プレーンスケープ トーメント 非公式小説

ノルドン、PART 2

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 廊下に出ると、モーテがノルドンに話しかける声が聞こえた。

「なあ、ノルドン。オレのために『アンナと枕を共にする』一番簡単な方法を計算してくれよ、いいだろ?」

 クロスボウをひたすら凝視しているノルドンに近づくあいだ、モーテは私にとぼけた視線を向けていた。クロスボウは様々なカチカチという音を立てている。会話しているかのように、片方ずつ。この奇妙な会話が、最初の質問になった。

「クロスボウと何をしているんだ?」

「ノルドン:要注目デス!」

 ノルドンは私のほうにくるりと回転し、途中でガタガタと音を立て、再びガシャンと向きを変えた。

「疑問:クロスボウニ対スル行動?ニ対スル応答デス。説明ノタメノ要求ヲ提示:クロスボウノ存在ハNULLヌルデス」

「そうなのか? その両手でカチカチ言っているものは、何と呼んでいるんだ?」

「応答:対向性指デカチカチ言ッテイルモノ」

 ノルドンはリベットでつながった指を上げ、二つのクロスボウを振った。それは突然、苛立ちを示すかのようにカチカチブーンと音を立てはじめた。

「応答:対象物=ギア・スピリット」

「ギア・スピリット? どういう意味だ?」

「疑問:定義:ギア・スピリット。応答:ギア・スピリット」

「ああ、だがギア・スピリットとは何なんだ?」

 モーテが近づいてきて注意を引き、こう言った。

「大将、これも楽しいかもしれないけどな、馬鹿な多角形と骨箱ほねばこ鳴らすよりも、バーテズゥが座ってる椅子を引っこ抜くほうが有意義だぜ」

「お前はギア・スピリットを知っているか、モーテ?」

「大将、このキューブがわめいてることなんて、オレには分からないよ」

 皮肉を言わずにはいられなかった。

「お前は次元界の専門家だと思ってたんだがな」

 これは明らかにモーテのプライドに触れたようで、彼は素早く答えた。

「な—オレはアンタよりは知ってるぞ、よちよち歩きのしわがれ声の健忘症患者よりはな! それにアンタの空っぽな脳箱のうばこに突っこむ知識が、ここに三つもある。一つ、次元界の専門家なんていない。二つ、オレはそれに一番近い。三つ、オレには敬意を払え。なぜかって? 二つ目を思い出せ!」

 私はモーテから顔を背け、ノルドンに視線を戻した。

「ノルドン、興味があるんだが……お前はどうしてルビコンにいたんだ?」

 ノルドンはキュルキュルと甲高い音を立てた。

「疑問ニハ時系列ノ提出ガ必要:ノルドンハ時系列ヲ提出シマスデス?」

「ああ、教えてくれ」

「ルビコンプロジェクトノ開始時ニ、命令ヲ受信:次元界/メカヌスヲ出発デス。第一段階:目的地:次元界/リンボニ到着デス。第二段階:上位者/クリエイティブディレクターカラ命令サレタ限定要素:次元界(リンボ)ノ物質ヲ形成シ、仮説ヲ検証デス。ルビコンノダンジョンガ構築サレタデス」

「上位者/—〈創造〉ノディレクター—ガ、実地試験デロストデス。第二段階ノ達成ニヨル時系列ガ途絶、プロジェクトノ指示ニハ存在シナイ第三段階(崩壊)ガ発生デス」

「その実地試験とは?」

「上位者/—〈創造〉ノディレクタ—ノ実地試験:ルビコン(高難易度)ダンジョン構造ノ、限定要素ヲ調査:分散ヲ定義デス。多数ノ偏差ヲ検出:多数ノエラーデス」

 ノルドンは低くヒューと音を立て、カシャッと目を閉じた。

「〈創造〉ノディレクターハ、実地試験カラ帰還セズデス」

「彼に何が起きたんだ?」

「引用/ルビコンノ魔法使イ/〈誇大妄想ノ自由宣言〉:クリエイティブディレクターハ、エラー:ルビコンノ魔法使イニ遭遇シタデス。仮説:ディレクターハ、エラーノ強度ヲ無視シタデス。ルビコンノ魔法使イノ、異常ノ修正ヲ試行シタデス。結果:ディレクター=NULLヌルデス」

