プレーンスケープ トーメント 非公式小説

くず拾い街

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 私たちは宿の談話室を、ケンタウロスのような生き物であるバリアールと、フォークについてつぶやき続ける狂った男と共有しながら、夜を過ごした。

 次の日の早朝、〈くず拾い街〉へと向かった。ファロドの消息について何か見つかるはずだ。そこはがらくたの山と、すぐに崩れてがらくたの山になりそうな壊れた建物であふれた、惨めな場所だった。

 街区に入ると、汚らしいぼろぼろの褐色のローブをまとった人々がいることに気づいた。長いフードが顔の大部分を隠している。収集家の衣装であるようだ。私はその一人に近づいた。フードの下で目が細まり、彼は後ずさった。

「なんの用だ?」

「何をしている?」私は尋ねた。

「くそったれの死体を探してるのが、おれがしてることだが、死の神威かむいがドヤを引きはらって次元界を離れちまって、そんでみな健康なんだろうさ」

 突然、彼の瞳が輝いた。

「先月は梅毒がはやって輝かしいときだったぜ、あんときゃ……死体の臭いが天までとどいて、ジャラがたんまりだ」

「なぜ死体を探しているんだ?」

 彼は驚いたようだ。

「まあ、やっこさんを〈葬儀場〉に運べばな。そこでちりと話してな、ちょいとふっかけりゃ、少しばかしのジャラが手にはいる。塵人ちりびと、やつらが死体を集めてる……それが仕事なんだ。おれたちに金をはらって広い範囲をカバーして、死体を持ってこさせる。そんでやっこさんが正しい場所に行くか、火葬されるようにしてんだ。やつらは大まじめでな、やつらの泡々あわあわな哲学はな、だがおれにとっちゃあ、ジャラが増えるってだけだ」

 彼はウィンクした。

「ファロドという名前の男を捜している」

 彼の次の言葉は分かりきっていたため、訊かれる前に銅貨を何枚か投げた。彼は不意に目を細めた。

「ファロドか……やつがどうした?」

 ジャラを渡したにもかかわらず、彼はまだ躊躇しているようだった。

「急に警戒しだしたな……なぜだ?」

「けっ! ファロドめ」

 彼はつばを吐き、軽蔑の冷笑を浮かべた。

「〈くず拾い街〉はシェアグレイヴの—おれのボスの—テリトリーだ。ファロドとその犬どもはしばらく前にやってきて、おれたちを追いだそうとしやがった。もちろん追いかえした、それでやつらはいま、どこかに隠れてやがる。おれたちはまだときどき、この街区でやつらを捕まえようとしてる。たいてい〈葬儀場〉でとっととジャラに変えちまうな、ぶっし野郎の鹿馬かまどもは」

