区画を横断して〈
目が大きく、骨格は細い男だ。彼は混乱し、酒場の他の客に怯えているようだったが、驚いたことに私を目にして安堵したように見えた。
「こんにちは?」
彼は妙に親しげだが、私は彼を見たことがない。彼は軽く笑い、「何が起きたか信じられないだろう」とでも言うかのように目を回した。
「もういい時間だ、友よ! 一日中ここで待つことになるかと思ったぞ」
「あ~……私を知っているのか?」
「なあに、もちろんだ」
彼は私を凝視した。
「少なくとも、そう思う。私は……あ~……まあ……お前のすべては思い出せないが、しかし……」
彼は眉をひそめて考え、そして肩をすくめた。
「……とにかく、会えてよかった。私はアザーンだ。私たちは友だちだろう、それは分かる。素晴らしい! お前のような友人がいてよかった……」
彼はおろおろしながら周囲を見回した。
「ここの誰のことも知らないし、どうやってここに来たかも分からないんだ」
アザーン! その名前はすぐに分かった。
「お前はどこから来たんだ?」
アザーンは驚いたようで、再び混乱しはじめた。
「私は……う~~ん」
彼は眉をひそめた。
「ええと、ここらではないと思う……そうだろう? こんな場所なら、覚えているはずだ。自分がどこから来たのか、どこの生まれなのか、まったく思い出せない……」
「私が誰か、知っているのか?」
「古い……友人だろう?」
彼の口調は、瀬踏みするかのようだ。
「違うのか?」
確信した。外方次元界では信念が力を持つ。私が存在を創造し、自らの苦悩の輪へと引きこんでいるのだ。まるで私に続く道を見つけた迷子が、まだまだ足りないとでも言うかのように。彼の内なる混乱をさらに悪化させるようなことは、言わないように注意しなければ。
「そうだ、私は友人だ。ところで、お前に質問があるんだが……」
「おお、私もお前に質問があるぞ……」
彼は眉をひそめた。
「しかし、それが何だか分からないんだ」
そして肩をすくめた。
「質問——質問を必要としてるのは誰なんだ? とにかく、その答えが重要なんだ。そう思う」
私は考えを改めた。彼が私と接触する機会は、できる限り減らしたほうがよさそうだ。
「ええと、それは興味深いな、アザーン。だが私は行かなければ。さようなら」
「おい……あ~……」
彼は眉をひそめた。
「なあ、どこかに飛び去る前に、お前に渡すものがあるんだ……少なくとも、そう思う……」
「何だ?」
「分からない」
彼はポケットをあさり、眉をひそめた。
「ポケットは何かを入れるには小さすぎる……」
彼は頭をかいた。
「おそらく……」
彼は左の袖をまくり、右の袖をまくり、腹を立てて両方の袖を戻した。私はあらかじめ書かれた筋書きを演じているかのような、変な考えを抱いた。
「左袖をもう一度確認してみたらどうだ? そこにあると思うぞ」
「本当か?」
彼が再び左袖をまくると、手首に小包がくくりつけられていた。彼は安堵して微笑み、それを腕から外して私に渡した。
「友よ、お前のためのものだ。私からお前に……何かの感謝だ!」
私が受け取ると、彼はうなずいた。それは……何らかの指輪に見える。別の質問をした時、私にはほとんど台本が見えていた。
「いくらかのお金も一緒じゃなかったか?」
彼は指を鳴らした。
「ああ、そうだ、そうだった」
彼がベルトを見下ろすと、そこにはポーチがあった。それを外し、私に渡した。
「そこに入ってる。銅貨100枚全部がな」
ポーチを受け取り、開いてみた。確かに入っているようだ。
「お前が私に渡したがっていた、魔法の品のほうは?」
彼は一瞬困惑したようだが、思い出して微笑んだ。
「なあに、そうだ、それがあった、そうだよな?」
彼は右袖に手を入れ、すらっとした長いダガーを取り出した。
