大きな木の周りにベンチと机が置かれている建物の中央へと歩いた。まだ出会っていない娼婦がそこにいるかもしれないと考えたのだ。
すぐに三体の興味深い存在に気づいた。有機的かつ機械的な、奇妙な立方体の生き物だ。その一体に近づくと、大きな目でじっと見つめてきた。その顔には、わずかな感情の兆しもない。
モーテが不平を言った。
「おいおい、大将! この多元宇宙の片隅で、セクシーな娘たちでいっぱいの建物にいるのに、〈モドロン〉と話すために立ち止まるのかよ?」
「彼らについて教えてくれないか、モーテ?」
モーテは嫌気に満ちた声を発した。
「何も言うことなんてないよ。迷惑な時計仕掛けの害虫さ……いつだってこの多元宇宙に、法と秩序を押しつけようとしてるんだ。いいか、“善”じゃなくて……“法”なんだ。コイツらのことなんて忘れて、レディたちと話しにいこうぜ、な?」
「すまない、モーテ。だが私はこのモドロンと話したいんだ」
モーテは大きなため息をついた。
「まあ、いいさ——でも警告したからな。たぶん、コイツらからは何も得られないよ……喋り方がとにかく変なヤツらなんだ」
私はモドロンにあいさつした。モドロンの声は金属的に反響し、肉声というよりもゆがんだ楽器から発せられているかのようだ。
「貴方ノ挨拶ガ、返却サレマス」
この生き物がまばたきをすると、柔らかいカシャという音がした。気まずい沈黙が訪れた。私が口を開く前に、モドロンが言った。
「我々ニ対シテ、貴方ヲ識別シテクダサイ」
アザーンだと答えそうになったが、彼がさらにどこかから飛び出てくるのを見たくはない。とりあえず、真実を話すことにした。
「自分が誰だか分からないんだ」
モドロンは掘り下げてきた。
「ソノ理由ヲ、通知シテクダサイ」
「分からない。ただ思い出せないんだ」
「全テノ物ハ、名前ヲ所有シテイルベキデス。全テノ物ハ、識別サレルベキデス。貴方ノ返答ハ十分デハアリマセンガ、現在ハ十分トスルベキデショウ」
この生き物は間を置き、まばたきをした。
「対象ニ対シテ、我々ハ自ラヲ、モドロン、クアドロンタイプ、有翼型ト識別シマス」
モドロンは、識別されていなければ存在しないも同然だと見なしているようだ。質問を無視されないことを祈りながら尋ねた。
「ここで何をしているんだ?」
モドロンは同じフラットな声で答えた。
「コノ場所ニオケル我々ノ目的ハ、観察デス」
「何を観察しているんだ?」
「我々ハ、コノ建物ノ職員ノ一人ヲ、観察シテイマス」
「誰を観察しているんだ?」
「先ニ述ベタ通リ、我々ノ目的ハ、コノ建物ノ職員ノ一人ノ観察デス」
私の質問に対する答えとしては、非常に正確だった。もしくはモーテよりも繊細なユーモアのセンスを持っているかのどちらかだ。
「ああ、しかし一体誰を観察しているんだ?」
「我々ノ監視ノ対象ハ、『ドローラ』ト命名サレテイマス」
「なぜ監視しているんだ?」
モドロンは短い話に、極めて不要な詳細を加えて答えた。
「我々ハ、現在ノ作業ヲ付与サレルコトニナッタ具体的ナ単一ノ目的アルイハ複数ノ目的ニ関シテ、開示サレテイマセン。我々ノ上位ペンタドロンノ命令ハ、命ジラレタ作業ヲ実行スルノニ十分デアリ、ソノタメ単一ノ目的アルイハ複数ノ目的ハ、我々ト関連性ガアリマセン」
私たちがいる場所に、一人の女性が歩いてきた。私が話していたモドロンと二体の仲間は即座に回転し、彼女を見つめた。私の前にいるモドロンは、もう質問に答えなかった。
彼女がドローラだろうか。私は、その教養のある洗練された雰囲気をまとう、黒髪で淡い肌の女性に近づいた。彼女が私のほうを向いた時に、その瞳が——それまでは灰色だと思っていたが——磨かれた鋼鉄の色であることに気づいた。
私のあいさつに対する返事から、名前を確かめることができた。その声は柔らかく、静かで、抑揚がない——まるで彼女のものではないかのような、
「こんにちは……私はドローラと呼ばれています。どういった用件でしょうか?」
「お前はどんな用件に応えてくれるんだ、ドローラ?」
彼女は目をまたたかせ、手を心臓に置き、わずかに頭を下げた。
「お望みならば、どのような学術的な、あるいは学究的な事柄であれ、とても上手に討論することができます。何か遊びたいのであれば、様々な戦略的遊戯にも精通しています——ここにはそのような遊戯に適したものが、あまりありませんが」
私は彼女を試したくなった。
「討論と言ったか?」
ドローラはうなずいた。
「そうです。私は書物でも教師でもありません。お客さまを教育する望みはありません。しかしながら、論じ合う事柄があるのであれば……15の
話題を選び、討論を始めた……私たちは提案と批判を交わし、相手の立場を理路整然と覆そうと試み、討論は長々と続いた。話していると、奇妙な感覚が私を包みはじめた……記憶が浮上しようとしている……