「シェアグレイヴについて教えてくれ」

「おれのボスだ……収集家みなに影を投げかけてる、あいつはな。あの男と話すいい理由がなけりゃ、近づいたりはしねえ……個人的に話すことは、まったくねえな」

「ファロドがどこにいるか、知っているか?」

「あのねずみ野郎がいねえ場所ならしってるぜ……収集家のドヤには、〈くず拾い街〉にはいねえが、どっかのうたいじゃあ、やつは近くにいやがるはずだ」

 ファロドよりも見つけやすいとすれば、シェアグレイヴは役に立つかもしれない。立ち去ろうとすると、声をかけられた。

「まあ、気をつけな、切者せっしゃ。道端であんたを見つけたら、死体は大切にあつかってやるぜ」

 イタチのような見た目の男が、ぼろを着た影のように、ごみの周りをこそこそとうろついている。私とモーテを目にすると、彼は手招きした。

「しゅしゅしゅ……ぉい! 頭蓋骨だ。その頭蓋骨どこでとった、なぁ? おれんだ、そいつは! 返しやがれ」

 モーテがこの蟲人むしびとのほうを向いた。

っ引けよ」

 私のほうは、この男に興味をひかれた。

「お前は?」

 彼は私を無視し、まだモーテを見つめていた。

「頭蓋骨はおれんだ、おれんだ、なぁ! 返しやがれ、盗んだことはゆるしてやる」

 彼はぶつぶつ言いながら、目を細めてにらみつけてくる。いらいらしはじめた私は、思い知らせてやることにした。

「ほら、頭蓋骨を受け取れ」まるで彼にチャンスがあるかのように装いながら、そう言った。

 彼は冷ややかに笑った。そしてモーテに手を伸ばすと、ガチッ!と音がして、手を引っこめて叫びはじめた。

「あががが! あがぁああ!!! 殺してやる! 殺すッ!」

 モーテは男の指を、悪趣味なたばこのようにくわえている。そしてそのまま喋った。

「もう一度触ってみろ、今度は手ごといただくぜ、与太よため」

「モーテ! 彼に指を返してやれ」

 モーテは男に指を吐きつけた。それは彼の胸に当たって跳ね返り、地面に落ちた。これ以上ここで時間を無駄にする必要はないだろう。

「手痛い教訓を学んだな。さようなら」

 男は痛みに唇を噛みながら私をにらみ、突然襲いかかってきた! しかしモーテと私の相手にはならず、ナイフを腹部に受けてすぐに崩れ落ちた。会話中は黙って見ていたダッコンは、私の守りに加わっていた。

 ダッコンが私の行動をどう思ったか訊こうとしたが……よしとしないのではないかと不安になった。私は彼の存在に影響を受けている。このことは、後で考えるべきだろう。

 もう一人の男が戦いを見ていた。彼は愉快そうに口笛を吹き、よく手入れされた戦闘用ナイフをもてあそんでいる。私が近づくと彼は口笛を止め、興味深げな視線を向けてきた。

「あん? なんだ?」彼は続けた。「オレはラットボーンだ、切者せっしゃ。この街区の収集家のボスのシェアグレイヴの、雇われの盗賊だ。彼の仲間どもに、黙ってる方法とトラブったときの戦い方を教えてる。てめえが訊きてえのは、そんなところだろ、切者せっしゃ

 彼は鼻をならし、肩をすくめた。

「そのシェアグレイヴとやらはどこに?」

 彼はそばの荒れ果てた大きな家をあごで指した。

「だが気をつけろ、切者せっしゃ。彼は客を好かねえ。誰のことも、しっかり疑うヤツだ。シェアグレイヴだって本名じゃねえ……ただオレや他のヤツらが、そう呼んでるだけだ」

「ファロドという名前の男を捜している。どこにいるか知らないか?」

 ラットボーンは頭を横に振った。

「いや、知らん。だが近くにいると聞いたな。ヤツの手下がたまに来やがる。誰も知らねえ場所に、隠れ家があんだろう。どうせ、そこの高台のどっかだろうが、オレには関係ねえ」

 彼は肩をすくめ、地面につばを吐いた。

「自分も生き、他人も生かせ、だ」

 さらに何か言いそうだったので少し待っていたが、彼は黙ったままだった。彼のボスを訪ね、話をしたほうがよさそうだ。

 家の主室に入ると、三人の男がいた。汚いローブを着た二人は、明らかに下級の収集家だ。もう一人は違う。この背が高くて青白い残忍そうな男からは、そのひょろ長くていくぶん不格好な骨格にもかかわらず、権威が染み出ている。左耳の大部分は失われていて、切られたのではなく噛みちぎられたかのように、ぼろぼろの傷痕だけが残っている。キョロキョロと動くその細い目は—ほとんど線のようで—抜け目がないように……そして危険そうに見える。シェアグレイヴに違いない。私は彼にあいさつした。彼は返事を吐き捨てた。

「君のことは知らないな、与太者よたもの

 彼は私をにらみつけた。

「何の用だ? すぐに答えろ、私が人を呼んで、君を手早く始末させる前にな」

 彼は愚か者には容赦しないだろうと感づいた。そして昨日の私は、十分に愚かなことをした。私は単刀直入に言った。

「ファロドという名前の男を捜している」

 部屋の緊張が、一気に高まった。

「さて、おかしなことを訊くものだな。老いたブラッドのファロドのことを知って、どうするつもりだ?」

 私はファロドと親しいと思われようとするほど馬鹿ではない。

「彼は私の持ち物を持っている。それを取り返したい」

 男はしばらく黙り、そして笑みを浮かべた。

「奴は私たち全員から盗んでいるだろう? 生者だろうと、死者だろうとな」

 彼はクスクスと笑った。

「どういう意味だ?」

「ここらで私たちの主な、生活の糧は……死者だ。それは分かっているな?」

「お前たちは収集家だ」

「ああ、その通り」

 彼は何かを考えるように、私を見つめた。

「さて、いつでも死屍しにかばねの数は限られている。私やブラッドたちが集められる量は一定だ。もし他の誰かが死屍しにかばねを集めれば、それだけ私たちのポケットに入るジャラが減ることになる」

