プレーンスケープ トーメント 非公式小説

埋ずもれた村

前章 | 目次 | 原文 | 次章


 次の日、私は街区に戻り、ごみの詰まったアーチへの道をたどった。持っていたがらくたは確かに作用し、ポータルが開いた。通り抜けると、アーチがある小さな建物の反対側に出た。

 ほこりの中の足跡をたどり、近くにある地下への扉にたどり着いた。急ぎ足で進むと、戸口のすぐ内側に収集家の集団がいた。仲間を見回したが、モーテとダッコンとは距離が離れている。自信ありげに振る舞うことが最善の作戦だと考えて歩を進めたが、抜き身の剣を持った与太者よたもんの一人に道をふさがれただけだった。他の者たちは私を取り囲み、全員が武器を構えた。私も武器を引き抜いたが、多勢に無勢。すぐに倒れ、半ダースの刃が私を貫いた。最後の思考は「これで終わりにはさせない」だった。

 血まみれのテーブルの上で目覚めた。傍らにはモーテとダッコンがいる。彼らのことが、認識できる。〈葬儀場〉で目覚めて以降の記憶は、すべて無事なようだ。刃に倒れたことは疑いようがない。しかし過去に受けた何らかの影響により、今回の死は、私が学んだことを消し去らなかった。

 テーブルから体を起こすと、近くに他の人物がいることに気づいた。分厚い黄麻布おうまふのローブを着た、木塊のような老婆だ。重々しく部屋を歩き回り、様々な机から物を取ろうと体をかがめると、関節が音を立てる。髪の毛は頭の後ろで骨のヘアピンで留められ、不機嫌そうな表情をしている。彼女は単調な声で、独り言をつぶやいていた。

 私は彼女の注意を引こうとした。しかし私のあいさつが聞こえないようだ—彼女は私には目もくれず、長机の一つによろよろと戻り、死体を突きはじめた。

「さあさあ……」彼女は歯を鳴らした。「ぜんぜん難しくないだろう、マルタ……難しくないだろう、マルタ……? そうそう、その通りだねえ……」

 見たところ、死体の口から歯を抜き取っているようだ……手と爪だけを使って。上手くいかないときには、裂けた木製のノミと木槌を取り出し、歯が外れるまで歯茎をガシガシ叩き、そして腰の鞄に入れる。私は再び注意を引こうとした。

「あ~……何をしているんだ?」

 私の声に驚いたマルタは死体から飛び退き、つんざくような金切り声をあげた。

「ぎゃあっ!」

 彼女は息をつき、そして怒ってしゅうしゅうと音を立てた—机の死体に対して。

「死体じゃ、ないなら、先に何か言うんだよ、インチキ死体、汚い死体、そうさ! 恥ずかしくないのかい?」

「喋ったのは私だ、死体じゃない」

 マルタは目を細め、振り向いた。

「へ? いつの間にそっちに?」

 彼女は独り言をつぶやいた。

「マルタ、こいつは一体どうやって? さっぱりわからないねえ」

「この墓いじりは盲目で、ほとんど耳が聞こえないんだろ」モーテがコメントした。

 マルタはまだ何か「死体」や「感謝」について独り言を言っているが、ほとんど聞き取れない。

「お前は誰だ?」彼女に尋ねた。

「マルタ、こいつ、あたしが誰かって聞いたかい? ああ、そうだねえ、そうだねえ……」

 彼女は鼻歌を歌い始めた。

「誰でもないあたし、あたしはマルタ、お針子のマルタ……フンフンフン……お針子~のマ~ルタ……お針子~のマ~ルタ……」

 彼女は死体に向き直り、一人で名前を歌い続けている。

「何をしているんだ?」

 彼女は不機嫌そうに死体のほうを向いた。

「この与太者よたもんに、縫いものと歯ものを諦めさせようとしてるんだよ、ほんとに非協力的だねえ、いやはや……」

 彼女は小さな子供を諭すように、指を振った。

「石みたいに頑固だねえ、そうだろう、マルタ?」

 彼女は口をとがらせた。

「ああ、ああ、そうだねえ……」

「縫いものと……歯もの? 何のことを話しているんだ?」

「縫いものを取って、歯ものを取って……ねえ、マルタ、手を貸してくれないかい……あたしはずっと、あんたを助けてるじゃないか、親友だろう……そんな風に言う必要なんてないよ……縫いものを取って、歯ものを取って、ああ。それと中の物ものも」