「第三段階では何が起きたんだ?」

「第三段階、前例ナシ:ノルドン特有ノ段階デス。仮説:ディレクターノ不在プラス次元界 (混沌)ヘノ暴露、結果/ノルドン/ノ思考ニオイテ、平均カラ逸脱デス」

「ノルドン、モドロンとは何なんだ?」

 ノルドンが素早くカシャカシャカシャとまばたきし、キュルキュルキュルと音を立てた。

「疑問:モドロントハ? 定義:モドロン? 私ハモドロンデス」

「ああ、しかしモドロンとは?」

「疑問:モドロン、定義:モドロン、私ハモドロン、回答済ミデス」

 ノルドンの目を覆うシャッターが数回カシャカシャとまたたき、彼の“目”が点になった。

「新タナ疑問—『シカシモドロントハ?』定義:シカシモドロントハ? モドロンハ、ノルドンデス。アベコベノ『ノルドンNordom』=『モドロンModron』デス」

 モーテが再び口をはさんだ。明らかに私の質問にいらいらしている。

「ああああああ! やめてくれ、神威かむいとオレの正気のために! 何度も何度も質問し続けたら、コイツのクランクが折れちまうぜ!」

「まあ、私は答えを知りたくて、彼は答えてくれただろう」

「なあ大将、モドロンは自分の基本的な仕事以外のことは、ほとんど理解してないんだ。そしてこの馬鹿な多角形は、次元界に降り立ったばかりだ。このキューブを混乱させるな、分かったか? 少なくとも、コイツが武装してるうちはな。モドロンについて知りたきゃ、コイツじゃなくてオレに訊くんだ」

「分かった、モーテ……モドロンについて教えてくれるか?」

「こんな感じだ、大将。モドロンはこんなつまらない幾何学形状で、故郷のメカヌスの次元界をガチャガチャ動き回ってる—本当に几帳面で、規則正しくて、多元宇宙のそうしたがってるのさ。だからコイツらは害虫なんだ」

「多元宇宙を規則正しくしようとすることに、問題があるのか?」

「それはな、大将、混沌にもいいところはあるからさ。もしすべてがモドロンの考える通りになったら、まともな人生じゃない……少なくとも、オレはごめんだね。コイツらはただ、すべてをかっちりさせたがってるんだ。うへぇ」

「そうだな、混沌も必要だ……秩序がすぎれば、私たちは皆よどんでしまう。さて、ノルドンには他にも質問がある……」

 私はノルドンの起源の次元界について知りたくなった。

「メカヌスについて教えてくれ、ノルドン」

 ノルドンは固まり、そして肘の歯車がゆっくりと催眠的な周期で回りはじめた。

「定義/疑問:メカヌス。秩序ノ次元界。意識。原因ガ結果ヲ生成。予測可能。法則。論理。統制。服従。歯車ノ回転。メカヌス=ノルドンノ起源デス。メカヌス=故郷/ノルドンデハNULLヌルデス」

 先ほどの批判で傷ついたモーテが、詳しい説明を加えた。

「メカヌスか? あらゆる意味で退屈だぜ、大将。でかい歯車とモドロンでいっぱいの次元界を想像すれば、それが特大退屈なメカヌスの次元界さ。規則が多すぎて面倒すぎる。訪れるのは言うまでもなく、考えるのさえ避けたい場所だね」

 いつの間にか広間に出てきていたフォール゠フロム゠グレイスが、この会話に情報を添えた。

「モドロンは共通の“エネルギー”を共有しています。何らかの方法で、このエネルギーは彼ら全員をつないでいるのです。彼らが死ぬとエネルギーは共通の渦に吸収され、そのエネルギーから新しいモドロンが生み出されます。モドロンが……はぐれたときは……種族とのリンクを切断し、少量のエネルギーを保持することになります」

 モーテがフォール゠フロム゠グレイスをにらんだ。

「もういいかい? 補足情報ありがとう。でもここでは、情報の泉はなんだ、アンタじゃない。オーケー?」

 フォール゠フロム゠グレイスはわずかにうなずいた。

「申し訳ありません、モーテさん。あなたの気分を害するつもりはありませんでした」

 私が何を言っても、モーテを真っ赤にするだけだろう。彼らの言い合いは無視することにして、モーテに質問した。

「つまりノルドンはその源泉の一部で、しかしそこから切り離されているのか。そして死んだモドロンが吸収されるなら、ノルドンもそうなるのか?」

 モーテはうなずいた。

「そして彼が死ぬと、別のノルドンが生まれる」

「あ~……いや」

「どうなるんだ?」

「ええと、アイツらがコイツのエネルギーを奪うことになるんだ、大将。それで別のモドロンが吐き出されて、でもソイツはノルドンじゃない。コイツはもうモドロンじゃないからね。コイツは次元界を取りこみすぎてる。アイツらが造るのは、ノルドンじゃない交換品さ」

