プレーンスケープ トーメント 非公式小説

クウェル

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 次の日、私たちは〈市民催事場〉に戻り、私的感覚器館してきかんかくきかんに入れてくれるようスプリンターに頼んだ。

 スプリンターは、そこでクウェルという名の魔道士に会えるだろうと教えてくれた。夜の妖婆ナイト・ハグのラヴェル・パズルウェルに関する歴史を知る人物らしい。

 大きな部屋に入った。部屋はいくつかの小部屋に続いていて、そこには経験を保持した石が置かれている。小部屋の一つに、ローブをまとった人物が見えた。

 その小部屋に入った。老年の男が何かを噛みながら、静かにつぶやいている……しばらくして口の中のものをガリッとかみ砕き、呑みこんだ。真鍮しんちゅうのように白いふさふさ眉毛にしわが寄り、つり上がり、再びしわが寄った。

「ふ~~む……」

 彼に近づき、声をかけた。

 私を一切見ることなく、男は短衣チュニックの中に手を入れ、暗赤色の球を取り出し、興味深そうにしばらく眺め、そして口に放りこんだ。

 少なからず苛立ちを感じて、私は大声で繰り返した。

「『こんにちは』と言ったんだが……」

 男は眉をひそめて私を払いのけ、口に放りこんだ何かの風味を味わいながら、考えこんだ様子でうなずいた。

 さらに大声で言った。

「いくつか……質問があるんだが……」

 男はニヤリと笑い、私に対して親指を噛むジェスチャーをして、そして不意に固まった……頬が膨らみ、彼は激しくげえっと巨大な黒いハエを吐き出した。ハエが部屋をブンブンと飛び回る。

「ミナウロシアン・キャンディーは、とんでもないわい!」

 彼は叫び、虫に対して拳を振り回す。そして急に私のほうを向いた。

「なんじゃあ?!」

 私は落ち着いた声で答えた。

「お前に質問があるんだ……」

 彼は小さな赤いキャンディを口に放りこんだ。

「いつもほっつき歩きまわって、有名な魔道士たちを不作法なむだ話で邪魔しとるのか?! ぺちゃくちゃと、たわごとを、さえずって、!」

「ぺちゃくちゃ」と音を立てる彼の口からキャンディーが飛び出し、高い弧を描いて床にぺちゃっと落ちた。彼はそれを悲しそうに見つめ、喋ろうとする私を無視した。

「とっても美味しかったのにのう……」

 そう言ってさめざめと泣く。そして突然顔を上げ、怒鳴った。

?! こんのぶっしクソ虫が! 魔道士は尊敬されるべきなんじゃ! おまえみたいななぐは場違いじゃ!」

 彼は飛び跳ねはじめた。

「場違いじゃ! 場違いじゃあ!」

 さえぎられた時、謝ろうとしていたわけではなかった。いつもこんなに子供じみているのか、訊こうとしたのだ。

「落ち着け、ただいくつか質問したいだけだ……」

「どうでもいいわい、腐ったウシ知恵のブタ頭め!」

 彼は目を膨らませて指を突きつけた。

「さあ、出ていかんか! 出て! いかん! かッ! そしてふさわしい敬意を見せられるようになるまで、戻ってくるでない……捧げ物でも贈り物でも持ってくることじゃな!」

 彼は突然近づいて、口の端からささやいた。

「キャンディーかチョコレートがよかろうて。じゃがな、いいか、特別なものじゃぞ—なにかものをもってこい。さあ、うせるんじゃ!」

 ヴリスチカの骨董店で見た品のことを思い出した。チョコレートに変化したらしいクアジットだ。面倒ではあったが、それを購入してきた。欲しい情報を手に入れられる手段は、他にはクウェルを誘拐して拷問することしか思いつかなかったからだ。

 しばらくかかって戻ってくると、クウェルはまだ私的感覚器館してきかんかくきかんにいた。彼に近づき、お望みのチョコレートを手に入れたと話した。

「なんと?」

 彼は即座に態度を変えた。

「なんと優しいのじゃ、なんと紳士的なのじゃ! 見てもよいか?」

 彼が見せた弱みを使って、ふっかけられた苦しみを返すことにした。彼が悔い改めるとは思えないが、少なくとも多少の復讐ふくしゅうにはなる。私は彼にこう答えた。

「もちろん、駄目だ」

 彼は完全に面食らってのけぞった。

「なんじゃとお?!」

「これはお前にはもったいない。本当に失礼だったからな」

「おまえ……なんなんじゃ?」

 彼は跳び回りはじめた。

「不合理じゃ! 滑稽じゃ! 馬鹿げとる! 失礼というのは、おまえをバートルのスパイス・ビーンズに変えて食って、ケツのひと吹きでシギルじゅうに酷い臭いをまき散らすようなことじゃ! それが失礼というものじゃ、わしはそんなじゃないわい!」

