プレーンスケープ トーメント 非公式小説

ゼルシモンの不壊の輪、PART 2

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 市場区域に移動した私たちは、一人の行商人のそばで立ち止まった。華やかで陽気な男だ。彼は叫び声を上げ、騒いでいる。まるで今すぐ戦争が始まるかのように。まるで腸に何かが突き刺さっているかのように。まるで……普通の声で話すには興奮しすぎているかのように。モーテは彼よりも周囲の群衆のほうを見渡した。

「わーお、オークションだ! ここでアンナを売れるんじゃないか?」

「あんたに中身があったら抜き取ってるとこよ、頭蓋骨」アンナが答えた。

「中身って、愛か? 愛だよな、総大将?」

 モーテは目を回し、私に向けた。

 競売人は私たちの興味をひこうとしたが、宿について言及するまで彼が返事を得ることはなかった。私はすぐに同意し、部屋を借りて夜を過ごした。

 私はゼルシモンの不壊ふえの輪を読み直そうと決意し、四番目の輪を開いて読みはじめた。

『〈イリシッド〉に対する我らの種族の蜂起は、幾多の輪転りんてんの労苦により生まれたものであると識れ。我らの種族の多くが集められ、密かに主人の〈イリシッド〉を倒す方法を教えられた。彼らは精神を守ることを学び、それを武器として使った。彼らは鋼の聖典を学び、そして最も重要なことに、自由を識ることを与えられたのだ』

『我らの種族の一部は自由の本質を学び、心に取り入れた。識ることが彼らに力を与えた。他の者たちは自由を恐れ、沈黙した。しかし自由を識り、隷属を識り、鎖につながり続けたのは彼らの選択であった。その一人が、ヴィルクアルである』

『ヴィルクアルは蜂起に、自由ではなく機会を見た。〈イリシッド〉が偽りの世界のあらゆる場所で生まれるのを見た。彼らの世界は極めて多く、彼らの視界は、まだ触れていない外側へのみ向けられていた。ヴィルクアルの目には、〈イリシッド〉には見えないものが起きるのが見えていた。蜂起に対して、〈イリシッド〉は盲目であった』

『ヴィルクアルは蜂起を識り、主人の〈イリシッド〉ズィジタリスの前に来た。ヴィルクアルは自らの鎖を増やし、蜂起に対する彼らの眼になることを申し出た。引き換えに、ヴィルクアルは報酬を求めた。〈イリシッド〉はその取引に同意した』

『取引が結ばれ、闇の時代が訪れた。ヴィルクアルは多くの裏切りに加担し、〈イリシッド〉は蜂起を止めるために我らの種族を数多く餌にした。蜂起は起きる前に潰えるかに見え、〈イリシッド〉はヴィルクアルの眼に満足していた』

『この闇の時代の終わりに、ゼルシモンはヴィルクアルの裏切りを識った。ヴィルクアルの眼を識ることで、ゼルシモンは蜂起自体を沈黙させ、裏切りが成功し蜂起は潰えたとヴィルクアルに思わせた。彼はヴィルクアルの眼が、約束された報酬で満ちていることを識っていた。見たいものを見るであろうことを』

『心の中に欲望を脈動させながら、ヴィルクアルは〈イリシッド〉ズィジタリスのところに向かい、主人に成功を伝えた。蜂起は潰え、〈イリシッド〉は再び外に目を向けても安全だと伝えた。ヴィルクアルの眼を利用した知恵を称え、報酬を求めた』

『欲に目がくらみ、ヴィルクアルは我らの種族が自由を求めた理由を識ることを忘れていた。隷属の意味を識ることを失念していた。〈イリシッド〉の主人が彼を見たときに見るものを忘却していた。そして種族に対するヴィルクアルの裏切りは、別の裏切りによって終わった。ヴィルクアルは、ヴィルクアルの眼に見るべきものが残っていなければ、ヴィルクアルの眼は無価値であることを識ることとなった』

『〈イリシッド〉はヴィルクアルに報酬を与えた。彼の頭蓋骨を開き、脳を喰らったのだ。ヴィルクアルの死体は抜け殻の畑に捨てられ、その血は毒茎草に水を与えたことだろう』

 四番目の輪の裏にある意味は、これまでのものよりも明らかなようだ。私は学んだことをダッコンに伝えた。

「目の前にあるものだけを見ることを選べば、全体の一部を見ることになる。盲目になるのだ。そしてヴィルクアルが約束された報酬によって盲目となったように、〈イリシッド〉は真の蜂起に対して盲目だった。ヴィルクアルの言葉を聞いた彼らは、再び外に目を向けたんだろう? そして自由に蜂起を行えるようになったんだな?」