「つまり……はぐれることで、彼は……不死ではなくなったのか?」

 モーテは答える前に、しばらく間を置いた。

「まあ……うん、そうとも言えるね。つまり、もしはぐれるっていうささいな反乱がなければ、彼は快適だったはずだよ……死んでも別のモドロンとして飛び出すんだから。でも“あべこべ”になったわけだから—まあ、死ねばその部分は失われるだろうね」

 私は再びノルドンのことを考えた。モドロンとして、そしてその比較的低レベルな者として、メカヌス以外の彼の知識はとても限られているはずだ。しかしモドロンとて何かの話を聞いたことはあるはず。そこで、他の次元界を知っている者にはなじみ深いはずの話題について訊いてみた。彼が何を話すのか、興味があったのだ。

「ノルドン、〈流血戦争〉について何か知っているか?」

「定義:〈流血戦争〉。有史以来、最モ巨大ナ戦闘デス。戦争ノ根本的ナ原因:バーテズゥ—秩序ト、タナーリ—混沌ノ、観念形態ノ相違デス。戦争ノ修飾子:種族的大虐殺。全テノバーテズゥ、オヨビ/マタハ、全テノタナーリガ絶滅シ、戦争ガ終了スル可能性ハ0.0000000000000000000001%デス。主ナ戦闘員:バーテズゥ、タナーリ。戦争ノ参加者:全員デス」

「バーテズゥについて教えてくれ」

「別名『フィーンド、デヴィル』。不完全情報:一般的ナ記述子、バーテズゥ。次元界:バートルノ住人デス。数:算出不可。主ナ攻撃形態:カーストニ依存。耐性:炎、刃物、毒。物理的特性:亜種ニ依存、大部分ガ冷気/ガスニ抵抗ヲ示スデス。パーソナリティ特性:秩序、悪、操作的、効率:73%」

「タナーリについて教えてくれ」

「別名『フィーンド、デーモン』。不完全情報:一般的ナ記述子、タナーリ。次元界:アビスノ住人デス。数:算出不可。主ナ攻撃形態:カテゴリニ依存。耐性:電撃、非魔法ノ炎、毒。物理的特性:亜種ニ依存、大部分ガ冷気、魔法ノ炎、ガスニ抵抗ヲ示スデス。パーソナリティ特性:混沌、悪、効率:13%」

 無駄な質問は十分だろう。私はグレイスが示唆した話題を切り出すことを、ずいぶん長く避けていた。

「あー……調子はどうだ、ノルドン?」

「内観的処理ヲ開始デス」

 ノルドンはカシャッと目を閉じ、ブンブンと音を立てはじめた。数分後、目がカシャッと開いた。

「内観的評価:認識力ガ(1)縮小、オヨビ(B)音ガ増加デス。翼ガ腕ニ置換:理由不明。疑念/仮説:翼ガ嫌イダッタデス? 推測デス。ノルドンハ昔—ヒトツ—デシタガ、今ハ縮小シ、音ガ増加シタ—ヒトツ!—ナノデ、情報処理ガ困難デス」

 彼のヒエラルキーに欠けた穴を埋めることができるか、確かめることにした。

「実はな、ノルドン、ルビコンにはまだディレクターがいる—私だ」

 ノルドンはしばらく静かに私を見つめていた。そしてフレーム内からゆっくりとウィーンと音がして、彼はカシャンと音を立てた。確証はないが、何かがカチッとはまったような音だ。

「あー……大丈夫か、ノルドン?」

「状態ヲ更新:階級ニオケル、クリエイティブディレクターヲ再確認デス」

 驚いたことに、ノルドンの声から震音がいくらか消えていた。以前よりも平坦で、よりコントロールされた声だ。少し怖いくらいの効果だ。

「以前のクリエイティブディレクターは、お前にどんな作業を命じていたんだ?」

 ノルドンは考えこむかのように、ウィーンと目のシャッターを下ろした。

「慣例作業:評価/前方偵察/整頓:評価、分類、整理、報告ノタメニ、ルビコンプロジェクトノ周辺ニ配属サレタデス。報告内容:セ、セ、整合性ノ評価/プロジェクトエラーノ撲滅/不可測ナアイテムノ回収デス」

「整合性の評価?」

「選択単語ノ反復ヲ確認(反響デス?):整合性、評価。ルビコンプロジェクトニオケル穴ヲ検出シ、分類シ、ソシテ穴ヲ/修復/スルタメノ評価デス。多元宇宙ノ性質ト次元界:リンボノ性質ガ、ルビコンプロジェクトヲ危険ニスルデス」

