プレーンスケープ トーメント 非公式小説

骨董店

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 私たちは美術館ガレリアを出た。その出入り口から、小さな建物に続く階段が近くにあるのが見えた。フォール゠フロム゠グレイスが、自分は中に入ったことはないが、あれは骨董店だと言った。

 その階段を上っているときに、フォール゠フロム゠グレイスがモーテに質問した。

「モーテさん、あなたが浮かぶ髑髏されこうべになった経緯に興味があると、白状しなければなりません」

「それは〈ヴェクナの頭〉にも関係する長い話でさ、話したくないんだ」

「それがあなただったと?」

「お願いだから、別の話をしようぜ?」

 建物に入ると、一人の男がいた。初めは客だと思ったが、彼は手に取った商品を見ているのではなく、磨いているようだ。彼が店員だということは、裏から聞こえた女の声が裏付けた。

「スタンディッシュ! そいつを壊したら、お前の皮をなめして売っちまうよ!」

 数分見ているあいだにも、この虐げられた小男は女主人のために骨董店を駆けずり回り、ほこりを払い、目録を作り、商品を動かし回っていた。彼は、かすかに玉ねぎの匂いがした。私が近づくと、びくびくしながら視線を上げた。

「どうか……あなたとは話せません。働かなきゃならないし、ご主人さまが許さないでしょう……」

 私は少し質問があるだけだと言った。

「すみません。どうか放っておいてください。ご主人さまに、あなたと話してると気づかれる前に……」

 その主人とは誰のことか尋ねた。

「ええ……ヴリスチカさまです。私はスタンディッシュ、彼女の下僕……奴隷です。罪を犯して隷属を言い渡され、下層区で買われたんです。他の奴隷と同じように……大半の奴隷は、彼女の領地にいます。さあお願いです—どうか! 私をそっとしておいて。腹を立てた彼女に、容赦なく打たれてしまいます!」

 その時には、彼の女主人は店の前まで来ていた。この青黒い肌と明るい黄色の瞳の女性は、凜々しく魅力的だが、やや不穏だ。彼女が私を見定めているあいだ、その背中でコウモリのような小さな羽が広がり、そして折りたたまれた。

「おやおや……宙に浮かぶ、体をなくした、言い逃れの頭蓋骨、そしてフォール゠フロム゠グレイス……今はなんて名乗ってるか知らないけどねえ。なんでおいでくださったんだい? お前はもう滅多なことじゃ、あたしらと取引なんてしないと思ってたけどねえ」

 彼女は同じように冷笑を浮かべながら、しばらく私を見つめた。

「それとも、ここでの任務がもう終わったのかねえ?」

 フォール゠フロム゠グレイスが答えた。

「何のことを仰っているのか分かりませんが、あなたの存在にはいろいろと質問がございます、ヴリスチカさん。以前お聞きした時は、ハゲタカの一味の首唱者だったはずです。どうしてシギルにおいでになったのですか?」

 ヴリスチカはそっけなく答え、飛鳥あすかのように質問を返した。

「好き好んでさ。それでお前は? 次はどこに取り入ろうってんだい?」

 彼女は突然私のほうを向いた。

「いいかい、男……」

 ヴリスチカはその言葉を味わうかのように微笑んだ。

「……最高の妖婦は、淫乱でありながら高潔だなんて幻想に、のめりこませることができるのさ。いわば、売春婦の女司祭だよ。グレイス先生は、その最高峰だ……」

 彼女はフォール゠フロム゠グレイスのほうを向いた。

「……そうだろう? 何千年もの隷属が、傷を残してないわけがないだろう、違うかい?」

 フォール゠フロム゠グレイスは、これまで聞いたことがないほど冷ややかに答えた。彼女が視線でヴリスチカを切り裂き、空気が氷のようになった。

「もう結構です」

「いいさ。お前は百貨店に来た客の一人に過ぎないんだ」

 ヴリスチカが私を見て、目を細めた。

「お前……質問して歩き回ってる傷だらけの男ってのは、お前だね?」

 彼女は私をじろじろ眺めた。

「まったく、迷子みたいだ。本当にここに入りたかったのかい? それとも、詮索以外にすることがないのかねえ? まあ、もちろんそれは、このヴリスチカが……」彼女は自分自身を指さした。「……お前を助けられるからだろう」