「お主は真実を話しておると識れ。ヴィルクアルの眼は、ヴィルクアルと〈イリシッド〉の両方に対して盲目であった。触手なる者は、もはや蜂起はないと考えた。蜂起が起きたとき、大地は〈イリシッド〉の血を大いに飲んだ。ゆえに、勝利は裏切りから生まれたのだ」

「興味深い教訓だ。なぜこれがゼルシモンの教えの一部になっているんだ?」

 ダッコンの刃が真夜中のような漆黒に変わり、声が深みを増した—一瞬、彼が怒っているように思えたが、確証はない。

「ゼルシモンのことわりと彼の道については、識るのが困難なことが多くある」

「なぜヴィルクアルの眼がゼルシモンのことわりの一部なのか、お前は知っているのか?」

「儂らの種族が自由を識ることとなった物語の一部なのだ。それは儂らに、儂らの種族の中にさえ、儂らの種族ではない者がおることを識らせてくれる。そして大いなる裏切りの中でさえ、最大のしきが成し遂げられ得ることを」

 私はその考えを受け入れ、ダッコンから別のギスゼライの“呪文”を受け取った。さらに私の要求によって、彼はゼルシモンの伍の輪を開いた。

 私は五番目の輪を読みはじめた。

『ゼルシモンは最初に自由の道を識った者であった。しかしながら、最初に反抗の道を識った者ではなかった』

『反抗のしきが、我らの種族の一人、戦いの女王ギスのもとに来た。彼女は偽りの世界の多くで〈イリシッド〉に兵士として仕え、戦争を識り、戦争を胸に抱くこととなった。他者を服従させるために、他者を組織化する方法を識ることとなった。力の道を識り、征服者を倒すことができる武器を奪う技術を識った。彼女の心は集中し、彼女の意志と刃は一つであった』

『ゼルシモンがギスを識ることとなった輪転りんてんに、ゼルシモンは自らを識ることをやめた。彼女の言葉は、聞く者すべての心の中に灯る炎のようであった。彼女の言葉を聞き、彼は戦争を識りたくなった。彼は自らを苦しめているものを識らず、しかし自らの刃をギスに加えたいと願っていることを識っていた。彼は自らの憎しみを表明し、痛みを〈イリシッド〉と共有したいと考えた』

『ギスは我らの種族の一人であったが、彼女の自らに対するしきは、ゼルシモンが出会った誰よりも優れていた。彼女は肉体の道を識り、〈イリシッド〉を識り、自らを識ることによって、戦いで彼らを倒す方法を識った。彼女のしきの力は極めて強く、彼女の道を歩む者は、すべからく自らを識ることとなった』

『ギスは一人に過ぎなかった。彼女の力は、他者に自らの強さを識らせることにあった。そしてゼルシモンは、刀を彼女の足元に置いた』

 私はダッコンに、学んだことを伝えた。

「数には大きな力があるが、一人にも大きな力がある。一人の意志の力が、数を集めるかもしれないからだ。自身を識ることだけが力ではなく、他者の中にしきを生む方法を識ることにも力がある」

 ダッコンは続けて六番目の輪を開いてくれた。私はそれを読みはじめた。

『枯れた平原において、ゼルシモンはギスに、二つの空は存在し得ないと伝えた。彼の言葉に続いて、戦争が始まった』

『枯れた平原において、我らの種族は主人の〈イリシッド〉に対して勝利を収めた。彼らは自由を識った』

『しかし緑の炎が戦場から消える前に、ギスは戦争を続けると語った。多くの者が未だ心に流血欲求を満たし、彼女に同意した。彼女は単に〈イリシッド〉を倒すだけでなく、次元界じゅうから〈イリシッド〉を滅ぼすと語った。〈イリシッド〉が根絶された後、彼らは出会うすべての種族に戦争をもたらすだろう』

『ギスの心の中には炎が荒れ狂っていた。彼女は戦争に生き、戦争の中で自らを識った。目で見るものすべてを征服することを望んでいた』

『ゼルシモンは、ギスの意志に反する起こりを語った。我らの種族はすでに自由を識っていると語った。今、彼らは再び自らを識るべきであり、我らの種族に与えられた損害を繕うべきだと。彼の言葉の後ろには、〈イリシッド〉との戦争に疲れた多くの者たちの心があった』

『この件において、ギスの心はゼルシモンの心ではなかったことを識れ。彼女は、戦争は続くだろうと言った。〈イリシッド〉は滅ぼされるだろうと。彼らの肉体はもはやなくなるだろうと。そして我らの種族は、偽りの世界を自らのものであると主張するのだ。ギスはゼルシモンに、この件において彼らは同じ空の下にあるだろうと伝えた。その言葉は、むき出しの刀のようであった』

