プレーンスケープ トーメント 非公式小説

沈黙の王

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 スパイを見つけたことで、ハーグリムも私たちを解放する気になるのではないか。しかしソエゴと対峙する彼に付いていく気にはなれず、もう少し〈死者の国〉を探検することにした。

 なぞなぞに悩んでいるスケルトンを見つけた。答えは明白だと思ったが、彼には他に時間をつぶすことがなさそうだったので、教えるのはやめておいた。

 少しして、なぞなぞを出した本人に出会った。彼は他のスケルトンのような無感情な様子ではなかった。頭を振りながら、独りでクスクス笑っているのだ。ときおり高笑いしては鼻を鳴らし、骨の指を噛んでこらえている。とても古いアンデッドで、骨には何も残っていない……少し色のついたぼろきれ以外は。私は彼にあいさつした。

「難しいなぞなぞがあるんだろう?」

 彼はクスクスと笑い、うなずいた。

「聞きたいのか?」

 私が同様にうなずくと、彼は続けた。

「こっほん! さて、『ぽぽ』で終わる言葉を考えてみろ。『タンポポ』しか思いつかないか? だが共通言語には二つの言葉がある……その二つ目はなんだ? 毎日使う言葉だぜ。注意深く聞いてれば、すでに俺も口にしてるかもな」

 簡単だ。

「もちろん、すでに口にしているだろう。それは『言語』だ」

 たとえ肉体がなくても、このスケルトンが動揺していることは分かった。

「ぎゃあああ! なんで分かったんだ?!」

「最初の話は無関係で、ただの引っかけだ。『共通』『言語』には言葉が二つある。二つ目は『言語』だ」

「ああ、トロルのクソめ! おっと。まあ、誰にも答えを教えるなよ。少なくとも、そう約束してくれるか?」

 なぜなのか訊くと、彼はこう答えた。

「彼らが突っ立って、永遠に解こうとしてるのを考えると楽しいからだ」

 周囲を見回し、何気なくコメントした。

「答えるほうは、得意そうには見えないな」

「こいつはなんだ?」

 彼は骨の手をお椀状にして頭蓋骨の横にそえた。

「もしかして……挑戦か? ああ……そうだ……やってみろ! でももし途中で立ち去ったりすれば、もう二度と話さないぞ!」

 彼は私を待っている。私はなぞなぞに答える自信はあるが、なぞなぞを出す自信はないことに気づいた。当てにできる記憶が数日分しかないのだ。急いででっち上げなければならない。

「ふ~む。純金の硬貨100枚が1ポンドと、純金の硬貨200枚が半ポンド。価値があるのはどっちだ?」

 彼は熱心にうなずいた。

「簡単だ、簡単すぎる! 金1ポンドは、いつだって半ポンドより価値があるだろ! ばーか、ばーか!」

 彼はクスクス笑った。そしてしゃがみこんで、地面の塵に簡単な顔を描いた。

「俺には叔父も兄弟もいない。でもその男の父親は、俺の父親の息子だ。そいつは誰だ?」

「お前の息子だ」私は答えた。

「ふんっ! お前の番だぞ」

 私はしばらく黙り、別のものを思いついた。

「製作者は望まない。購入者は使わない。使用者は目にしない。それは何だ?」

 スケルトンは子供のように笑った。

「そいつは間違ってるぞ! 答えは『棺桶』だ。そして俺は、自分の棺桶を見たことがある!」

 彼はすでに次のなぞなぞの準備ができていた。

「どんな偉大な定命の賢者でさえ、間違って読んでしまう言葉はなんだ?」

 また簡単だ。

「ふむ。『まちが』だろう」

 彼は拳を振った。

「あぁぁ、ちくしょう! 次だ」

「持ってこられたわけでもないのに夜になると現れ、盗まれたわけでもないのに昼になると消えるものは?」

「あ~……う~ん。ああ……星だ、へっへー!」

 心の中で悪態をついた。このスケルトンは長いこと星を見ていないはずで、もう少し悩むと思ったのだが。

 スケルトンは拳を鳴らした。

「俺は過去に一度も存在せず、未来に常に存在する。かつての俺を見た者はいない。今後の俺を見る者もいない。そしてそれでも、この神聖な館の生きとし生けるものは、誰もが俺を信頼してる」