 どう助けてくれるのか訊くと、彼女はこう答えた。

「あたしは手広く旅と商いをしてるんだ。沢山のことを聞いて、沢山のものを買って、沢山のものを持ってる。お前が望むものも、あるかもしれないねえ?」

 私の望みは、いくつかの質問に対する答えだけだと伝えた。

「商品に関することなら、どんな質問でも受け入れるよ。でも『巨塔周りのあれこれに関する二十の質問』に巻きこまれるつもりはない、分かったかい?」

 私は興味をひかれていた。そして彼女の礼儀正しさを無駄にする理由もなかった。

「お前は何者なんだ、ヴリスチカ?」

 ヴリスチカは大きなため息をついた。

「アル・フィーンド……ハーフ・デーモンだよ。母親がタナーリ、フィーンドで、父親が偉大な定命者の王だった。なんて失礼な質問だい……見た目からして失礼だからかねえ?」

「モーテのことを『言い逃れの』と言ったのはどういう意味だ?」

「言い逃れ……ごまかし、偽誓ぎせい、そらとぼけ、嘘……おお、そんなこと言ったかねえ? あたしは、宙に浮かぶ、体をなくした、頭蓋骨って言ったんだ。独断的な—いつだって偉そうに意見を言うやつだろう」

 ヴリスチカはとぼけて微笑んだ。

 これまで私は、躊躇も疑問もなくフォール゠フロム゠グレイスを信頼していた。理性的に考えれば、ヴリスチカが信頼できない情報源であったとしても、彼女の話を聞いてその内容を検討する必要があるだろう。

「お前とフォール゠フロム゠グレイスは、互いの意見に耳をかさない様子だが……」

「おお、このバーテズゥ側の信者は、シギルに居場所を作ったんだろう? 興味深いねえ、違うかい? 手下を鍛えるには、ちっぽけな“売春宿”ほどふさわしい場所もないだろう……」

「バーテズゥ側の信者?」

「母親に奴隷として売られて以来、そいつは何世紀も次元界のおもちゃだったのさ。もう鎖から自由になれたと主張してるだろうけど、他のタナーリのビッチどもの言葉と同じくらい信用できないねえ」

 彼女はわずかに微笑んだ。

「もちろん、あたしは別さ」

 フォール゠フロム゠グレイスが意見を述べた。

「それは事実ですが—」

「事実?! だって?! バーテズゥの契約から逃れたやつなんていないだろう、ヒトの皮を被った雌犬め。お前が嘘つきだってことは、最下級の軍隊から、次元界じゅうを踊り回って乳児をあやすサキュバスまで、すべてのタナーリが知ってることさ。『フォール゠フロム゠グレイスは生まれたときからバーテズゥの奴隷でしかなかった。だから同じだ』ってね。お前はまだバーテズゥの思い通りに拷問と命令を受け続ける、契約によって結ばれた遊び道具なんだろう」

 ヴリスチカは冷笑した。

「振る舞いさえ、やつらと同じじゃないか」

 フォール゠フロム゠グレイスは落ち着きを取り戻し、穏やかに答えた。

「もし言葉遣いが慎重で、バーテズゥが自分の約束を守ることを重んじていれば、彼らの契約から逃れることもできるのですよ。彼らの終わりを歪ませる可能性がある意図に注意するだけで良いのです……そしてわたくしは、言語とその機微に、。そうであっても、簡単なことではありませんでしたけれど……」

「もういい!」

 ヴリスチカが言い返した。

「あたしのいるところで、お前の嘘を聞くつもりなんてないよ!」

 フォール゠フロム゠グレイスは完璧な平静を保ったまま、ただうなずいた……しかし目が合ったとき、彼女はわずかに怒気を含む視線を見せ、そして微笑んだ。私は店主に向き直った。

「ヴリスチカ、彼女が手下を鍛えていると言ったのはどういうことだ?」

 私の仲間を一目見て、彼女は答えた。

「ああ……やつらはシギルの都市や次元界じゅうで、こいつの目と耳になってるのさ。やつらが見たり聞いたりしなかったことは、見たり聞いたりした別の男から徴収する。そんな詐欺と策略は、ヒューマンにはできない芸当だろう? おお、グレイスは確かに利口だよ。きっと母親ほどではないにしろ、それでも利口だ……」

 フォール゠フロム゠グレイスは、再び反論しなければならないと感じたようだ。

「それはわたくしの施設の目的ではありません……」

 ヴリスチカは、にべもない。

「おお、違うだろうさ! あたしがそんなこと言ったかい? まあ、この男に判断させるべきかもねえ」

 ヴリスチカは瞳を輝かせながら、私のほうを向いた。

「不思議に思わないかい、つまらない男? 理性と好奇心のメフィットが、お前の心に入りこまないかい? 売春宿をこしらえるだなんて、と思わないのかい?」

 ヴリスチカは私が答える前に話を続けた。

「オッカムの剃刀は傷を残すかもしれないけど、嘘つきと妄想家の毒による癌を取り除くこともできるのさ。そして今、お前はこいつと旅してる。なんて興味深いんだ。なんでそんな施設の所有者が、旅をしてるんだい? それもほとんど知らない男のために? 疑問だねえ、疑問だねえ……」