「臓器のことだとだと思うよ。臓器のことだと願うね」モーテが言った。

 マルタが繰り返した。

「物ものだよ」

 モーテがマルタを一瞥いちべつした。

「ああ、『物もの』ね」

 そして私のほうを向いた。

「意味論だ」

 私は彼女に尋ねた。

「マルタ、なぜ死体の歯と糸を抜き取っているんだ?」

「それがあたしがやってることだねえ、マルタ」

 彼女は頭をかいた。

「ああ、マルタ、あたしたちがしてること……縫いものの糸と歯ものは貴重なんだよ、ジャラジャラに変えられるからねえ。『おれらが運ぶ死体をはぎ取れ』あいつらがマルタに言ったんだよ。『歯ものと縫いものと、死体の中の物ものを取れ、まるっとはぎ取って、そしておれらがちりどもに売りにいく』」

 過去の人生の記憶の欠片を隠している想像上の壁の向こうから、奇怪な考えが浮かんだ。

「お前は死体の中にあるものを探しているんだな? 私の体の中から、何か見つけることはできるか?」

 マルタは目を細めて私を見た。

「ふむん」

 そして彼女はうなずいた。

「できるねえ、できるだろう、マルタ? ああ、あんたならできる」

 モーテが私に目を向けた。

「オレは見ないでおくよ」

「どこかねえ? どこかねえ……」

 マルタが私の体を調べ、切り開くのに最適な場所を探した。私には、予感があった。

「腸を調べてくれ……何かがそこに、引っかかっているかもしれない」

 私はテーブルに横たわり、マルタが錆びたナイフを構えた。彼女が腹部に切りこむと、突き刺すような痛みを感じた。そして彼女はのこぎりのような動きで容赦なく下へと切り進め、内臓を露出させた。その痛みにもかかわらず、私は彼女が鼻歌を歌いながら臓器を荒らす病的な魅力に、黙って見入っていた……

「あらまあ!」

 マルタが粘つく腸の塊を持ち上げると、激しい痛みが走った。血とその他の液体が流れ落ちる。

「これを見るんだよ、マルタ……これを……ああ、切ろうねえ、切ろうねえ……」

 マルタは腸の側面に手際よく小さな切れ目を作った。そして何か小さな金属が床を叩く、キンッという音が聞こえた。

 マルタはどろどろの塊を私の胴体の中に下ろし、しゃがんで拾い上げ……指輪のように見えるそれを、私に投げてよこした。

「きれいだねえ、きれいだねえ、マルタ?」

 彼女はうなずいた。

「ああ、マルタ、そんなもの、呑みこんじゃあだめだねえ……」

「あ—ありがとう……他に……何か……あったか?」

「何も、何もないだろう、マルタ? 他の場所を試すべきかねえ、マルタ?」

「や—いや、必要ない。他に質問がある……誰に頼まれて、死体の処理をしているんだ?」

「太った顔の貪欲豚のクイントと、松葉杖のよろよろ、よろよろの松葉杖の変なファロド、そうだろう、マルタ?」

 彼女は風変わりな笑みでうなずいた。

「ああ、そうだねえ、マルタ……」

「ファロドだと? 彼はどこに?」

 マルタは肩をすくめた。

「ファロドがどこかって、こいつ訊いたかい? あいつはここだよ、マルタ、そうだろう……?」

 彼女はうなずいた。

「ああ、ファロドはここだねえ、マルタ。ここの建物だ……」

 陰うつな仕事を続ける彼女を後にして、部屋を出た。ここはシギルの地下であるようだ。小さな村を構成するには十分な人々がいた。そしてすぐに、ここがそのままの呼び名であることを知った。〈埋ずもれた村〉だ。

