プレーンスケープ トーメント 非公式小説

吐息が居残る裏通り

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 私たちは、アンナが〈吐息が居残る裏通り〉と呼ぶ場所にいた。複数の路地が幾重にも連なり、荒れ果てた建物とがらくたの山へと伸びている。

 前方からハンマーを打ちつける音がした。音の発生源に近づいてみると、ダバスだった。周囲には誰もいない。シビルもどこかへ消えていた。私は興味本位で建物の一つを調べてみた。驚いたことに、その中で死体が見つかった。

 ダバスの死体だ。腐敗臭が強い。そして、こわばった異常な体勢から、かなり以前に極度の死後硬直が広がったように見える。しかしどういうわけか、私はこの光景に心をかき立てられなかった。

 死体に〈骨の言伝ストーリーズ・ボーンズ・テル〉の力を使った。その力を込めた手を伸ばすと、空気がわずかに乱れ、ダバスの死体がしばらくぼやけた。そして頭蓋骨の中に、奇妙なよじれるような痛みを感じた。誰かが頭蓋骨を、鋭く遮二無二叩いているかのようだ。

 視界がしばらく暗転し、ハンマーで打たれるような痛みは消えた。闇が晴れ、ハンマーを打ちつける音が建物の外から聞こえる。霧を通して見ているかのように、なぜか建物全体がかすんでぼやけて見える。

 突然ハンマーの音がやみ、建物に入ってくるダバスの奇怪な姿が見えた。すると窓と扉が水のように変化し、入口をふさいだ。ダバスは振り返り、しばし固まり、そして部屋をゆっくりと回りはじめた。それぞれの壁を検査するかのようにハンマーで叩き、調べていく。

 部屋を巡り終えたダバスは、入ってきた“扉”のそばで止まった。そしてハンマーで叩き、その石を削りはじめた。しかし叩いたそばから、壁がひとりでに修復していく。視界が暗くなり、ハンマーの音は続く。最初は一定のペースで、そして徐々にゆっくりと、ゆっくりと……

 ハンマーの音がやみ、視界が晴れた。私は再び、ダバスの死体のそばに立っていた……彼はこの建物に囚われ、ここで衰弱死したようだ。

 建物を出て、私の死体を見つけた場所に向かうアンナに続いた。少し階段を下り、袋小路に入った。そこで彼女が、地面の一点を指さした。

「ここよ。ここで倒れてるあんたを見つけたの」

 彼女が示した地面を一瞥いちべつし、そして視線を上げ、目の前に広がる奇怪な情景を、畏怖を抱きながら見つめた。目立たない普通のレンガの壁に見えたものが、脈動し震えているのだ。壁は奇妙な弾力を見せながら波打ち、反対側から見えない力が突き抜けようとしているかのように膨らんだ。うねりはゆっくりと落ち着きはじめ、徐々に湾曲が目立つようになり、目線の高さにヒューマンの顔の石の戯画があらわれた。

「これは何だ?」私は疑問を口にした。

「分からないわ」

 アンナは神経質にダガーに触れながら、信じられないといった様子で顔を見つめている。

「でもなにか分かる前に、私は逃げるわよ?」

 私は躊躇した。何かがある……突然、周囲で強い風が吹きはじめ、空気が不気味なため息で満たされた。風が強まり、他の音も聞こえてきた。板材のきしみ、木々のざわめき、そして石をこすり合わせるような音。数分して喧騒が個々のノイズの不協和音に変わり、混ざり合って一つの明瞭な音に変わった。声を聞き分けることができた。柔らかく、しかし周囲から同時にやって来るかのような声を。

お主か? お主であるわけがない

「私を知っているのか?」

 そう答えた。周囲の風はやんだが、どういうわけか声はまだ存在している。

再び復活したのか? 我はお主が倒れたのを見た

「倒れた? どこでだ?」

ここで、我の前でだ。我の内にあれば、すべてが見える

「私に何が起きたか、知っているのか?」

影を投げかけぬもの……すなわち影。彼らがお主を取り囲み、破壊した。覚えておらぬのか?