 これは少し面倒だ。どんな幽霊だ? いや、そうじゃない。

「答えは……答えは……そうか! 『明日』だ」

「あ~あ! そう、確かに『明日』だよ。さあ、どうぞ」

「よし。永遠の終わりにあり、時間の終わりにあるもの、すべての空間の果てにあり、すべての終焉しゅうえんの果てにあるものは何だ?」

 スケルトンはせせら笑いはじめたが、不意に固まった。

「あぁ……あ~。ああ、なんと」

 そしてうなだれた。

「わ……分からない」

 私は微笑んだ。このなぞなぞは、他のスケルトンを悩ませていた彼のなぞなぞと、とても似ていたからだ。答えを知りたいか尋ねると、彼はうなずいた。

「いいだろう。答えは、『ん』の文字だ」私はそう言って歩き去った。

 入りこんだ通路にはゾンビしかいなかった。その一人に、ステイル・メアリーについて訊いてみた。返事は理解できなかったが、彼は通路を指さした。通路は瓦礫でふさがれている。その行き止まりにゾンビの一団がいた。彼らの態度からして、そこにいるのがステイル・メアリーに違いない。このかび臭い女性のゾンビは極めて古く、ほとんどミイラ化している。皮膚は灰色がかった緑色の革のように朽ち衰え、片眼は抜け落ちて暗い穴だけが残っている。彼女の声は、ゆっくりで野太かった。

「こぉ、こぉ、こぉぉんにぃわぁぁ」

 彼女は自分自身を指さし、再び喋った。

「しゅ、しゅ、しゅている、むぁぁりぃ」

 その喉の中で、声帯がただれ落ちているかのように聞こえる。他のゾンビにどうやって命令を出しているのか、不思議に思った。

「どうやって他のゾンビと会話を? 彼らの言葉は、お前のようには理解できないんだが……」

 彼女は一歩近づき、私に触れようと腕を伸ばした。私は少し後ずさった。

「何をしているんだ?」

 彼女は優しいうめき声を返すだけで、再び私の腕に触れようと手を伸ばした。時の猛威を受けていながらも、彼女の視線にはまだ人間性の名残が残っている。害意はないことが見て取れた。

 彼女に触れさせた。ほとんど肉のない手が前腕を優しくかすめ、そして彼女が喋った。

「くぅぅいぇぇぇ」(聞いて)

「なぜお前の言うことが理解できるんだ?」

 彼女は再び私に触れた。

「あぁぁたはぁぁ、わぁぁたとぉぉ、はぁぁせぇぇる。でぇぇ、たぁぁあしぃぃほぉぉおがぁぁ、ひぃぃつよぉぉぉ」(あなたは私たちと話せる。でも、正しい方法が必要)

「教えてくれないか?」

 彼女は微笑み、硬くなった顔の皮膚が、厚い革のようにギシギシときしんだ。

「いぃぃわぁぁぁ」(いいわ)

 時間をかけて、死者と話すために必要な技術を彼女から学んだ。その手順を彼女は〈骨の言伝ストーリーズ・ボーンズ・テル〉と呼んだ。私は彼女に、どんな死体とも話ができるのか尋ねた。

「いぃぃかぁぁ。ほぉぉか、しぃぃにすぅぅぎぃぃ。ぎぃぃじつぅぅ、ひぃぃつよぉぉ」(いくつかは。他は、死にすぎてる。技術が必要)

  彼女はハーグリムよりも話が分かるようだ。

「メアリー、〈沈黙の王〉と話す必要があるんだ。助けてくれないか?」

 彼女はじっと私を見つめている。理由を知りたいのだと気づいた。

「この場所を離れなければならないんだ、メアリー。やるべきことが多くある……この〈死者の国〉に閉じこめられているのは、偶然たどり着いたからだ……正しいことではない。お願いだ……少しだけ恩情をかけて欲しい。助けてくれないか?」