 注意しながら村を歩き回った。そして唯一見張りがいる建物を見て、一人うなずいた。ファロドの隠れ家に違いない。

 見張りを無視し、大胆に立ち入った。内部はここで見たどの建物よりも大きいが、村の外と同じように、がらくたが散らばっていた。中にいるのは一人だけだ。私の目の前にいるのは、松葉杖にどっしりともたれかかっている初老の男。一度に二つの方向へ歩こうとして代償を支払ったかのように、左脚がねじれている。ゾンビのような皮膚が顔に重々しいひだを作り、肝斑かんぱんがまだらに広がっている。彼は部屋に視線を巡らせながら何かを口ごもり、唇で音を立てている。

 私は彼に声をかけた。

「あぁん?」

 私の声に、男の瞳が光った。

「このファロド様が腕を広げてたら、ジャラの手堅い収入源が、また飛びこんできやがった! 歓迎するぜ、死体さんよお」

 彼は邪悪な笑みを浮かべた。

「また〈葬儀場〉に、遠足しに行きてえのか?」

「ファロド、私は情報を求めて来たんだ。お前が私のことを知っていると聞いた」

「てめえのことを……?」

 ファロドの瞳の中の光が消えた。彼は私を探り、視線をぴくぴくと動かしながら短くつぶやいた。

「死体を……? いや? そうか?」

 そして私と視線を合わせた。

「ああ! いや……」

「よく見ろ……私のことを知らないか?」

 ファロドは揺るがない視線で私を調べた。

「これは無言劇の品評会じゃねえだろう、死体さんよお。遊んでる時間はねえ、ファロド様には無駄に輪を回してる時間はねえんだ……そんな質問をして、どういうつもりだ?」

 私はこのファロドという男を信用していない。嘘をつくことが最善の戦略だろう。しかし、この件は重要すぎる。彼が率直なうちに、率直に欲しいものを求めることにした。

「私は自分自身を忘れ、そしてお前を捜すよう言われたんだ。お前が私のことを知っているだろうと」

「へぇ……」

 ファロドは唇をなめ、乾いた羊皮紙が砂に落ちたかのような耳障りな音を立てた。

「それで、誰にそんなことを言われたんだ、死体さんよお?」

「まあ、正確には、誰かに言われたわけではない。私の背中にタトゥーがあって……自分のことを忘れたらお前を捜せと書いてあったんだ」

「おお……それだけで、ずいぶんなことが分かるぜ……」

 ファロドは黙りこんだ。そして私は不意に、〈葬儀場〉の死体置台スラブの上の死体のように、ファロドに解剖されているかのように感じた。

「てめえが知りてえことは、たくさん知ってるぜ。ああ、たくさんだ。確かに、たくさんだ……」

 ファロドはゆっくりと微笑んだ。顔の肉のひだが、カーテンのようにめくれ上がる。

「何を知っているんだ?」

 ファロドは唇をなめ、ハゲタカのように松葉杖に体を固定した。

「いやいや……タダとはいかねえな、その質問は」

 彼は青白い手で、松葉杖の端を叩いた。

「いろいろ教えられることはある。だが、それには対価が必要だ」

 ファロドは松葉杖で敷石を叩き、冷笑した。

「〈くず拾い街〉の下に埋まってんのは、この村だけじゃあねえんだ」

「小部屋、地下室、回廊……棺で眠る死者でいっぱいだ。その広間のどこかに、そのどこかに、紛れこんだもんがある。おれのもんが」

「それは何だ?」観念して尋ねた。

「小さなもんだ、ささいなもんだ、ちょっとしたもんだ……」

 ファロドが喋るうちに、その言葉が反響しはじめた。まるで二人の人間が話しているかのように……私はそれを、聞いたことがある……私自身の唇から。

 私は彼の言葉を引き継いだ。「……球体だ。青銅でできている。見苦しく、触ると卵のようで、腐ったカスタードの臭いがする。そうだろう?」

 ファロドはしばらく静まりかえり、 そしてうなずいた。

「そうだ……何を隠してやがるんだ、死体さんよお?」

 彼はクスクスと笑った。

「おれが欲しいもんを忘れてねえか、確かめにでも来たのか?」

「なぜ収集家に探させないんだ?」

「その回廊には、この村の死体はもう十分だからだ」

 ファロドが舌打ちした。

「強く、素早く、賢い……おれの村人にはねえ資質だ。下に行ったやつらは—帰ってこなかった」

 ファロドは私を横目で見た。

「死体どもも、お仲間は歓迎するんじゃねえか、なあ? それが、おれが考えてることだ」

「その球体は、どこにあるんだ?」

「はぁ……」

 ファロドのため息は、流れる砂のようだ。

「なんでてめえに探させようとしてると思ってんだ、死体さんよお? どこにあるかは知らねえ。知ってるのは、そいつが深くに、村人が行ったこともねえ深さに埋まってるってことだけだ」

