プレーンスケープ トーメント 非公式小説

ファロド

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 来た道をたどり、〈埋ずもれた村〉へ向かった。その道中でグリヴと話した。〈溺れた国〉で見つけた魔法の小瓶から流れる水が汚い汚れを洗い流し、どぶ水は消え、グリヴを石の牢獄から解放することができた。彼は完全に消える前に、シギルの書き物屋区でネメレエと呼ばれる女性を捜すように言った。小瓶のすべての力を解放するための合言葉を、彼女が知っているらしい。

 〈埋ずもれた村〉に戻った私は、一晩休むことにした。ファロドに会うのは爽やかな朝だけでいい。これまで待ったのだから、大切な球体との出会いを一晩待たせても、問題はないだろう。

 次の日、彼の館に向かった。

「ああ、死体か……」

 ファロドは近づく私のほうを向き、宮廷の丸石を松葉杖でコツコツと叩いた。そして唇をなめ、待ちかねたように笑みを見せる。

「要求したもんを、持ってきたか?」

「青銅球か? ここにある」

 球を手渡すと、ファロドの瞳が輝いた—彼は極めて慎重に、ほとんどうやうやしく球を触る。

「ああ……」

 彼は満足げに笑った。

「死体さんよお、てめえは博打だったが、ずいぶんと上手くいったようだ……」

 ファロドは球に映った自分を見つめ、舌を鳴らした。

「何年も、つれなかったじゃねえか、なあ……」

「ファロド、お前が求めたことはした。質問に答えてもらいたい」

 ファロドは目を上げもしない……彼の注意は、完全に球体に吸いこまれている。

「ああ、ああ、言ってみろ……」

 ファロドが手の中で球を回す。

「大いに重要だ、でめえの質問はな……」

「私について何を知っている? なぜ私は、お前を捜すよう指示を受けたんだ?」

 ファロドは批評するかのように私を見つめた。

「おれが何を言っても、武器はしまっとけよ、死体さんよお。てめえの耳には、不快なことかもしれねえからな……」

 ファロドは意地悪い笑みを浮かべた。

「おれの耳は慣れてるが、てめえの耳には刺激が強すぎるかもしれねえ」

 ファロドのことなど、どうでもいい。重要なのは、彼が持つ情報だけだ。

「手を上げないと約束しよう。お前は何を知っているんだ?」

「てめえと最初に話した時……」丸めこもうとするかのように、ファロドの口調が優しくなった。「真実が、真実が少しばかり、おれの心から舌先に伸びちまったんだ—正直に言えばな、てめえについては、あまり知らねえ」

 彼はしなびた指を立てた。

「待て、最後まで聞け……」

 私は苛立ちながら、話を続けるよう促した。

「おれの考えではな、てめえは死んだふりをするような切者せっしゃだ」

 ファロドが目を細めて私を見る。

「いつだったか、てめえがおれのところにやって来た。今みてえにな。だがそん時は、ふらっと悪風の宮廷に入りこんで、おれに“謁見”したいと言いやがった」

 彼は一呼吸置き、そして続けた。

「ああ、“謁見”だ」

 ファロドは砂が流れるかのような声で、クスクスと笑った。

「まるでおれが王様みてえにな……」

 おもしろがっているように見えて、彼の声には棘があった。

「てめえは心に響くようなことを言いやがった。ああ、そうだ。生粋のガヴァナーみてえにうたいを話しやがった。おれは聞き入った」

 私は口をはさんだ。「だがお前は王様だったんだろう……少なくとも、かつては地位のある男だった。違うのか?」

「かつてはな」

 ファロドはしゅうしゅうと音を立てた。

、だ。称号は、ただの言葉は、しまいには何にもならねえ……」

 彼は黙りこみ、そして舌打ちした。

「おれの過去も知ってやがった、てめえはな……」

 ファロドがおどけてお辞儀をすると、松葉杖が悲鳴を上げた。

「『おお、ファロド、偉大なる収集家の王よ』なんて言いやがった。『私は恩寵おんちょうを求めに来たのだ』『恩寵おんちょうだと?』そう聞き返した。『てめえみてえな明らかに強え男のために、おれに何ができるって?』」