「その疑問の答えは、実に痛いかもしれないねえ」

 フォール゠フロム゠グレイスが言った。

「わたくしがなぜ彼と旅することに同意したのか、彼はよく知っていますよ、ヴリスチカさん……彼がそう求めた時から」

「おお、こいつは求めたろうさ……どんな男が抗えるっていうんだい?」

 ヴリスチカは冷笑し、うんざりしたように目を背けた。私はこの話題から離れるために、店について尋ねた。

「この店で見れるのは、次元界を股にかけた取引と旅の結果さ」

 彼女は店全体を身ぶりで示した。

「武器、護符……他にも特殊なものを売ってる……大変に珍しい絶品が、この百貨店を満たしてるんだ。お前のニーズを、あたしが満たしてやろう」

 店の品物を調べ、興味をそそられたものについてヴリスチカに訊いてみた。

 塩水の瓶の中に、舌のように見えるものが浮いていた。ヴリスチカはそれに顔をしかめた。

「そいつはフィーンドの舌だ……コルヌゴンのだと思うけど、誰にも分からないだろう? 生き物の口に入れると、喋る能力を与えると言われてる。喋ることができないやつであってもね。欲しければ、なんとたった銅貨66枚で売ってるよ」

 これは役に立つかもしれない……購入することにした。

「ああ」ヴリスチカがごろごろと喉をならした。「賢い選択だ」

 私が彼女の手に落とした硬貨は、手のひらに触れたとたんに消えたように見えた。彼女は私に商品を手渡した。

「さあ、新しい掘り出し物を楽しんどくれ」

 私は『ゴーゴンの軟膏なんこう』というラベルのボトルを調べた。ヴリスチカがそれをかかげてくれた。

「あたしはこいつを、剣を下げた主要世界人と取引したのさ……名前は確か、ペルセウスだ。石になったものの表面に塗れば、元に戻すことができる。共通銅貨たったの100枚だ。石になった友だちを見つけたときに役立つことを考えれば、格安だろう」

 面の一つに大きな目がある立方体状の生き物の、小さな金属のレプリカ。この玩具には二つの足と二つの腕と二つの折りたたまれた翼と、少なくとも八つの関節がある。私がそれを手に取ると、ヴリスチカが微笑んだ。

「好事家のための品物か、芸術作品か。誰に分かる? でも、あたしは好きだよ。もし買うなら、尋ね回ってみることだね……あたしよりそいつに詳しいやつが、いるかもしれない。銅貨たったの1500枚だ」

 この玩具がモドロンを模していることは分かった。何らかの魅力がある。高価ではあるが、手に入れなければならなかった。

 平凡な見た目の水差し……外見は普通だが、まるで噛みついてきそうなほど、触るのに抵抗を感じた。私を見たヴリスチカはクスクスと笑い、そして肩をすくめた。

「そいつは水差しだ。何かの怪物が封じこめられてる。だからお前の髪の毛が、そんなにうずくのさ。欲しいなら、たったの銅貨123枚だよ」

 最終的に、この商品は捨て置くことができた。私は彼女の申し出を断った。

『ベビーオイル』というラベルが付いた、沢山の小さな瓶。ヴリスチカがその一つを手に取り、私に見せた。

「興味深いかい? もちろん本物さ。しくしくと泣く何千もの常命の赤ん坊でできてるんだ」

 彼女が言ったことが本当かは分からないが、下方次元界由来のものであれば、どんな可能性もあるだろう。

「あ~……いや、結構だ」私はそう答えた。

 純粋なミルクチョコレートから彫り出された、インプのような歪んだ小さな生き物。

「美味しそうだろう? 下方次元界からの輸入品だ。珍しくて、まあ、チョコレート菓子の愛好家にとっては、とても貴重さ。本物のクアジット—使い魔のフィーンド—が強力な魔術でチョコレートに変わったものなんだ。たった銅貨199枚だよ」

 私に必要な情報をたまたま持っているチョコレート愛好家に出会わない限りは、必要ないだろう。

 小さな真鍮しんちゅうの鍵で閉じられた、比較的地味な本。

「そいつは」ヴリスチカが優しくささやく。「〈想像を超えた写本〉さ。あたしに言えるのは、そいつがただ……ただ……ええと、あたしには説明できないね。単なる言葉じゃあ不十分なんだ! ほんの共通銅貨1000枚で手に入るよ……信じとくれ。その価値はある」