 ファロドは舌を鳴らした。

「水が深く、深く流れる地下墓地カタコンベかもしれねえな……」

「いいだろう……探してみよう。だが、そのささいなもので何が買えるのか、知っておきたい」

「大量の知識が、この脳箱のうばこの中でカタカタ音を立ててんだ」

 彼はしなびた指をかざした。

「その一つが、この豆知識だ。誰もが何かを。それを知っていようといなかろうと。てめえについては、いろいろと知ってる……てめえがことを、いろいろな……」

「分かった」

 私は同意した。

「お前のためにその球体を探すことを、検討することにする……お前の知識と引き換えにな」

 罠にかかったように感じた。私について何か知っていたとしても、「ちょっとしたもの」を持ち帰ったときに彼がそれを話すかどうかは、祈るしかない。

「いいぞ、決まりだ、契約成立だ……」

 ファロドは松葉杖で敷石を鋭く突いた。

「おれの脳箱のうばこを覗くために、球体をひとつ。さあ、死体さんよお—無駄にしてる時間はねえぞ。南と東のゲートに行って、そこで居眠りしてる馬鹿どもに開けさせろ—急げ急げ」

 まだ質問がある。突然追い出そうとしてきたファロドは無視した。

「ファロドという名前の男の物語を、聞いたことがある。〈ぼろきれの王〉のことを」

 ファロドの左目が広がった。彼がそうしたのか、たまたま皮膚のひだがめくれたのかは分からないが。

「そうか? シギルは物語の山だろう。だがファロド様が含まれたもんは、耳に入れたくねえわけがねえな」

 彼は疑うふりをし、そしてニヤリと笑った。

「語り部にもなれるってか、死体さんよお?」

「奇妙な物語だ。地位と富とすべてを持つ男が、何も持っていないと気づく物語だ」

 ファロドの笑みが凍りつき、その瞳が奇妙にぎらつく光を帯びた。

「本当に、その物語を語りてえのか? てめえはその結末が、気に入らねえんじゃねえか、あぁん?」

 言外の脅しは無視した。

「男は嘘つきでペテン師で、自ら窮地に陥った。死が訪れたときに、恐ろしい場所へ行くだろうと気づいたのだ」

 ファロドの笑みが消え、彼は唇をなめた。それは……怯えているように見えた。

「彼はその運命を避けると決心した。抜け出す方法を、必死に探した。他人を騙したように、運命をも騙すのだ」

 何か不快なものを呑みこんだかのように、ファロドの顔がゆがんだ。

「彼は答えを見つけた……あるいは、答えを探すべき場所を。運命から逃れるために、シギルのごみの中を探すよう言われたのだ。そして今、ファロドは……おそらくお前は、この物語の終わりを語れるだろう」

 ファロドがうなり声を上げた。

「終わりなんかじゃねえッ! おれにとってはな!」

 私は彼の顔に血が上るのを見ていた。

「さあ、てめえのための物語があるぜ!」

 ファロドの指が私を指し、羊飼いの杖のように曲がった。

「死体が悪臭と約束をたずさえて、ファロドの宮廷にやって来て、ファロドが必要とするもんを見つけられると言いやがる。だが、そいつは約束を守るのか? 約束ってのは、簡単に破られるんだぜ、死体さんよお! 否定するか?! それならてめえは嘘をついたことになる、そんでおれは、そのせいで!」