 ファロドはゆがんだ指を振った。

「そしててめえは、変なことを要求した。『ファロド殿、あなたの厚意を求めたい。収集家たちは〈蟲蔵むしぐら〉を放浪している。もし彼らが私の死体を見つけたら、保護して欲しい。私が求めるのは、それだけだ』」

 ファロドは肩をすくめた。

「単純な恩寵おんちょうだ」

 ファロドが「恩寵おんちょう」という言葉を口にした瞬間、頭蓋骨の中がチクリと痛み、血と恐怖の臭いが鼻孔を駆け抜けた……ファロドは何かを隠している。過去に起きた、私に関する何かを—そして、それが彼を怯えさせている。彼が私に与えた恩寵おんちょうというのは、単純な話ではない。

「それでお前は、私にその恩寵おんちょうを与えたのか? お前にとっては、得るものが何もない。なぜ同意したんだ?」

 ファロドはしばらく黙っていた。

「死体さんよお、死んだやつは約束を守れねえだろ? だから死ぬやつと約束なんかしても、意味がねえ」

 彼は明らかにはぐらかしている。

「ファロド、お前は商人だ、慈善家サマリア人じゃない。他の理由があるはずだ……」

「ああ……」

 ファロドの顔が怒りにめくれ上がり、赤くなった。

「てめえがおれのブラッドたちを大勢、〈蟲蔵むしぐら〉の壁に吊して後じゃあ、てめえに次元界自体を約束する理由だってだ。そんな殺人鬼がおれの家に、おれのドヤに、“恩寵おんちょう”を求めに来やがったらな……」

 ファロドは落ち着いたが、その顔はまだ上気している。

「ああ、おれは同意したさ……」

 その私は別の人物であり、完全に無関係だと自分に言い聞かせようとした。しかしそれでも、罪悪感を抱かざるを得なかった。

「何の慰めにもならないかもしれないが、ファロド、お前の仲間のことはすまなかった」

 ファロドは舌打ちした。

「どうあれ、あいつらの死体は役立ってくれた。死んだばかりだろうとなかろうと、ちりどもの支払いは変わらねえからな……」

「私の要求に同意した理由は、それだけなのか?」

「てめえはおれのことを知っていた……おれしか知らねえことをな。シギルの下にある何かを切望してることまで知ってやがった。そいつを名付けたのもてめえだ。青銅球ってな。まさかてめえが取ってくることになるたあ、思ってなかったぜ……」