「とにかく、お前が謝らない限り、渡すつもりはない」

 彼はすぐに静かになり、そして疑わしげに目を細めた。

「少なくとも、まずは、そいつをわしに見せてくれんかの?」

 チョコレートのクアジットをちょっとだけ見せた。

 男のふちなし帽がポンッと空中に飛び上がり、まっすぐ頭に落ちて戻った。

「おお……なんと。それは……それはもしや……?」

 彼は唇をなめ、チョコレートのクアジットに恐る恐る手を伸ばした。

「おっと駄目だ。まず謝れ」

 彼は顔をくしゃくしゃにして唇を噛み、黙って拳を振り回していた。そしてついに動きを止め、服を払い、ゆっくりと息を吐き出した。

「よかろう。謝る」

 彼が片手を背中に回していることに気づいた。

 モーテがクウェルの後ろに浮かんでいき、そして叫んだ。

「おい、大将—コイツ指を交差させてるぞ!」

「黙れ、お喋りめ……おっと! つまり、その、そんなことはしとらんぞ!」

 彼はしらばっくれて微笑み、両手を見せた。

「う~む。まあいい。ほら、チョコレートのクアジットだ」

 彼がチョコレートを私の手からひったくる。

「おお……なんと珍しい、これは、なんと美味しそうなのじゃ」

 彼は大きな塊をかじり取り、残りを短衣チュニックに押しこんだ。

「質問があるんだが……」

 彼は私に対して眉をひそめながら、指から最後のチョコレートをなめ取った。

「誰の差し金で、馬鹿げた質問でわしの邪魔をするんじゃ?!」

 そう言って責めるように私を見つめる。

「訊くがよかろう……わしを邪魔するのが望みならの。さもなくば去れい!」

 彼は袖からモルトボールを探り出して食べた。

 彼がクウェルではないという可能性は考えるだけでも恐ろしいが、最初の質問に立ち返ることにした。

「お前は?」

「わしは……クウェルじゃ」

 彼は横柄に手をかかげ、私の自己紹介を押しとどめた。

「……わざわざ言うまでもない。シギルのここらを悩ませとる、無礼な害獣とはおまえのことじゃろう! 何度も耳にしたぞ!」

「まだ野垂れ死んどらんとは、神威かむいに感謝じゃわい。会えてぞ。その無為な冗談を浴びせられる痛みを感じられるとはのう! おまえの厚い頭蓋骨を貫いて、少なくとも“マナー”の概念くらいは教えられる魔法のためなら、わしは喜んで膨大な魔力を捧げるわい」

 彼の長広舌は無視し、ようやく訊きたかった質問をした。

「ラヴェル・パズルウェルについて、何を知っている?」

 その名前を口にすると、彼はしゃぶっていたキャンディをゴクッと呑みこんでしまい、痛みにあえいだ。

「なにを言えと?! いったいなんでじゃ? そんなこと、そんな話は、ほこりまみれの本と年寄りの心の屋根裏部屋に捨ておくべきなんじゃ! 邪悪、邪悪じゃ! その名前、その名前……闇の物語が死体のハエのように群がりよるわ」

「それでも、話してもらう必要がある」

 彼は目を回し、別のキャンディを口に放りこんだ。

「いいか小僧、あやつは夜の妖婆ナイト・ハグで、シギルにやって来おった……邪悪と高笑いを伴って、影魔法をただよわせて、〈苦痛の貴婦人レディ・オヴ・ペイン〉に歯向かうためにな。泡々あわあわ泡々あわあわ泡々あわあわな年寄り妖婆ハグ……結局は〈迷路〉に落ちただけじゃった。今はもう死んどろう」