「ファロド、私は球体を探す。そして見つけたら持ってくる。約束は破られてなどいない」

「他人の死につながる嘘ってのは、一番邪悪な行為だぜ……」

 ファロドは松葉杖を叩き、わずかにゼーゼーと息を切らす。

「約束は守るべきだぜ、死体さんよお、さもなきゃ粉屋の車輪みてえに、てめえをすり潰す」

 立ち去る前にファロドに答えて欲しい質問がもう一つあったが、すでに彼が何と答えるかは想像ができていた。

「お前は豊富な死体を見つけたと聞いた。どこから来たものなんだ?」

「魔道士が技巧の秘密を教えると思うか? それは収集家も変わらねえ……」

 ファロドは眉をひそめ、私を見定めた。

「だが、教えてやらねえこともねえ……口外しねえと約束するならな」

「聞いたことは、口外しない」ファロドがまだ生きているうちは、という条件は言わずに、そう誓った。彼の寿命は、長くはないだろう。

「いいだろう……」

 ファロドは松葉杖で敷石を叩き、冷笑した。

「〈くず拾い街〉の下に埋まってんのは、この村だけじゃあねえ」

「小部屋、地下室、回廊……」

 ファロドはかすかに微笑み、瞳を黄金のように光らせた。

「コールタールみてえに黒い場所に、むせび泣く石と貴重な死体があふれてんだ。みんな棺で眠ってる。眠ってる……」

「その死体は、一体どこから?」

 ファロドは私にいびつな視線を向けた。

「死体、死体……みんな死んでる。人生は短けえ、だが死は長く、長く続くんだ。大量の人、大量の死……」

 彼の視線が、私を通り過ぎた。

「そんな死体が、無益にちりどもの腕の中なんて、無駄すぎるだろう?」

 ファロドは貪欲に微笑んだ。

「〈葬儀場〉の門に向かった死体は、ぜんぶが炉にくべられるわけじゃねえんだ。ちりどもは、死体の一部を都市のはらわたに埋めてんだ。この村の下が……このすぐ近くが……そんな場所だ。おれは好機を逃すほど馬鹿じゃねえ……」

「お前は塵人ちりびとが安置した死体を地下墓地カタコンベから奪って売り、彼らはそれを再び買っているのか?」

 ファロドはうなずき、静かに笑った—その笑い声は、流砂のようだ。

「その地下墓地カタコンベは、ちりどものポケットと同じぐれえ深いのさ」

「そして、とある男の欲望と同じくらい深いんだな」

「ああ、そうだぜ……」

 ファロドがせせら笑う。

「そして何もねえときに頼りになんのは、いつだってそんな欲望だ。そうだろう?」

 私はまだ〈埋ずもれた村〉のやみを知らない。ファロドが私に関係ない話題に対して開放的なうちに、訊いてみることにした。

「まあ、ひとつ話があるぜ……」

 ファロドは再び唇をなめ、肩をすくめた。

「だがまあ実は、退屈な話だ。要するに? ある日〈蟲蔵むしぐら〉の一部がレンガに覆われて、シギルの欠片が死者帳ししゃちょうに記されたのさ」

「どういう意味だ?」

「〈貴婦人レディ〉に仕えてる浮く山羊頭のことは知ってんだろ? ダバスどもだ。まあ、どっちにしてもだ—やつらはいつでも、直して壊して、埋めて建ててんだ。ついてきてるか?」

 私はうなずき、彼は続けた。

「まあ、うたいによりゃあ……古いほこりっぽいうたいなんだが……ある日ダバスどもが〈蟲蔵むしぐら〉の一角をレンガで埋めて、そんで忘れちまったらしいぜ。そこには大量のごみが捨てられて、すぐに誰も、この場所を知りさえしなくなったんだ」

 ファロドは微笑んだ。

「ひでえ話だろ? シギルの一部が、完全に忘れ去られるなんてな」

「どうやって見つけたんだ?」

 ファロドは舌を鳴らした。

「おれにはまだ眼がある、まだ耳がある。その二つを組み合わせるセンスがありゃあ、どんなやみを暴くのだって、見かけほど難しいことじゃねえ」

 私にとって一番重要なこと以外の好奇心を満たし、ファロドを薄暗い部屋に残して立ち去った。マルタが小屋で眠らせてくれると知り、今夜は〈埋ずもれた村〉で過ごすことにした。ファロドの依頼は、明日から始めればいいだろう。死というのは、半日で治るようなものではないのだ。


前章 | 目次 | 原文 | 次章