心の中で、巨大な広間の記憶が形をなしていく……広大な空間に、身なりのよい名士たちが
「だが……だがありえない!」
当惑した男がそう言った。
「おお、だが真実だ」
私は自分の返答を思い出した。
「私は議論の余地のない複数の論と、多数の例を提示した。君は単純に、存在しない」
「しかし……そんなはずは! それを受け入れれば、私は……私は……」
「そうだな。君は存在しなくなる」
そして光が閃くことも煙が立ちのぼることもなく——どんなファンファーレもなく——男は消えた。
観衆の「おお!」「ああ!」という声、まばらな拍手……私は大仰にお辞儀し、歩き去る。その唇に満ち足りた笑みが浮かんでいたことを、思い出した。
突然、ドローラが間近で見ていることに気づいた。
「具合はどうですか? 議論を終わらせるのは、またの機会にしましょう……」
私は続ける準備ができていると答えた。まったく誤ることのないドローラの論理感覚に打ち勝つため、かつてないほど四苦八苦しながら、私はついに勝利を勝ち取った。彼女は同意し、ただうなずいた。
「あなたは熟練の論客です。それは否定できません。しかしながら、もし私にいくらか調査する時間があれば、あなたが私を負かすことはなかったはずです」
私は彼女に礼を言い、彼女はこう答えた。
「もしよければ、もう一度同じ話題について討論しましょう……構わなければ、次は逆の立場で」
私は、議論の中で彼女が繰り出した冷たく恐ろしい攻撃のことを考えた。
「待て……お前は討論では、いつもあれほど冷徹なのか?」
ドローラはうなずいた。
「グレイス先生が、慈悲を見せないよう私に申しつけたのです。他の生徒たちは、長々しい討論ではお客さまを勝たせています。グレイス先生は、顧客に異なる体験を提供することを望んでいるのです」
他者との交流において、自分が少し知的に挑戦的になっていることに気づいた——これまでも、しばしば感情的に入れこんでしまうことがあったにしても。ドローラの冷ややかな態度に感情をゆさぶられることはなかったが、私は討論を満喫していたのだ。次に私は、遊戯を遊べるかと尋ねた。
「もちろんです。特に遊びたいものはありますか?」
今の私の状態では、どんな遊戯でも構わなかった。
「いや……どんな遊戯も思い出せないんだ……」
「それでは——ひとつお見せしましょう」
ドローラが漆塗りの薄い箱を取り出して広げると、格子模様の小さな板になった。箱の中身は、無数の磨かれた石片だった……半分は黒色で、半分は白色だ。
「この遊戯には、多くの名前があります。ルールを説明しましょうか?」
ドローラがその遊戯のルールを説明してくれた——石片の動かし方や、相手の駒の倒し方を。
「単純なルールでしょう? しかしこの遊戯の中には、かなりの複雑さが秘められています。極めるには、多くの時間を要することでしょう。遊びましょうか?」
その遊戯を遊びながら、以前もこうしたことがあると気づいた。かつて私を勝利に導いた数多の差し手と戦術を思い出し、すべての策略を使って彼女に勝とうとした。突然、奇妙な感覚に襲われた……記憶が、浮上しようとしている……
煙に覆われた戦場の記憶が、心を満たしていく……大きな丘の頂上で、巨大な四本足の獣にまたがり、戦場を見渡している。騒々しい角笛が、私の命令を眼下の部隊に伝える。
ちょうどその時、私の軍が分断されて左右へ逃げ、異国の軍隊が敵将を——私を——討たんと丘を駆け上がってきた。
「愚か者め」
そう考えると、邪悪な笑みに唇がゆがんだ。
「騎士たちが山腹へと切りこみ、奴らの前進を即座に止めるだろう……
突然、ドローラが再びじっと見ていることに気づいた。
「具合はどうですか? 遊戯は、またの機会にしましょう……」
私は続けるよう求めた。ドローラの指し手は見事で、私の狡猾な手のほとんどが対応されてしまったが、やがて私のフェイントと抜かりない策略が、彼女の洗練された戦略にまさった。彼女はうなずき、箱を片づけはじめた。
「素晴らしい指し手です。達人とさえ呼べるかもしれません。あなたの手腕を称えます」
私は彼女に、いくつか質問に答えてくれないか訊いた。ドローラは、悲しげなため息と思われる音と共に、視線を床に向けた。
「お客さまとしてのあなたの相手はしましょう。しかしこのようなときに、質問に答えたくはありません……申し訳ありませんが、当面は控えていただかなければなりません」
助けになれるか尋ねると、彼女は床から視線を上げて目を合わせた。私は再び、淡い肌の滑らかさと銀色の瞳の冷たさに襲われた。
「いえ……いいえ、残念ながら。私の苦しみは、心の問題なのです。やがては、すべてが解決すると思います」
彼女はこう説明した。他人が彼女の心の鍵を持っていて、そのあいだは誰かを愛することができないのだと。私は可能な限り彼女を助けると約束した。