「影魔法?」

「そうじゃ、そうじゃ、そうじゃ……」

 彼はラヴェルのことを話すのが不安なようだ。

「ラヴェルは魔法の全系統に道楽で手を出し……道楽どころか卓越しておった。あやつは影の魔法を知っておった。幻影と影物質、影、死んだ者たちの残留物の魔法をな」

「どうすれば彼女を見つけられる?」

「なんで……なんでそんなことを訊くんじゃ? 狂っとるのか? あんな悪の生き物に、なにを望むというんじゃ?」

「彼女は私の過去について何かを知っている」

「それはどうじゃろな……あやつは何世紀も前に〈迷路〉に落ちた。消えた死者帳ししゃちょうに書かれたんじゃ。それにどうにか、どういうわけか、黒ずんだ血まみれのかぎ爪でまだ命をつないどったとしても、どうしておまえを知っとるんじゃ? 仮にあやつが高笑いする悪の生き写しでなかったとしてもじゃ、おまえを助けようとなどするものか……」

 私はもっと自分の過去について、そして自分の敵について、知らなければならない。それにはラヴェルが必要だ。

「私はただ、彼女が生きていて助けてくれることを願うだけだ」

「レーシュの6つの乳首とふくれた腹にかけて、ちらつく蝋燭ろうそくがパンデモニウムの吠える風に投げこまれて、どんな望みがあるというんじゃ! ちらちら、ちらちら、ヒュー…じゃろう! それ以上馬鹿になるのはやめんか!」

「彼女が死んでいても生きていても、捜し出さなければならないんだ」

「それで死んでたら—間違いなくそうじゃろうが—おまえはどうするつもりなんじゃ? なんも考えとらんじゃろう? クウェルはこう叫ぶしかないわい—ナンセンスじゃ! 無意味じゃ! それで、あやつが死者帳ししゃちょうに入っとったら、どうするつもりなんじゃ、ん?」

 彼女を見つけた後の計画はない。情報があまりにも少ないからだ。失うものは何もないので、私は尋ねた。

「どうすべきだと思う?」

「ようやくまともな質問じゃな! わしの考えか? 〈迷路〉に入って夜の妖婆ナイト・ハグとお喋りするという脳無のうなしな考えを諦めて、どこぞの墓穴に駆け戻ることじゃな! 〈貴婦人レディ〉の怒りを引き出したいというほうが、まだ納得がいくわい」

「彼女の〈迷路〉に行き着く方法を教えてくれないか?」

「精神異常者じゃ! 狂人じゃ! くさあなじゃ! わしが言ったことを聞いとらんかったのか?! あやつは〈苦痛の貴婦人レディ・オヴ・ペイン〉を負かそうとして、次元間の〈迷路〉に投獄されたんじゃぞ! つまりおまえの10倍は泡々あわあわで、少なくとも100倍は強力ってことじゃ! それに死んで死んで死んで、三べん死んどる可能性が高い……思いがけず死んどらんでも……あやつはおまえを殺すじゃろうて!」

「理解した。しかし本当にお前の助けが必要なんだ。彼女のところにたどり着く方法を教えてくれないか?」

 クウェルは唇を噛んで静かになった。しばらくして、短衣チュニックからミントを探し出し、口に放りこんだ。

「本気か? 本気なのか? なんでそんなに本気で、バートル狂いで、頑固一徹なんじゃ?」

 そしてため息をついた。

「まあ、脳無のうなしで生まれれば、脳無のうなしで死ぬんじゃろうな」

「すべての〈迷路〉にはポータルがある。これだけは真実じゃ。入口と出口……それが〈貴婦人レディ〉の流儀なんじゃ。ポータルについては知らん—場所も、形さえもな—じゃが、鍵だけは聞いとる……ラヴェルの一部じゃ」

「ラヴェルの一部? しかしラヴェルが〈迷路〉の中なら、どうやって……」

「間に合わす必要があるじゃろうな。ラヴェルの害毒を含むなにかを見つけるんじゃ……わしが知っとるのはこれだけじゃ! これで全部じゃ! これ以上わしをわずらわせるでない! そんなことで誰かを困らせたいなら、〈知的な欲望を満たすための売春宿〉に行くことじゃ—そこのレディの一人が、助けとなる誰かかなにかを知っとるはずじゃ!」

 ああ、ようやく知りたいことが聞けた。ラヴェルの一部。そして私は、ラヴェルの娘がどこにいるか知っている。フォール゠フロム゠グレイスの施設だ。しかしながら、まだポータルが必要だ。ポータルを構築することは、おそらく可能だとは思う。しかし必要な研究の量、構築にかかる時間は、常命の者の生涯を埋め尽くすほどだろう。ラヴェルがまだ生きているとして、数日のうちに見つけたいものだが。


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