 私は周囲の音を構成する奇妙な声に集中した。心のどこか奥底で、記憶がかすかに揺れている。この声に漠然とした親しみがあるように感じる。

 目を閉じ、思い出そうとした。そして断片を、人型の影に囲まれて立つ私の記憶を、取り戻すことができた。彼らが近づき、襲ってくる。私は死に、そしてアンナが死体を見つけたのだろう。

そうだ……思い出したのだな

 路地の声が耳の中に響き、心の中のイメージが霧散した。私は現在に戻ってきた。

破壊された。我もすぐにそうなる。もはや分断を止められぬ。すぐに石は砕かれ、浮かびし者が我を直し、破壊するだろう

「死にかけているのか?」

圧力が大きすぎる。内に折りこまれた場所が多すぎる。十分な場所がない。分断せざるを得ない

 アンナが口をはさんだ。

「ああ、つっかえてるのね」

「どういうことだ?」

「ご懐妊ってことかしら」アンナが答えた。

 モーテが加わった。「マジか。じゃあ今オレたちが立ってるこの場所は……?」

「そんなこと、考えたくもないわ、モーテ」

 声は私の仲間を無視し、喋り続けた。

分断する我を助けてくれ。分岐させてくれ。広げさせてくれ。新たな穴が開くだろう。それを使えば、下層区へ行くことができるかもしれぬ

「何が必要なんだ?」

浮遊せし者が、我の上にいる。修復している。我の分断を防いでいる。我はその修復を元に戻す。しかし彼の者は何度でも戻ってくる。新たに修復する。浮遊せし者を、取り除かねばならぬ

 その言葉が暗示する行為が好ましいのか、私には分からなかった。

「この路地のダバスを、殺して欲しいのか?」

取り除け。さすれば後に、我は分断することができる

 〈蟲蔵むしぐら〉から他の区画へ行く道はふさがれていると、アイアン・ナールズから聞いていた。都市の他のエリアへ行かなければならないと感じる。この壁が役に立つのなら……それでいいだろう。

 ダバスは先ほど見かけた場所の近くにいた。このエリアを離れるよう説得できる可能性は、ほとんどないだろう。そして仮に説得できたとしても、すぐに戻ってきてしまうことは間違いない。

 しかしながら、方法はあった。私は彼に近づき、この路地で別のダバスの死体を見つけたと伝えた。彼は思った通りに興味を示し、ダバスが死んでいた家に急いで入っていった。

 少しのあいだ、私は自分の力に得意になっていた。周囲の者たちを簡単に意志に従わせることができるようだ。彼らの取るに足らない命への影響を、気取られずに。しかしそれは、少しのあいだだけだった。

 私はあのダバスを、頭をはねるのと同じくらい確実に、死に送りこんだ。それによって他の者の命を救うのだと言うこともできる。しかし彼は、何ら間違ったことをしていなかった。そしてこれは、私が則りたいどんな善悪の尺度とも異なっている。

 ダッコンとモーテが知る過去の私のことを考えた。少しのあいだ惹きつけられていた道をたどれば、行き着く場所はそこだろう。私はその誘惑について確認し、本当に惹きつけられるものではないことを確かめた。先に進む時だ。

 壁のところに戻った時、はダバスの仕事によって、すでに前進することも“出産”することも修復を破壊することもできないほど弱っていると主張した。そしてダバスがしたことを説明し、私たちはそれを元通りにすることに同意した。

 幸運にも、私は〈葬儀場〉で拾ったバールを持っていた。さらに即席のハンマーを使い、ダバスの仕事を元に戻すことができた。

 再び壁のところに戻ると、は路地を包む声で喋った。

しかり。すべてがあるべき状態だ。我は嬉しいぞ

 再び周囲に風が、今回は猛烈に吹いた。路地に偏在する騒音が激しさを増し、柔らかな声のざわめきがかき消えそうになる。

さあ、行け。分断が始まる。お主のための道は開かれた

 石の顔が再び変形しはじめた。塊が移り変わり、濁り、目の前の壁が溶けて狭い通路があらわになった。足元の地面が突然激しく揺れはじめ、柔らかな風の吐息が強まり、人のうめき声のように聞こえる。私たちが通路へと殺到する周囲で、石が砕け、板が割れる音が鳴り響く。

 建物がひとりでに配置を変えていくエリアの外まで、私たちは一気に走った。振り返ると、背後の路地と建物の配置は、完全に変わっていた。


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