「ほら」
贈り物から顔を上げてアザーンに礼を言おうとすると、彼は消えていた。立ち去る音さえ聞こえなかった。彼がほろ苦い存在の苦痛を免れたことを喜ぶべきか、生きて幸せを探す時間があまりに短かったことを悲しむべきか、私には分からなかった。
アザーンがくれた短剣と指輪を調べてみた。とても厚く重そうな金属でできているが、ほとんど重さがない。見つめていると、銀から青銅、そして金へと色を変えた。
私は頭を振り、ここに来た目的を果たすことにした。イグナスと思われる生き物がパチパチと音を立て、酒場の床の鉄格子の上でゆっくりとねじれている。かつてはヒューマンだったのだろうが、今その皮膚は完膚なきまでに炭になっている。炎の流れが体の周囲で渦を巻き、わずかに残った肉体をなめて泡立たせ、
この生き物を取り囲む熱は……途方もないものだ。驚いたことに、彼が浮遊している下の鉄格子が熱で曲がり、たわんでいる。最初はその熱が鉄格子から来ているものと思っていた……しかし今は、この生き物から発せられていると分かる。眺めていると、もだえる死体から灰の欠片が吹き流れ、ゆっくりと天井へ昇っていった。
私は鉄格子の上で
蒸気の奔流と猛り狂う音の波が鉄格子からほとばしり、私は耳を押さえて背を向けるしかなかった……叫び声、甲高い笑い声、数百の建物が燃えるような恐ろしい音。人々が叫ぶ。その叫び声が、溶ける肉と炎の轟音にかき消された……
音を遮断するために両手を耳に当てていると、手にべたつきを感じた。熱いチーズや、
なんとか音から離れるため、酒場から逃げ出そうとした時、不意に沈黙が降りた。残ったのは、鉄格子から発せられるパチパチという音だけだ。振り返ると——鉄格子に散った
突然、気づいた。
「お前を知っている……」私はそう言った。
生き物の顔が裂け、黒焦げの肉体があごからはがれ、そして彼は喋った。
「そ҉うだ҉……」
胸の中から轟音が発せられ、声が燃え上がり、パチパチと音を立てた。そして一言ごとに、消し炭と灰の欠片が口から吐き出され、空気中へと漂う。私は立って見ていることがほとんどできなかった——
「イグナス……」
「そ҉うだ҉……」
生き物が私に向かって浮遊し、周囲の熱によって空気がゆがんだ。
「炎҉の夢҉に……永҉らく҉眠っ҉てい҉た……」
呼応するかのようにイグナスの喉の中で炎が渦巻き、黒い歯の後ろから炎の舌が流れ出た。
「死҉が二҉人を҉訪れ҉るま҉で……俺҉は貴҉様の҉もの҉だ……」
イグナスの恋人ドルシラが近づいてきた。彼女を見たイグナスの目が燃え上がり、止める間もなく彼女を抱擁した。彼女は抱擁を返し、そして炎に身をゆだねた。彼女は叫ばなかった。最後に目にした彼女は、私の記憶に焼きつくことになった。その瞳には燃え立つ熱情と、すべてを圧倒する愛が満ちていた。後には何も残らなかった——灰さえも。
私はイグナスの行動に嫌悪感を抱いた——私のほうがさらに悪いことをしてきたにもかかわらず。すぐに彼と話し、いくつかルールを定めるべきだ。
「イグナス、何が起きてこんなことになったんだ?」
「こ҉んな҉こと҉……」
イグナスの頬で肉片がはぜ、湯気を立てながらあごから滴り落ちた。
「イ҉グナ҉スは҉……常҉に……こ҉うで҉あっ҉た……」
「しかし……お前はヒューマンに見える。少なくとも、かつてはヒューマンだったように見えるぞ」
イグナスは身をよじり、空中でゆっくりと回転しながら頭を前方に曲げた……それは業火の旋風のようで、彼の体から熱が流れ出て周囲の空気をゆがませた。
「今҉もイ҉グナ҉スだ҉……こ҉れか҉らも҉イグ҉ナス҉だ……」
「他にもいくつか質問があるんだが……」
「オ҉オォ҉ォォ҉オオ҉オ!」