 ステイル・メアリーはしばらく沈黙し、そしてうなずいた。彼女は北側の壁の三つのポータルのうち、最初のものを指さした。

「め、め、めぇぇとぉぉて。ちぃぃもぉぉお、かぁぁがぁぁぁる。ほぉぉせぇぇ、く、くぅぅぼぉぉにはぁぁぁる。わ、わ、わぁぁし、めぇぇくおぉぉいだぁぁけぇぇぇ」(目を閉じて。〈沈黙の王〉のことを考える。北西のくぼみに入る。私の目が黒いうちだけ)

 彼女に感謝し、指し示されたくぼみへと歩いた。目を閉じ、〈沈黙の王〉のことを考え、そして足を踏み出す。

 目を開けると、ポータルを通り抜けて大きな部屋にたどり着いていた。人の背丈ほどもある円形の高座が、部屋を威圧している。その中央に王座があり、スケルトンが座している。私が王座へと近づくと、部屋にいたハーグリムが叫んだ。

「かような異端はやめろ! 〈沈黙の王〉に近づくな!」

 私は彼を無視し、高座に上がって〈沈黙の王〉に対峙した。ハーグリムが近づき、立ちふさがる。

「ここまで来たのだな」

 彼は巨大な玉座へと視線を向けた。

「汝がここに見るは、我らの文化の結末である」

 玉座の人物は動かない。私は玉座に座るものを指さした。

「これが、〈沈黙の王〉か?」

「そうだ。王が沈黙しか話さぬことを、誰も知るべきではない」

 疑念を確かめるため、さらに質問した。

「なぜ話さないんだ?」

「この場所を、離れたからだ。我々を見捨て、真なる死へと旅立った……この場所に、抜け殻だけを残して」

「いつからだ?」

 新たな声が答えた。ステイル・メアリーが部屋に入ってきていたのだ。

「ずぅぅとぉぉぉ」(ずっと)

 ハーグリムは影を見つめた。

「はるか昔に、彼は語るのをやめた—極めて忌々しい真なる死へと、旅立ったのだ」

 怒りと絶望が、彼の声にゆっくりと流れこむ。

「我々をここに見捨て、生者の中で苦しませた! 我々は……生ける者たちの……獲物に成り下がった」

「なら、誰が支配しているんだ?」

「メアリーと我が〈沈黙の王〉と話し、彼の代わりに支配している。何年も昔に彼が語ったことを基に、彼の願いを解釈するのだ。容易なことではなかった……」

 その声には疲労がにじんでいる。見えない負担の重さに、彼は肩を落とした。

「無数に、彼に訊きたいことは、無数にある」

「なぜ民に真実を伝えないんだ?」

「創り上げたものを保ちたいのだ。我は死を望まない」

 ステイル・メアリーが重々しく喋った。

「わ、わ、わぁぁもぉぉぉ」(私も)

 ハーグリムが理由を言い添えた。

「もし我らの民がこれを知れば……もしくはグールのリーダーであるアカステが……もしくは頭蓋ネズミクレイニアム・ラットの集合意識である〈一なる多〉が、この欺瞞を暴けば……我らが創り上げたものは、破壊されるだろう。この抜け殻が、内と外の敵を押しとどめているのだ。真実が語られれば、我らの小さな文明は、灰燼かいじんに帰す。汝に沈黙を強いることはできぬ。だが、ここで見たことを話せば何が起きるのか、先を見据えて欲しいのだ」

 ここで提示された機会について、簡単に考えてみた。もし私がこの玉座に、不死の王として座ることを提案すれば、これほど絶望した彼らはそれを受け入れるだろう。しかし〈死者の国〉は私の旅の仮住まいに過ぎず、目的地ではない。

「ハーグリム、私の望みは立ち去ることだけだ。それを認めてくれれば、沈黙を約束しよう」

 彼はしばらく黙っていた。

「去るがいい、今すぐに……そして汝に懇願しよう。その言葉を、違わぬことを」


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