 彼はクスクスと笑った。

「てめえもそう思うだろ? ああ。この次元界は、実に奇妙に輪転りんてんしやがるぜ……」

「知っているのはそれですべてか?」

「すべて? いいや……だがてめえについてはそれだけだぜ、死体さんよお」

 ファロドはそう答えた。

「いいだろう。次の質問だ……私が死んだ後、死体から何を取ったんだ?」

「おれが?」

 ファロドは唇をなめた。

「なんだ、何も取ってねえぜ」

 彼はニヤリと笑った。

「てめえの死体を見つけたのは、おれじゃねえからな……」

「誰が?」

 ファロドの笑みが広がり、青白く不健康な肉のひだが、カーテンのように後ろに引っ張られた。

「おれの娘だ。最愛の薔薇、一番可愛い家族、そして一番頭が切れる……」

 彼は乾いた唇をなめ、いかにも悲しそうにため息をついた。

「あんな毒舌じゃあなけりゃな……」

「お前の娘? 名は?」

「愛しの娘、アンナだ。収集家が死体の山を探しに行かねえような場所で、死屍しにかばねのてめえを見つけた。あいつが何かむしり取ったかもな、どうだろうな……?」

 彼は頭を振り、体を寄せた。

「あいつに訊け。親の出る幕じゃねえ」

 彼は、まだ私のことをなめている。

「嘘をつくな、ファロド。お前は労働者から上前をはねる商人だ。私の死体から、アンナは何を渡したんだ?」

「ああ……そうだ……やるじゃねえか……」

 ファロドは手を松葉杖に置いた。

「だが、ものだったかは、何とも言えねえなあ。確か、何もなかったはずだぜ」

 のらりくらりと真実を避けられるのは、もううんざりだ。

「ファロド、私の忍耐は限界だ。盗んだものを引き渡さないなら、塵人ちりびとがお前の居場所を知ることになる」

 ファロドはしばらく沈黙した。ゆっくりと……松葉杖を指で叩く。私は彼をにらみつけながら待った。

「あの礼儀正しさは、どこ行きやがったんだ……」

 ファロドはつぶやき、頭を振った。

「死体さんよお、俺がてめえにどれだけ親切にしてるか……どれだけ……ファロドが何かを……誰かに聞かれりゃ、死者帳ししゃちょうもんだ……ここで待て、1ヤードも動くな。すぐに戻る」

 しばらくして、ファロドは戻ってきた。松葉杖がカツカツと音を立てる。そして手の中の物を投げてよこした。

を受け入れて、このことはよ……」

 私は上の空で、受け取ったものを調べていた。

「銅貨数百枚、紙切れ、包帯、それと指輪? いいだろう……私を見つけたのはアンナなんだな? 彼女はどこに?」

「アンナの居場所か?」

 ファロドは肩をすくめた。

「あいつはそこらの影に隠れて、おれたちがうたいを交わすのを聞いてるはずだ。てめえが降りてった後に問い詰めたぜ……てめえを見つけた時、本当に死者帳ししゃちょうの中だったのかをな……」

 彼は無味乾燥に笑い、深く息を吸って暗闇に呼びかけた。

「アンナ! 影の中でぼやくのはやめて、客にあいさつしに出てこい!」

 振り向くと、赤い髪が印象的な、革鎧を着た少女がいた……部屋に入ってくる音さえ聞こえなかった。その右腕は、何らかの生物の皮膚と見られる連結した板で覆われ、角のついた肩当てが左腕を守っている。奇妙なことに、彼女には尻尾があった……私が見ていると、それは前後にひるがえった。私はこのティーフリングの少女のことを、すぐに思い出した。

