別の立方体の部屋に入ると、そこはまるでリンボが境界線を侵食したかのようだった。壁は床に流れ落ちようとしているかのようで、床の一部はあまりにもすり切れていて、ダンジョン構造の外側が確かに見えた気がした。
部屋には住民がいた。四つの腕と二つの足がある立方体だ。機械的な見た目にもかかわらず、その正面は有機的な緑色の奇妙な顔で、大きな楕円形の目が二つある。私には気づいていないようで、両手で抱えた二つのクロスボウを熱心に見つめている。立方体の左上から多面レンズがぶら下がっていて、スコープのように目元まで降ろせるようになっているようだ。
彼の注意を引くために、あいさつを試みた。立方体はキュルキュルと甲高い音を出し、カシャカシャとまばたきをした。彼は顔を私のほうに向け、自由な二つの手を降参するかのように空中にかかげた……しかし二つのクロスボウは私に向けられている。この生き物の関節は、奇妙にウィーンと音を立てる一連の歯車だと気づいた。
モーテが近くに来て言った。
「大将、こいつは厄介だ……このモドロンは、はぐれてる」
「はぐれて?」
「ああ」
モーテが続ける。
「いいか、時々モドロンが混沌を取りこむことがあって、そうなると……ええと、はぐれたモドロンの一番うまい説明は、いわば……あべこべなんだ」
「つまり、彼は……あべこべのモドロンなのか?」
黙って私たちを見ていたモドロンが、急に喋った。
「アベコベノ『
この立方体の声は金属質で、喋る一言ごとが飛び跳ねて……どこかに転がり落ちていくかのようだ。彼の口が奇怪な横向きの半円になった。おそらく微笑んでいるのだろう。
「恐縮デス! 感謝デス!」
「あ~……すまないが、どういうことだ?」
「済マナクナイデス。済マナク
再びキュルキュルと音を立て、片目がカシャッとまばたきした——そして少しして、仲間はずれはいやだとでもいうように、もう片方の目もカシャッと動いた。
「私がお前を識別すると……嬉しいのか? お前はモドロンじゃないのか?」
立方体の顔が落ち着き、口が真一文字になった。
「コノ個体ノ色別ハ解決(サレマ)シタデス。対象——受信者ガ、個体ヲ『ノルドン』ト色別シタデス。ノルドンニ色別ヲ付与シタノデ、感謝ガ提出サレルデス」
「何でもないことだ、本当に」
ノルドンの目がカチッとまばたきした。一度、二度、三度。そのたびに目の中心の黒丸が収縮し——三度のまばたきによって、ほとんど点のようになった。
「認識ニ到達デス。ノルドンハ、受信者ノ名前ヲ知ラ
彼は私に、誰なのか明かすよう求めたのだ。ノルドンほど容易に名前を見つけることができればいいのにと願いながら、答えた。
「私には名前がないんだ、ノルドン」
ノルドンは目を見開き、“瞳”の直径が元に戻った。彼はカシャッと一度まばたきし——しかしその後、目を覆う金属のシャッターが開かない。そしてしばらくして、つっかえたかのようにガタガタと音を発しはじめた。
「あ~……ノルドン。目を開けてくれ」
またカシャッと音がして、ノルドンは目を開いた。
「目ヲ閉ジテナイデス。対象(未定義、名無シ)ノ解明行動ニ従事シテ、シテタデス。疑問ヲ構築中……提示:貴方ハ、ロストデス?」
「ロスト? どういう意味だ?」
ノルドンが「ロスト」という言葉をさえずった瞬間に、頭蓋骨の後ろで這い回るような奇妙な感覚がした——それに相伴って、二つのことが確信できた。その言葉を聞いたのは初めてではないこと、そして次の質問に対するノルドンの答えが重要であることを。
「ノルドン、お前が『ロスト』と言う場合、それはどういう意味なんだ?」
「名前ノ不在=同一性ノ不在=目的ノ不在=多元宇宙ニオケル場所ノ不在=状態ガ
「ええと、かつては名前があったが、忘れてしまったんだ」
「新タナ疑問ヲ構築中」
ノルドンが素早く三回まばたきをして、チキチキチキと音がした——スズの薄板をハンマーで叩くかのような音だ。
「ナゼ以下ノ行動:忘レテシマッタコト、ヲ実行シタノカ、ノルドンニ説明スルデス」
「それは……私の状態の副作用だと、思う」
金属のシャッターがウィーンとノルドンの目を覆い、彼はそのまましばらくガタガタと音を立てていた。目がカシャッと開いた時、キュルキュルと音がした。
「疑問:メモリノ欠陥デス?」
「そうだな、そう言えるかもしれない」
「疑問ヲ明確化スルタメノ事前条件付キ行動:ノルドンノメモリ空間ハ、マダ容量ニ接近シテナイデス。疑問/行動:対象(未定義、名無シ)カラノ返答ガ『ソウダナ』ノ場合、ノルドンハ貴方ノタメニ記憶スル、スルデス」
生きた日記ということか? 私はこう答えた。
「もちろん、そうしてくれ、ノルドン……何しろ、私は自分のことで手一杯だ」
突然、ノルドンの両手のクロスボウから、カチカチブーンという素早い音が聞こえた。彼の目が回転し、耳を傾けるかのように右手のクロスボウを体の脇に近づけ、集中した。
「大丈夫か?」
彼はかすかにカチチチと音を立てているクロスボウに片目を向けたまま、もう片方の目を私に向けた。
「疑問:コノ子タチモ、貴方ノ足袋ニ参加デキマスデス?」
ノルドンは明らかに、もうモドロンの中に居場所がないだろう。彼は私たちと旅をすることができるし、最悪の場合もシギルに残せばいい。少なくとも、ここに残るよりはいいだろう。私はノルドンにこう言った。
「もちろんだ。いつだって手は借りたい……四本でもな」
ノルドンの“口”が、先ほどと同じように奇怪な半円になり、二つのクロスボウが激しくカチカチブーンと音を立てた。彼の手から揺れ落ちそうなほどに。
「恐縮デス! 感謝デス! ノルドントクロスボウハ、大キナ共同体ニ加入シマシタデス」
心の中で、まだそれほど感謝されることはしていないだろうと思った。そして私は、共に旅する者たちにノルドンを紹介した。彼らの“呼称”を教えながら。
ノルドンがこのグループとどう交わるのか、部屋を出るときにその兆候が垣間見えた。ノルドンが突然喋ったのだ。
「注目:モーテ。私ニハ六面アルコトヲ、認識シテルデス?」
モーテは答えた。
「もちろんさ。その見識を大将と共有してみたらどうだ?」
立方体の部屋をさまよう中で、「ポータル・レンズ」を見つけた。その機能については、先ほど出会ったモドロンの一体が話していた。ルビコンにいるあいだ、それは既知の存在するポータルに接続され、離れていてもそのポータルにアクセスすることができる。実質的に、訪れたことがあるシギルのほとんどあらゆる場所に行くことができるのだ。
そのポータル・レンズを使って書き物屋区に戻り、夜は休んだ。