マリッサの薄暗い部屋に入り、可動式の仕切りに近づいた。仕切りの後ろの人影に目を細めると、均整のとれた女性の姿が闇の中にかすかに見分けられた。彼女が私のほうを向いたが、顔を見ることはできない。
そのかろうじて見える姿にあいさつした。彼女は、鋼鉄の短剣で石をなぞるかのような、ゆっくりとした恐ろしい声で答えた。
「何用だ? マリッサと話しに来たのか? 暗い部屋に押し入り、仕切りの向こうから斯様に怒鳴るなど、なんと無礼なのだ……無礼で、無謀である」
かすかなささやきが聞こえた。そよ風のような……あるいは蛇がしゅうしゅうと音を立てるような。
モーテが静かにささやいた。
「うわぁ……ぞくぞくする娘だ」
「失礼した……誰かいるか、確信がなかったんだ」
ぼんやりとした影に向かって、そう答えた。女性はわずかに鼻をならした。
「されどこの部屋には、
「まだだ……いくつか質問がある」
彼女はいやいやながらも受け入れた。
「なぜその仕切りの後ろにいるんだ?」
「この仕切りから光へと歩を進め、相まみえて話して欲しいのか?」
マリッサが笑い、鱗の上を鱗が滑る音がした。
「そうではなかろう。この闇はわらわに似合っておる。疑いようもなく、そちにもな。しかして闇は、望まれぬ厄介な……奇禍を防いでくれるのだ。さあ、そちの望みは何だ?」
私は興味をひかれた。
「光の中に出てきて欲しい」
「駄目だ。そして『何卒』と加えても、わらわを説得することはできぬ。さあ何が望みだ? わらわを見るために、はるばる来たわけではあるまい」
「本当に、お前の姿を見たいんだが……」
「そちにそんな望みはなかろう」
拒否されるほど、私は意地になって彼女を見たくなった。
「いや、ある」
「
「そうだ」
「そして……喉を負傷したな?」
「見ることはできないが、ああ、そのはずだ」
「ふーむ……そち自身で説明せよ」
「背が高く、筋肉質で、ひどく傷だらけだ」
私は正直に答えた。
「まことか? ふーむ……」
彼女はしばらく間を置いた。
「いかにしてそれほどの傷を? 待て……気にするな。知りたくはない」
私は彼女の秘密に、とても興味をひかれた。
「お前のことも説明してくれ」
マリッサは自身のことを、均整のとれた青白い肌の美しい女で、舌が二股に分かれ、髪の毛はコブラでできていて、瞳は燃えるようだと説明した……その目は、今は閉じられているのだろう。彼女は下方次元界の出身なのだろうか。
「フィーンドなのか?」
マリッサは軽く笑った。その声に、わずかなしゅうしゅうという音が続く。
「いや、皆目異なる……しかし、フィーンドのごとしと呼ばれるかもしれぬ力は持っておる。わらわの視線は、生き物を瞬く間に石に変えるのだ。目をまばたかせるだけで、肉の存在を石像にな……」
「不便なことも、ありそうだな」
「そう思うか? まあ、さればわらわは、こうして仕切りの後ろに隠れ、闇の中に独り座っておるのだろうな」
見ることができなくても、マリッサが冷笑を浮かべていることは分かった。彼女は突然ため息をついた。
「深紅のヴェールがいずこへ行ったか、分かりさえすれば……偶然目にしてはおらぬか?」
私は見たことがないと答えた。そして彼女がヴィヴィアンの部屋からこっそり出てくるのを見た者がいると伝え、失われた匂いについて訊いた。マリッサはしばらく何も言わなかったが、怒ったようなしゅうしゅうという音が、彼女の周りの闇から発せられた。
「ああ、わらわがヴィヴィアンの部屋に忍びこむことは、知られておろう。あの香気ゆえだ……されど、ここでそうせぬ者に出会えるとは思えぬな。わらわが彼女の匂いを盗ったとほのめかしておるなら、まあ……好きに嗅ぎ回るがよい。わらわにも、わらわの部屋の中にも、見つかることはないと保証しよう。おそらくわらわの深紅のヴェールを奪った誰ぞが、ヴィヴィアンの匂いも盗ったのであろう」