『ゼルシモンが〈二つの空の宣告〉を行った。彼の言葉に続いて、戦争が始まった』

 私はダッコンに、識ることとなったことを話した。

「ゼルシモンの種族への献身は、彼らを彼ら自身から守ろうとするものだった。彼は〈イリシッド〉が支配と征服への執着によって、自らを識らなくなったことを知っていた。だから彼は、ギスが種族を死に導く前に、彼女を止めることを選んだんだ。すべてのことにバランスがなければ、自己を保つことはできないだろう」

 彼はゼルシモンの輪をひねった。今回はギスの呪文のプレートが、一枚ではなく二枚あった。私は視線を、彼が持っているプレートから彼に移した。

「ダッコン……その二枚目のプレートは、お前のためのものか?」

 ダッコンは沈黙した。刃から光が消え、表面で薄膜が凍る。彼は麻痺したかのように二枚目のプレートを見つめていた。

ろくの輪を知っているのか?」

 ダッコンは顔を上げたが、漆黒の目を合わせようとしない。

「これ以上お主に教えられることは、何もないだろうことを識れ。お主はことわりを、儂らの種族が識るのと同じように識っておる。そしてそれが、お主が自らを識ることができる方向を示すだろう」

「私が訊いたのはそうではない。ろくの輪を知っているのか、どうなんだ?」

 ダッコンはしばらく沈黙し、そしてゆっくりと注意深く喋った。

「儂はゼルシモンのろくの輪を識ることができなくなった。かつては識っていた。しかし今は、その言葉を見ることしかできぬことを識っておる」

 ダッコンの瞳が私を見通す。

「それがすべてだ。儂の道において、儂はもはやゼルシモンのことわりを識らぬ」

「ダッコン……識りたいことがもう一つある。なぜヴィルクアルの眼はゼルシモンの輪の中にあるんだ? 奇妙に思える。お前の種族が、自分たちの中の裏切りから利益を得たことを伝えているからだ。それは……」

 ダッコンの目が光った。

「儂らの種族が自由を識ることとなった物語の一部だからだと話したであろう。聞いていなかったのか?」

 彼の声は、記憶から一節を暗唱するかのようにフラットだった。

「それは儂らの種族に、大いなる裏切りの中でさえ、最大のしきが成し遂げられ得ることを伝えておるのだ」

「信じているようには聞こえないな。ゼルシモンの輪の中にヴィルクアルの眼があるのには、別の理由があると思う。ろくの輪と〈二つの空の宣告〉のためなんじゃないか。枯れた平原における種族に対するゼルシモンの裏切りを、正当化するためなんだ」

 ダッコンは黙りこみ、刃が真っ黒になり、ふちがぎざぎざに波打つ。

「彼は枯れた平原で種族を二つに分けたんだ、ダッコン。勝利への道にいるときに、お前の種族を分けたんだ。それは種族を彼ら自身から救いたかったからだと信じたい—しかし、信じていないようだ」

 ダッコンはしばらく黙り、そして喋った。ゆっくりと。

「儂は……ろくの輪が他の者にも識られておるかは識らぬ。儂は参の輪との輪、そしてろくの輪が、多くの者が識るよりも密接に関連しておるのではないかと恐れておる。それを識ることで、儂は自らを失ったのだ」

「参の輪でゼルシモンは、〈イリシッド〉を欺くために自分の意志を沈めた。の輪では、の恩恵が語られている。そしてろくの輪で、ゼルシモンは〈イリシッド〉を根絶する前に種族を分けた。お前はゼルシモンの言葉が彼自身のものではないかもしれないと思っているのか?」

「儂の言葉を識り、儂の心にある傷を識れ。儂は恐れておるのだ。ゼルシモンが沈黙の列柱にいた時、彼は意志を沈めていなかったのではないかと。彼の意志が、〈イリシッド〉によって奪われたのではないかと。そして彼が枯れた平原において語った時、それは彼らの言葉だったのではないかと。彼の行いが儂らの種族のためではなく、元主人のためだったのではないかと恐れておるのだ」

「可能性はあるが、それを識ることは必ずしも……」

「ならばこれを識り、もう語るな」

 ダッコンの声は短剣のようだった。

「儂がを識ることは、決してないと識れ。この件に、解決策は。枯れた平原におけるゼルシモンの心を、儂が識ることはないのだからな」

 漆黒の瞳が、手の中の石の輪をにらんだ。

「そしてゼルシモンの不壊ふえの輪のために、儂は自らを識らぬのだ」

 言うべき言葉を見つけられなかった。内なる苦悶を再び明らかにさせたことをすまなく思い、どうすべきか分からなかった。横になったが、しばらく眠れなかった。


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