心臓が跳ねた。イグナスが数フィート舞い上がり、あごを裂き開いたのだ。蛇の巣のように炎がたなびく。
「
私は急いで補足した。
「しかし私は、炎と燃焼について話したいんだ、イグナス……」
その言葉は油のようだった……イグナスの瞳を満たし、そこに見える炎をたきつけたのだ。
「炎҉だと҉?」
イグナスがゆっくりと降下し、興味をひかれたかのように周囲の熱が強まった。
「話҉せ……イ҉グナ҉スは҉耳を҉傾け҉よう҉……」
私は彼が〈危険な
イグナスの顔が割れ、口の端の肉が裂け、再び溶けて炭になり、赤と黒の冷笑をなした。
「そ҉うだ҉……イ҉グナ҉スが҉共有҉せし҉夢……」
炎の激流がイグナスからあふれ出し、私は後ずさった。熱で空気がゆがんでいる。
「夜҉の街҉路……あ҉まり҉に冷҉たい҉……イ҉グナ҉スが҉
「
「……」
イグナスの周囲の炎が少し収まり、怒りが収束した。考えにふけっているようだ——おそらく、記憶にふけっているのだろう。
「……そ҉して҉イグ҉ナス҉は、歓҉喜し҉た……」
私は再び嫌悪感を覚え、話題を変えることにした。
「イグナス、お前は秘技に精通しているだろう……その力を私に教えられないか?」
「……か҉つて҉のイ҉グナ҉スは҉多く҉を知҉って҉いた҉……も҉はや҉……イ҉グナ҉スは҉燃え҉てい҉る……そ҉の苦҉しみ҉に、イ҉グナ҉スは҉学ぶ҉……」
彼は笑うかのように口から小さな炎を噴き出し、
「苦҉しみ҉……学҉び……」
私は彼がその教えの一部として、私を傷つけようとすることを知っていた。そして彼が信用できないことも。体が無意識に張りつめ、彼がこれ以上近づいた場合に攻撃する準備を始めた。理由は分からないが、イグナスに対する親しみが湧き上がったことと何か関係があるのだろう。
「イグナス、私は〈
「そ҉の学҉びと҉教え҉につ҉いて҉、貴҉様は҉知っ҉てい҉るだ҉ろう҉……」
炎の塊がイグナスの口から噴出した。恐ろしい笑い方だ。
「貴҉様が҉
「私が? 本当なのか……?」
イグナスの声が収まり、炎の音がやんだ。
「そ҉うだ҉……イ҉グナ҉スが҉……貴҉様に҉
彼の周囲に、炎が螺旋状に立ちのぼった。
「死҉が二҉人を҉訪れ҉るま҉で……
「イグナス、私がお前の“主人”なら……私について何か覚えていることはないか?」
イグナスがしゅうしゅうと音を立てる……一瞬、彼の顔が明滅した——最初は炎だと思ったが、そうではなかった……それは記憶の明滅だ……私はその記憶に身を任せた。
イグナスの炎のパチパチという音が静まり、体が折りたたまれ、ねじれて静止し、巨大な鉄の暖炉の中に積まれた木材となった……私は丸天井の部屋の中で、明るく燃える火を見つめていた。炎が音を立てて石の床に残り火を吐き出し、暖炉から塵が舞い上がった。背後の暗闇から、誰かが呼吸する耳障りな音が、かすかに聞こえた。
記憶の中の私が喋った。
「聞こえているぞ……姿を見せろ」
サンダルを引きずり、弱々しい若者が炉火の光のふちに移動した。その大きく黒い瞳が炎をとらえ、映し出している。彼はびくびくしていた——彼の筋肉と声が震えるのが聞こえた——私を苛立たせるのに十分なほどに。
「お許しください、ご主人さま。おれは——」
「すでに邪魔になっているぞ、隷属者。わざとだろう。すぐに話せ。そしてもう私の思考を妨げるな」
少年は深呼吸をして、ちらっと火を見た。
「ご主人さま、おれ……昨日また炎の夢を見たんです……本物みたいで、そのときは来るようにってあなたが——」
「単なる夢だ。さあ、去れ」
少年は動かない——彼は眉を寄せ、ゆっくりと両手を見せた。指のまわりの肉が……焦げて黒くなっている。
「隷属者よ、どこで火傷したんだ?」
「目が覚めたら、手が灰みたいだったんです」