「どうしてその、あー、多元宇宙と……リンボが……プロジェクトを危険にするんだ?」

「多元宇宙ノ性質—亀裂—封鎖—再ビ亀裂—穴ガ生成サレルデス。空間ニ〈ポータル〉/導管ヲ作ルデス。頻度:パターン不定。解決策:不明」

 ノルドンの通気孔から、小さくシューと蒸気が漏れる音がした。

「ノルドンハ亀裂ヲ修復/封鎖デキナイデス。現在ノ状態:ノルドンハ、亀裂ノ感知ニ限定デス」

「待ってくれ。お前は次元界の“亀裂”が見えるのか? ポータルが? どうやってだ?」

「ポータル検知能力:80~90%パーセントデス。最大認識距離ハ、穴ニヨッテ相違デス/平均距離=Y+78……」

 目の回るようなカチカチカチ……という音がノルドンから聞こえてきた。まるで彼の体の中で、カブトムシがパレードをしているかのようだ。

「ノルドンハ、ポータルノ10フィート約3メートル以内ニ接近スル必要ガアルデス。許容誤差:+/-5歩。ポータルノ付近デ、音ヲ出スデス」

  他の作業についても尋ねてみた。

「エラーの撲滅というのは?」

 ノルドンのいつもの震え声が、揺れるざわめきに変わった。

「エラー:多数。ルビコンプロジェクトノ全構成物ハ、エラー状態デス。ルビコンプロジェクトノクリエイティブディレクタート全職員ニ対シテ、非服従デ存在シテルデス。命令:非服従ヲ続行スルエラーヲ破棄デス。障害:ノルドンハNULLヌル状態トハ関係ナク、作業ノ仕様ニ不適格デス」

「つまりお前ははぐれた構成物を、自分では止められないんだな……少なくとも、歯車を引き裂かれずには?」

「肯定デス。NULLヌル状態ハ、作業ノ完了ニ対シテ反生産的デス」

「まあ、もっといい武器が与えられていればな……」

 ノルドンの手の中のクロスボウがカチ、カチチチチと、そしてウォンウォンと、一対の昆虫であるかのように音を立てはじめた。彼はしばらく耳を傾け、そして私をちらりと見た。

「クロスボウガ疑問ト33ノ援助要請ヲ提出シタイデス。『矢弾ガ製作者ノ提案ニ制限サレテイル』デス。彼ラニ新タナ仕様ヲ提供シタイデス?」

「もちろんだ……ええと、こういうのはどうだろう……分からないが—先端がピラミット形で、ただし当たると三つに割れるものは?」

 ノルドンのクロスボウから突然ピーンと音がして、先端から矢の束が吐き出され、空中で弧を描いた。ノルドンの側面のパネルが二つ開き、矢が一本ずつガタガタと入りこんでいく。十本かそこらが入り、そしてクロスボウは沈黙した。彼らが疲れ果てているという、奇妙な感覚がした。

「彼らはしばらく休むべきだろうな……さて、不可測なアイテムの回収作業については?」

「肯定デス。迷路ニハ、ルビコンプロジェクトノ原設計ニハ存在シナイアイテムガ出現スルデス。干渉ヲ防止スルタメニ収集シ、分類シ、評価シ、貯蔵スル必要ガアルデス。モドロンハ、アイテムヲ回収シ保管スルタメニ、送リ出サレルデス」

「ふ~む。前回の作業では何か見つけたか?」

「肯定デス」

「見つけたものをくれないか?」

「肯定デス」

 一瞬の沈黙があり、そしてノルドンの目にゆっくりとシャッターが下りた。フレームの中でチチ、チチ、チチと音がして、その後ウィーン、カシャッと鳴った。ノルドンの左側のハッチが開き、空いた手を伸ばして数枚の銅貨などを渡してくれた。

「ふ~~む。ノルドン……興味本位なんだが、クリエイティブディレクターはどんな職務を担当するんだ? そしてお前は、どれだけ従わなければならないんだ?」

 ノルドンの中から、ゆっくりとしたチチッ、チチッ、チチッという音がしはじめた—爆発しそうな時計のように。

「応答:ディレクターノ職務。(A)ルビコンプロジェクトノ整合性維持、(2)ルビコンノ大隊/作業部隊ヘノ命令発効デス。ノルドンノ従順ニヨル服従期間:ルビコンプロジェクトノ停止マデ、クリエイティブディレクター=ノルドンノ上位者デス」