「ファロドも死体を集めているんだな?」

「ああ。厄介なことに、奴は大鉱脈を見つけた。さて、私はシギルで大虐殺が起きたなど、聞いたことがない」

 彼は眉をひそめ、あごを指で軽く叩いた。

「その死屍しにかばねがどこから来るのか、私はとても興味があるのだが」

「もしよければ、私が見つけ出そう」

「おお、そうか? しかしどうやって?」

「彼を見つけるだけだ。他のことは、任せてくれ」

 ファロドを見つけたとき、いつどのようにこの約束を果たすのか、決めるのは私になるだろうことは黙っておいた。

「ふーむ。ふん、いいだろう。手間賃として、共通銅貨100枚も支払おう。高台に登って北と西に進めば、ファロドの隠れ家に続くゲートにたどり着く。そこで情報を手に入れるのがお前の役目だ。そして誰に訊かれても、君は私のことを知らない。この会話はなかった。いいな?」

 不機嫌そうなシェアグレイヴはそのままにして立ち去った。どうやってファロドのところにたどり着くのか、まだはっきりした考えはない。説明されたエリアを調べたほうがよさそうだが、私はまだ話を聞けそうな者たちに目を光らせていた。

 街区の収集家は無視した。彼らのボス以上に何かを知っているとは思えない。しかしながら、前方に木のあばら屋が見えた。他の木の構造物のようにぼろぼろではない。中に誰がいるのか、確かめてみることにした。

 一人の居住者がいた。すべての色が抜け落ちたかのように見える年老いた女性が、うずくまっている—髪の毛から肩掛けからローブまで—すべてが灰色だった。唯一の色むらは、茎をベルトに結わえつけられた奇妙なハーブだ。彼女が動くと、そのハーブがほうきのように、カサカサと奇妙な音を立てた。

 老婆が私のほうを向き……そして私は、彼女の体を包む灰色が、その相貌にまで及んでいることに気づいた。髪は細い白髪で、瞳は花崗岩の欠片のようだ。私を見た彼女は、眉をひそめた。

「それで何者だね、んんん?」

 名前がないことに再び気おくれした私は、万能な嘘を頼った。

「名前はアザーンだ。お前は?」

 彼女はひょうきんに甲高く笑い、眉毛を上下させた。

「じゃあ、街区の産婆、老いぼれメベスのことを聞いたことがないのかい? 今まで?」

 彼女は目を細め、ささやいた。

「まあ、もう知ったろう、あたしがメベスだってね」

「産婆? 何をするんだ?」

「整骨をしたり、病人のたんを吐き出させたり、キーキーわめく赤ん坊を引っこ抜いたり、外套がいとうやぼろ切れを繕ったり、治療をしたり、ハーブを作ったり、そんなところさ」

 彼女は目を細め、私の傷を検分した。

「それで、治療か何かが必要なのかい? ああ、あんたは見たところ、治療が必要だねえ。何か買うかい……?」

 彼女は私の体を覆う傷を再び見つめ、肩をすくめた。

「傷についちゃあ、訊くのが遅すぎたみたいだけどねえ」

「ファロドという名前の者を知っているか?」

「ファロドだって?! あの—あんの—ペェッ!」

 私はメベスが一度……二度……三度つばを吐き、続いて心臓の前で半円を描くのを見ていた。

「あんの詐欺師のクソ野郎! あんなやつに、何の用だって?」

「彼を見つける必要がある。どこにいるか知っているか?」

「あいつは〈くず拾い街〉のいない。あたしが言えるのはそれだけだ……あのクソったれの蜘蛛のドヤにたどり着くには、街区の行く方法を見つける必要があるんだ」

 彼女は再びつばを吐いた。

「あいつのことを喋るだけでも、いやな味がするよ」

「この街区の下にいるのか?」

 彼女は指で床を突いた。

「ああ、このごみ山の下に埋まってる、あいつとそのガキどもはね。あいつを巣から掘り起こすのは、大変だろうさ」

 彼女は頭を振った。

「ほっとくことさね」

「彼を見つける必要があるんだ。どうすればそこに降りられる?」

 メベスは眉をひそめ、ため息をついた。

「聞きな、ファロドはこの街区のどっかに、巣につながるゲートを持ってる……そいつを見つけりゃいい。老いぼれメベスよりも、旅慣れた誰かに尋ねるべきだろうねえ」

 私はメベスに興味をひかれた。彼女の体が、かすかに輝いているように思えたのだ。そしてその意味を知らなければならないと感じた。さらに、それはかつての私にできたことであり—再びしなければならないことだと感じた。意識的に思い出せない記憶に手を伸ばすため、精神を空っぽにしようとした。驚いたことに、それは上手くいった。闇の中から、一つの疑問が浮かび上がったのだ。