少年が私と目を合わせた。彼はまだわずかに震えていたが、その声の熱意が私を怒らせた。
「夢でおれは地面から舞い上がって、空は火のようでした。世界自体が明るくて……見るのも痛いほどで。それで目が覚めたら、手が……炎を握っていたみたいに、燃えていたんです、ご主人さま」
「嘘だな、隷属者。作り話を持ってきて、今私を怒らせる危険を冒しているぞ」
「違います、ご主人さま……」
少年の顔が、汗じみた恐怖の光沢で輝いた。
「違います、誓って、嘘なんて!」
「
少年は黙り、そして驚いたことに、彼は怒りに歯を食いしばった。
「違います。嘘などついてません。
彼は両手をかかげた。
「見てください、ご主人さま……」
少年が反応する前に、私の手——比較すると大きい——が伸びて彼の焦げた両手を握りつぶし、叫び声が地下室に響いた。私はうなりながら彼を暖炉の前に投げ飛ばし、彼のひざが敷石を打つ鋭い音がした。
「その炎を見ろ、隷属者! 顔を上げ、見るんだ!」
少年はひざの痛みに震えた……暖炉を覗きこむために顔を上げた彼の目が、涙でぼやけるのが見えた。炎が彼の顔に赤色を、不気味な輝きを投げかける……
「隷属者よ、お前が手に入れたいのは
少年は黙って炎を見つめていた。魅了されているようだ。熱で涙が乾き、震えは消えていた。炎に集中し、私の言葉を
「それが私の
私の手が少年の手首をつかむ。彼を暖炉へと引きずり、両手を黒炭へと近づけるあいだ、彼はわめき続けていた——パチパチと音がして、じゅうじゅうと肉が焼け、彼は叫んだ——恐ろしい叫び、そして——
「学ぶためには苦しまなければならないぞ、隷属者。振るう力に焦がされることを許容しなければならない。その苦悩を知れ。さすれば、敵に対する使い方も知ることができるだろう」
視界が晴れ、記憶は煙のように霧散した。私の上に、イグナスが浮かんでいる。彼は頭を傾け、その顔は狂気の黒き嘲笑にまみれている……
「主҉人よ҉……イ҉グナ҉スは҉貴様҉が教҉えた҉こと҉を、忘҉れて҉
別の話題に移ろうとしたが、イグナスが再び邪魔をした。彼に命じた時、私の中にはまだ記憶の怒りがあった。
「質問に
「イ҉グナ҉スを҉縛る҉こと҉がで҉きる҉と思҉って҉いる҉のか҉……?」
イグナスの周りの炎が
「貴҉様を҉
「実際は、お前は私を止めることなどできない——お前は私を燃やせるが、私はお前が燃え尽きるまで攻撃を続ける。脅しはもう
空気がパチパチと音を立て、イグナスは私を見定めるかのようにわずかに頭を傾け、そしてしゅうしゅうと音を立てた。
「
「イグナス、おそらくお前は、不死性の“意味”を理解していない……」
「貴҉様は҉不死҉など҉では҉
私は彼が両腕を広げるのを目にした。彼から流れ出る熱が強すぎて、両目を覆わざるを得ない——イグナスに引き寄せられた風が、ごうごうと音を立てる。
やめるよう叫ぼうとした瞬間、熱の潮流が逆転し、焼けつく熱が打ち寄せた。肉が
再び彼の名を叫ぶと、熱がやんだ——顔から腕を離すと、イグナスが燃やした箇所の皮膚が黒くなっていた……そしてイグナスは、貪るように私を見ていた。私は知った——彼が何であったとしても、彼を抱擁した力が何であったとしても、私を滅ぼす力を持っていることを。彼の炎が私を殺そうとすれば、私の体は何も残らないだろう。
滅ぼされる前に彼を殺すことができるか試したい気持ちを、かろうじて抑えこんだ。過去の私の怒りの一部があふれ出ているが、制御することはできた。イグナスは正確には悪ではなく、属性の力なのだろう。しかしいずれにせよ、彼を助ける者は私ではない。一緒に居続ければ、互いを殺そうとする時がやってくるだろう。
もはや〈
立ち去る時、イグナスが叫んでいた。
「貴҉様は҉俺の҉炎の҉ため҉の獣҉脂な҉のだ҉」