別の部屋に移動し、ネニー・ナイン゠アイズに会った。小柄で魅力的な少女が、至福の笑みでハミングしていた。その大きな淡いブルーの瞳は、彼女が見る周囲のすべてを絶えず飲みこんでいるかのようだ。
少女は優雅にお辞儀をして、私を見上げて微笑んだ。
「ようこそ、だんなさま! ネニーよ! こんないい日に、どんなご用件かし——?」
彼女は私の傷に気づき、口に手を当てた。
「まあ! 怪我してるじゃない!」
そして目をぱちくりさせた。
「体じゅう!」
モーテが私の周りを回り、彼女を真似してからかってきた。
「天にまします
モーテのことは無視し、彼女の懸念に答えた。
「すべて古い傷だ。私は大丈夫」
その後、彼女は私のタトゥーに魅了された。
「これはインクね」
彼女がタトゥーのふちを指でなぞる。
「インクでしょう? それになんて模様かしら! ここで交わってる線を見て」
そしてタトゥーの中央に触れた。
「とっても素敵だわ……」
彼女は唇をとがらせて、失意に眉をひそめた。
「こんなに傷がなければ、もっとよくできるんだけど……」
「傷はどうすることもできない。半永久的なものだ」
「ああ、ごめんなさい……こんなこと口にするなんて、わたしったら最悪だわ!」
彼女は縮みあがった。
「でも、教えてほしいの……あなた、ぜったい本当に大丈夫なの? その体を見てると、痛そうでしかたがないの」
知っている身の上話を伝えることはできるが、彼女をさらに不安にさせてしまうだろう。こう言うだけにとどめた。
「記憶喪失だが、それだけだ」
「記憶喪失?」
ネニーはまばたきし、そして明るくなった。
「記憶がないのね! とってもラッキーだわ」
彼女は意気揚々と言った。
「あなたにとっては、すべてが目新しいはずだもの」
「それは……考えたことがなかった視点だな」
ネニーは喜んで手を叩いた。
「そのアイデアをあげられて、わたしも嬉しいわ! それが
私は彼女に、何をしているのか尋ねた。
「あなたと話してるでしょ、おばかさん!」
彼女はクスクスと笑い、私の腹をつついた。
「ここでほかのお客さまと話すみたいにね。娼婦はみんなそうしてるわ。それがこの〈売春宿〉なのよ! 新しい話しかたを学んで、経験をわかちあって、みんなを理解するの」
「〈知的な欲望を満たすための売春宿〉は、ミセス・フォール゠フロム゠グレイスが始めた学校よ。ここの娼婦——わたしみたいな!——は、人と話すことのぜんぶを教えられて、そのすべてがわたしたちやみんなを知る助けになるのよ。わたしはここが大好き……経験の波がどんどん打ちよせてきて、新鮮で新しいアイデアで頭を満たしてくれるんだもの!」
モーテが小さな声で言った。
「そこに
ヴィヴィアンの失われた匂いについて知らないか訊いてみた。彼女は何かを知っているようだが、誰かを悪く言うことを恐れ、その疑いを話すことを躊躇した。彼女が疑う人物について、よくないことを言ってみるようお願いした。
「わかったわ」
ネニーは両手を腰に当て、大げさなほどに顔をしかめた。私は笑いをこらえた。
「ぁぁぁああ、彼女のことがとっても、とっても、嫌いなの」
彼女は間を置いて、私の反応を測るかのように横目で見た。
「納得した?」
「いや、あまり……」
ネニーは眉をひそめた。
「得意じゃないのはわかってたわよ!」
彼女は意気消沈して私を見上げた。
「人のことを悪く言うのがどれだけ大変かわかる?! とっても悪い気分だわ」
彼女の純真さに魅せられた私は、こう提案した。
「私で練習してみたらどうだ、ネニー?」
彼女は疑わしげながらも、挑戦してみた。
「おおきくて平凡で、汚いけだもの!」
彼女は両手を腰に当てた。
「いじわる!」
そして私を見た。
「どうだった?」
「私を殴ってみるんだ」
ネニーは驚き、両手で口を覆った。
「できないわ! 無理よ!」
彼女が驚きの目で見つめる。
「いったいどうすれば、誰かを殴れるっていうの?」
「やってみるんだ。無理なら軽くでいい。思い出せ。私は平凡で汚いけだものだぞ」
ネニーが私をはたいた。ほとんど何も感じなかった。それでも彼女は
「ああ、ごめんなさい! 痛かった? 大丈夫って言ってよ!」
「素が出ているぞ、ネニー。さあ、お前の力を見せてみろ。悪いことだって言える……ただ思いのたけを吐き出すんだ」
「ねえ……いえ、ねえっ!」
彼女は小さな体を精一杯伸ばし、両手を握りしめて腰に当て、顔をくしゃくしゃにして可愛らしい渋面をつくった。
「まったく、ダメな人ね! あなたに受けた侮辱は、ぜんぶそっくりお返しするわ! そんなふうに夜遅くに家を出て、」彼女の視線が私の体をさまよった。「喧嘩してきて、傷だらけになっちゃって! あの子たちがどう思うかしら、ねえっ?!」
あの子たち? 心の中で疑問に思いつつ、こう言った。
「素晴らしい」
「あら、素晴らしいなんて言わないで。まるでわたしが、あなたにほめてほしい
「よし……それくらいで十分だ、ネニー」
彼女はまた私にパンチした。
「それで、こうよ!」
再びパンチし、すぐに拳を振り回す小さなつむじ風になった。
「よしよし……頭を冷やす時間だ」
ネニーは疲れた様子でため息をついた。
「ふう。思ってたより簡単だったわ!」
「冗談はよせ」
私のささやかな助けによって、彼女は匂いを盗んだと思われる人物のことを告発する準備ができた。別の娼婦、マリッサのことを。
次の部屋には、輝く赤褐色の肌の印象的な若い女性がいた。私は後に、彼女がエコーという名前だと知った。半透明の白いドレスが金色の留め具によって危なげに支えられ、均整のとれた体を丹念に包んでいる。彼女は無言で、ため息さえつかず、コミュニケーションをとることができないか、とりたくないようだった。〈売春宿〉の客にとっては、理想的な聞き手だ。しかし私はすぐに話すことが尽きて、部屋を後にすることになった。