「つまり……私が何を言っても従うのか?」

「肯定デス」

「ええと、なら、いくつか命令がある……」

 彼が文字通りに私の命令に従うなら、彼を助けることができるいいアイデアがある。

「お前の記憶から過剰な荷物を取り除くことに集中して、論理と内観的処理を改善して欲しい」

「肯定デス」

 一瞬の沈黙があり、そしてノルドンの目にゆっくりとシャッターが下りた。フレームの中でチチ、チチ、チチと音がして、その後低くこすれる音がした。その音が甲高い金属音に変わり、ノルドンの側面のパネルが開き、そして……過剰な“荷物”が飛び出してきて、私はそれを飛び出す端からつかんだ。ノルドンは少し間をおいて、そして目をカシャッと開いた。

「命令ガ処理サレタデス」

 最初の命令は上手くいった。さらに大きな変化に挑戦しよう。

「ノルドン、私に耳を傾けるよう命令する。いくつか言いたいことがある」

 ノルドンが固まった。

「待機中デス。話スデス」

「ノルドン、お前に自分を超えるよう命令する。これまでよりも強く、速く、そして集中するよう命令する。お前ならできる。お前ならできると、私が信じているからだ」

 ノルドンは黙って私を見つめはじめた。クロスボウも沈黙している。

「さあ、この言葉を繰り返すんだ。『私は強いモドロンです』『私は速いモドロンです』『私は強力なモドロンです』『私のクリエイティブディレクターは、私を信じています』『私はディレクターのために集中します』さあ、繰り返してくれ」

 ノルドンが喋った。彼の声には、もはや金属的な震えはない。平坦で、収束しており、無感情だ。

「私ハ強イモドロンデス。私ハ速イモドロンデス。私ハ強力ナモドロンデス。私ノクリエイティブディレクターハ、私ヲ信ジテイマス。私ハディレクターノタメニ集中シマス」

 私は次に伝える言葉に、すべての意志を注ぎこんだ。

「さあ、この言葉を感じるんだ、ノルドン。。お前の中のエネルギーを表出させ、それを使って

 ノルドンは私を見つめ続けている。私の言葉が定着するのが感じられた—彼の中にわずかな火花が、エネルギーの火花が感じられた……この火花を……引き出すことができれば……

「さあ、ノルドン…力だ。速さだ。パワーだ。集中だ」

「肯定シマス」

 ノルドンの目の瞳孔が突然カシャッと、小さな太陽のように輝く白い点になった。手が頭の上で羽ばたくような奇妙な動きをして、そして体の脇に戻る……手が下りたとき、ノルドンは……より確かになったようだ。どういうわけか、鋭く感じられる。何かがのだ。もし時間があれば、ノルドンが新たなペルソナを維持するのに、私の信念は必要なかったかもしれない。

「命令ガ処理サレマシタ」

 ノルドンはまばたきすると、突然ガシャンと黙りこんだ。細い蒸気の束が通気口から立ちのぼる。巨大なストーブの中から話しているかのように、柄にもなく深い声だ。そして通常の口調に戻った。

「メ、メ、命令ガ処理サレタデス」

 アンナが廊下に出てきた。皆が寝ずに何をしているのか、疑問に思ったのだろう。するとすぐに、ノルドンが彼女のほうを向いた。

「アンナ! モーテガ『貴方ト枕ヲ共ニスル』ヲ希望デス」

 ノルドンがそう言うと、モーテは目を回し、聞こえよがしにささやいた。

「黙れ! 黙れ!」

「あんたなんか別のものと寝かせてやるわ! バカ!」

 アンナはそう言いながらモーテをにらんだ。

 私は皆に寝る時間だと促し、部屋に戻ってノルドンにもらったがらくたを調べた。魔法のものと思われる鏡があった。時計仕掛けのがらくたには、魔法の印が刻まれていた。それは魔法の巻物に書かれているものと似ていて、解読することができた。

 ねじれたがらくたの塊から引き抜いた重い歯車には、分解されたルビコンのクリエイティブディレクターと思われるエノール・エヴァによる、代数学的な考察が記されていた。ゆがんだ歯車に刻まれているのは、このモドロンがルビコン迷宮の順列を計算しようとしている時に発見した、複雑な数式だ。リンボの存在が視野狭量なモドロンに影響を与え、輝かしくも極めて危険なことを考えさせたようだ。そこに書かれたものは魔法の巻物に近く、呪文書に写すことができた。この呪文は、次の機会に試してみることにしよう。

 エノールEnollエヴァEva? ノルドンNordomのように、あべこべの何かを意味するのだろうか? いや、何でもないようだ。


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