィナムは確実にハーモニウムの衛兵を呼んでいただろう。

 私は学んだばかりのことで頭がいっぱいで、フィナムに注意を払うことができず、何も言わずに家を出た。そして家に隣接する路地の壁に腰を据えて、十二面体の日記を取り出した。

 冷たい灰色の十二面体を持ち上げ、注意深く調べた。不注意な者のために設けられた致命的な罠を避ける方法は、もう知っている。そして失われたウーヨの言語を学んだことで、ついに中身を解読することができた……

 平板は、ある種の日記だった……以前の私によって記されたものであり—まったく正気のものではなかった。偏執的な私と思われる者によって書かれたに違いない。ざっと読み通しても、首尾一貫した部分はほんの一握りしかなかった。

『あのささやき声は、影のじゃない。奴らは互いにいる。奴らの話のいくらかは、理解することができた』

 私につきまとう影たちの情報だ。私は日記を読み進めた。

『ささやくものについて、あの本が教えてくれた。あの幽霊の女を避けることを。。奴が俺を

 ダイアナーラのことだろう。

『だからくれることを願って。必要なら、誰かにいい』

 すでに指輪は取り出した。50年も引っかかっていたとは信じがたいが。

ことを学んだ。お前に俺の人生を許しは……』

『人生が欲しいなら、から取り出すんだな……』

のはだ、俺が死ねないなら、

俺の人生を

 この偏執的な私の人生の結果には、すでに何度も出会っている。特に彼が“反逆者”の自分のために残した罠には。

『この忌々しいから離れない! 燃やしてはがそうとしたが、失敗だ! 外套がいとうで体を覆っても、誰かにのを、読まれるのを感じる。誰かに見られたときは、そいつらの、かかとで……』

 また被害妄想のわめきか。

?!』

を見るために、セミールのゴブレットを使った。見えたのは妖婆ハグだ。俺をし、やがった奴だ! 二度とのに、出てきやがる。もう夢を見るべきじゃ。常にべきだ。

『奴は神威かむいか何かで、俺をと言いやがる。出て行け、妖婆ハグめ! 俺に! ! お前と関わるつもり!』

『奴の声は、邪悪なの、のようなかぎ爪の臭いがする。俺の灰白質に、俺の 妖婆ハグめ!』

『ただ一人、〈苦痛の貴婦人レディ・オヴ・ペイン〉に神話、おとぎ話。そんなと、どうやってっていうんだ? 俺にはがない。奴にときのために、武器が必要だ。奴がときのために、負けないが必要だ。し、なければ—俺が奴を

 つまりラヴェルは少なくとも50年以上、私に接触しようとしていたのか。彼女がせっかち過ぎないことを願おう。

を恐れろ。には、同一性という力がある。として使うことができる。名前は次元界を越えてためのとなる。。そうすれば、安全だ』

 〈溺れた国〉で見つけた墓の壁に書かれていたものと同じ一節だ。

の痕跡を求め、〈催事場〉に行った。ことに、奴らが、奴らが、俺をし、のように扱い、あてがわれたを見せやがった。そいつらに仕掛けるのは、控えなければならなかった。時期尚早だ。まずは俺の必要がある。専門的なウーヨの言語を知る奴を見つけ、学んで使えるようになってから。そして感覚器館かんかくきかんに行って、問題を準備をした。もうすぐ、もうすぐだ……』

 フィンの殺害と感覚石の罠については、すでに知っていた。ついでに言えば、この日記を見つけたのは〈催事場〉の部屋だった。

『奴にできることは。記憶は戻らないと言いやがった。奴が俺にそう言ったと嘘をつきやがった! ! 死ぬごとに俺の心がと言いやがった! ! 俺のをことごとくやがる』

『あと、記憶を保つ恩恵を得られると言いやがった。だが俺が死んだとき、俺は、死ぬだろうと。だと! どうして不死が、まだことができるんだ?! 奴は。奴は奴から他の俺が何かを得ることがないように、奴は殺しておいた』

 これが、私が死んでも記憶を保っている理由だろうか? もしそうなら、この偏執的な私はある意味で、私の生の要因とも言えるだろう。

は言いやがった』

の男のだ(の中の一人か?)。お前は多くのをまとい、そのそれぞれがお前の体に傷を残している……』

宿

、歴史を越えて散らばる水銀塗りのガラスだ』

『意義があるのは、だ。それを取り戻せば、お前の再びお前のものとなる。代償が必要だ。この代償がお前に機会を与える。機会がなければ、お前はのみ……』

『お前はを失った。いる。いる。まだはしているが、お前の心が前に

 定命性がはぎ取られた? どういう意味だろうか?

だ、メモにある、「する忘れるな」その横に小さなコードがている。51-AA……』

、間違いなく、仕掛けやがった。してやる、してやるぞ』

 遺産か。ダイアナーラが遺したものはすでに知っていたが、どちらもまだ受け取れる可能性がある。日記の中で筋が通った文章は、これが最後だった。


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