「お前がアンナなのか? 〈蟲蔵むしぐら〉で会っただろう—〈葬儀場〉の外でだ」

 少女は私を無視し、ファロドのほうを向いた。

「それで、なんなの? この傷だらけの犬と、革ひも引っ張り合って遊んだりなんてしないわよ、ほんと。あんたのカモの誰かにやらせなさいよ」

「最愛の薔薇、アンナ—死者を敬えと、教えなかったか?」

 ファロドの顔に薄笑いが広がり、彼は私にわずかに頭を下げた。

「この機転の利く死体さんが、おまえがこいつをどこで見つけたかご所望だ」

「は? なに言ってるわけ?」

 彼女は目を細めて私を見た。

死屍しにかばねじゃないじゃない」

「ああ! そうだな、おれのミスだ……」

 ファロドはうなずき、そして恐ろしいほどに声を落とした。

「だがな、愛しのアンナ、そいつはおまえのミスでもあるぜ……おまえが運びこんだ時、こいつは死者帳ししゃちょうに片足しか突っこんでなかったんだ」

 彼は松葉杖で敷石を軽く叩いた。

「こいつは目覚め、おれを捜し出した—なんて恥だ」

「それで?」

 アンナは私を一瞥いちべつし、肩をすくめた。

「私がいるときに〈蟲蔵むしぐら〉で死屍しにかばねのふりなんて、すべきじゃなかったのよ。そんなんだから、ちりの腕の中で目覚めることになるんだわ」

 まだファロドに腹を立てていた私は、この少女にいくらか八つ当たりをした。

「私を投げ捨てる前に、生きているかだったんじゃないか?」

「あら、そうね。そんで死屍しにかばねみたいに路地に突っ伏すべきじゃなかったんじゃないの?!」

 私は自分の苦情の不合理さに気づき、しばし黙った。

「もういい—どこで私の死体を見つけたんだ?」

「アンナ、こいつの死体を見つけた場所を見せてやれ」

 ファロドは再び松葉杖を叩いて強調した。

「あの幽霊の出る路地に、連れて行ってやれ」

 ファロドはしばらくアンナを観察し、そしてニヤリと笑って私のほうを向いた。

「道中で愛しのアンナを見失うようなことがあったら、このファロド様のところに戻ってくるんだな。おれが案内してやろう……」

「ちっ……」

 アンナはファロドをののしり、そして私に視線を向けた。

「なら来なさい。ちんたらすんじゃないわよ? あんたみたいなやつのために無駄にする時間なんて、ないんだから」

 私は準備ができていないと主張した。アンナは承諾しないだろうが、まだここで調べたいことがいくつかある。

「あら、そう? まあ、なら自分のお墓は自分で嗅ぎあてることね、バカ! 待ってらんな—」

「アンナ……」

 ファロドの声は穏やかだが、少女の言葉をナイフのように両断した。

「こいつの世話人せわにんになれ。村で問題が起きねえようにしろ。そんでこいつが行きたいところに、案内するんだ」

 アンナは地面につばを吐いた。

「まとめて梅毒になればいいのに……」

 しかしながら、彼女は十分素直に付いてきた。館から出ると、彼女に呼び止められた。

「あんたに言っとくことがあるわ、ほんと」

 続けるように促した。

「あんたの行動は見てたわよ。一緒に行動するなら、言うべきことがあるわ……まず—誰彼構わずじろじろ見つめて、骨箱ほねばこガタガタ言わせるのをやめなさい。確実にトラブル一直線よ、ほんと。それと誰でもない名前を、いたずらに名乗るのもやめて。さもないと、すぐに最悪の注意を引くことになるわ」

「それで最後に。私を路傍の石みたいに扱えるなんて思わないことね—そんな兆しを見せようものなら、この刃で八つ裂きにするわよ、ほんと」

 彼女が持っている得物について尋ねた。

「得物? ええ、このダグズは私のよ。パンチ・ダグズがお気に入りなのよ、ほんと—あんたは斧やハンマーや棍棒でしょ—私のスタイルはダグズなの。しっかりしなさい、あんたにダグズなんて似合わないでしょ?」

 アンナが私を見つけた場所に行く前に、〈蟲蔵むしぐら〉で確認したいことがあった。私たちは〈埋ずもれた村〉を離れ、〈くず拾い街〉へ向かった。街区に着く前に、ファロドに渡された持ち物、特にメモのことを思い出した。メモを取り出し、読んでみた。

注意しろ

・夜がる場所に注意しろ

・奴らが待っている

・自然の闇なんてない

・ただ、けだ

 いったいどういう意味だろうか。

* * *

 ファロドは手に入れたものを、青銅球を、ためつすがめつ眺めた。この球が彼を運命から救うだろう。あまりに熱中し、他の者たちが立ち去ったことにも、ほとんど気づいていなかった。何かが動いた! 彼は頭を振った。ただのネズミだろう。

 彼は球体の調査を再開した。長年かけて、ようやく手に入れた。調べる必要がある。しかし彼には、球体が持つ秘密を、彼を守ってくれる秘密を、解き明かすことができるという確信があった。待て、誰かが近くにいる。だが何も聞こえなかった。アンナに違いない。邪魔した彼女を叱責しようとして……

 近くにいるものに気づき、凍りついた。館の隅に隠れていた影があふれ出したかのように、何十もの人影が彼を取り囲んでいる。彼は音を立てることさえできず、その爪に引き裂かれ、死んだ。


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