 私にとっては価値がない。

『デーヴァの涙』と書かれた、小さなガラスの薬瓶。

「〈流血戦争〉の小競り合いで捕まったデーヴァから集められたものだ。最終的に脱走するまで、フィーンドたちは収監した天使を長年にわたって苦しめた—この小さな瓶は、そのときに彼が流した十二の涙さ。値段は共通銅貨100枚ぽっきりだよ」

 まあ、そのうち。

『身の毛もよだつ分離の霊薬』と書かれたボトル。ヴリスチカ はこう説明した。

「闇の半身に取り憑かれてると気づいた学者が調合したものさ—彼女は時々、その半身に支配されて酷いことをさせられてた。このポーションは闇の半身を“分離”して、別々の存在を創るためのものだった。でもこれを使う前に慈殺者じさつしゃに見つかって、恐ろしい連続殺人の罪で処刑されちまった。あたしがこの霊薬の代わりに要求するのは、たった200枚の共通銅貨だよ」

 また別の機会に。

 磨かれた鋼の輪の中に収まっている、手のひら大の汚れたすりガラスのレンズ。輪から取れかけている小さな歯車の突起から、このレンズは何らかの時計仕掛けの装置に取り付けるものに見える。そしてかすかに、ぞっとする香りがする。ヴリスチカがそれをかざした。

「これが何なのかは分からないけど、かなり強力な魔法を放ってる。ギシスって名前の老いた兵士が、下方次元界の戦場から持ってきたんだ—彼はそこでの兵役から逃げるために仲間を殺して、戦役の最中に集めた沢山の興味深い品物をもたらしてくれた。こいつはまあ、話の種として取っておいてるんだけど、欲しいなら銅貨149枚だよ」

 残りの装置がなければ無価値だろう。

 小さなケースに入った指輪。ヴリスチカが手に取り、近くで見せてくれた。

「こいつは〈イェブラのほとんど不可視の指輪〉だ。身につけると目に見えなくなる—まあ、ほとんどはね。共通銅貨わずか349枚で手放すよ」

 ほとんど不可視—アンナなら自力で実現できるだろう。

 装飾用の展示棚に置かれた、奇妙な形のダガー。棚には『ウィーンの剣』と掲示されている。ヴリスチカが指先でその柄頭を叩いた。

「こいつは〈いかさま師の刃〉とも呼ばれてる。ただ高くかかげてるだけで、勝負に勝つことができるんだ。本当に欲しいなら、共通銅貨500枚で譲るよ」

「勝負に勝つ……どういう意味だ?」

 ヴリスチカは黄色い目を細めた。

「おいおい。意味は分かるだろう。〈いかさま師の刃〉を買えば、勝負に勝てる。単純だろう……たった銅貨500枚だ。欲しいのかい?」

 まだ意味は分からなかったが、断った。何と言っても、そんなに簡単に勝負に勝てるとすれば、どんな挑戦や楽しみが残るのだろうか?

 奇妙なルーンで覆われた、しろめ製の大きなエールジョッキ。ヴリスチカが手に取って、近くで見せてくれた。

「珍しい製法で作られたエールのマグさ。その中身を—もちろん、普通はビールだ—氷のように冷たく保つことができる。周囲の温度にかかわらずにね。共通銅貨299枚で、氷の複合次元界の外でだってキンキンのエールを楽しめるよ」

 この区画のカフェで、同じようなマグを持っている魔術の使い手に会ったことがあった。

 人形。この縫いぐるみ人形に対して、時の流れは優しくなかったようだ。縫い目がほころび、糸がほどけている。明らかに〈苦痛の貴婦人レディ・オヴ・ペイン〉を模したものだが、ボタンの目とフラシ天の柔らかさに、それほど恐怖は感じない。ヴリスチカがそれを持ち上げた。

「シギルの地表の下深くに沈んでた、しっかり封じられた貴重品箱から見つかったんだ。いくつかの小さな秘宝と禁じられた魔法の書物の一部だけど、何のためのものかは分からない。気に入ったなら、たったの銅貨99枚だよ」

 〈苦痛の貴婦人レディ・オヴ・ペイン〉の物語が真実であれば、どれほど無害なレプリカでも、崇拝することは致命的だろう。私にとっては、一度〈迷路〉に入れられた経験だけで十分だ。再び彼女を試そうとは思わない。

 私は店を離れた。しかし、これらの商品を求めて再び戻ってくることになるだろう。


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