「お前は魔女なのか、メベス?」

 メベスは私をじっと見つめた。

「あたしが何なのか、何じゃないのかは何も言わないけど、そんな馬鹿なことを知りたくて老婆を追い回してるのかい? たわいない些細なゴシップのために、吠え回って嗅ぎ回ってるって?」

 もちろん、私が望んでいるのはそれだ—魔法だ。

「魔法について学びたい。教えてくれないか?」

 メベスは笑った。

「ペェッ! あたしは教師じゃない、あのどでかい〈催事場〉のやつらみたいに、教える気まんまんの女教師じゃあない! そのやみをもらすようなやつは、他のどっかにいるはずさ……あんたは老いぼれメベスと、時間を無駄にしてるだけだよ」

「そうは思わない。お前には、教えられることが多くあると思う」

 メベスは私をじっと見つめた。

「へぇ? 何でそんなことを学びたいんだい?」

「私が誰なのかという謎を解くために、必要になるかもしれないからだ」

 しばらくして、メベスはうなずいた。

「秘技は助けになるかもしれないし、ならないかもしれない。そしてあんたは、すべての問題を解決するために、それに頼っちゃあいけない」

 彼女はため息をついた。

「それはだいたい、あんたの疑問の山に、もう一つ欠片を加えるだけなんだよ……」

「分かった。教えてくれるか?」

「ペェッ!」

 メベスは頭を振った。

「魔法を作るより、歌を作るべきなんだ。歌のほうが美しいからね。魔法はどんよりとしてて、ありふれてて、群衆に踏みつけられて汚れたもんだ……ふぅぅむむむ」

 彼女は私を横目で見た。

「教えてやるよ……でもその前に、してもらうことがある。いいね?」

 メベスはそれ以上教える前に、様々な仕事を課した。私はファロドの捜索はいったん忘れ、熱心に仕事をこなした。それらの退屈な仕事は、秘技を学ぶ者の献身を試しているのではないかと思えた。

 私はこの日の残りを〈蟲蔵むしぐら〉で、特にメベスと市場のあいだを走り回って過ごした。最後のお使いは、棘のある植物でできた額縁、のりが効き過ぎたぼろきれ、魚墨の容器を調達することだった。すべてが終わると、彼女は私に話した。

「よくやったねえ。すべてやりきった。さて、もう一度訊くよ。今でもまだ、秘技を学びたいかい?」

「ああ。結局のところ、私の根気を試していたんだろう?」

 メベスは微笑み、うなずいた。

「ああ……そうかもしれないねえ」

「そして、それだけじゃない。それぞれのお使いをこなすために、誰に会わなければならないか、知っていたんだろう?」

 メベスは再び、今度はゆっくりと、うなずいた。

「そうかもしれないねえ……もしそうだとして、彼らをどう感じたんだい?」

 私はお使いで話した者たちから学んだことを省みた。

「モーンズ゠フォー゠ツリーズは、信念が周囲の世界に影響を与えることを示した。ギスコールは、儀式の意図を無視すれば、徒労に終わることになると教えてくれた。メイラムは、私がどれだけ知っていると思っていても、相手の目から学ぶことは沢山あると教えてくれた」

 メベスはしばらく沈黙していた。それからゆっくりと私のところまで歩き、頬に触れた。

「ああ、おまえ……」

 彼女はため息をついた。

「おまえはいつの日か、卓越したソーサラーになるだろう。おまえはそれを知ってる、それでも……助けを求めて老いぼれメベスのところに来た。そんなやつに、産婆が何を教えられる?」

「沢山のことをだ、メベス。お前が教えられることを、すべて学びたい」

「なら、おまえはその道を行くんだね……」

 メベスは間を置いた。

「ええと、まず最初に、秘技の才覚だけじゃあ不十分なんだよ。秘技を集中させるための手段、ふつうは〈呪文〉が必要だ。呪文はたいてい本に書かれる。だから秘技では、呪文を唱える前に呪文書みたいなものが必要になる。おまえ、文字は読めるかい?」

「ああ」

 〈葬儀場〉では、碑銘を問題なく読めていた。

「ならテストしよう、これが読めるかい?」

 メベスはぼろぼろの小さなカードを取り出した……それはレシピのように見えた。

 私はそれを調べた。レシピに書かれた記号が目の前で泳ぎ、読もうとすると焦点の外へとうねる。私はほとんど本能的に目の力を緩め、ページ全体を一気に読み取ろうとした……すると記号が一斉ににじみ、材料と分量の一覧となった……これは、下級の占術のようだ。

「これは下級の占術か? この呪文は、アイテムの“本質”を見ることができるもののようだ……エンチャントされたものなのか、確認するための」

 メベスが目を見開いた。

「老いぼれメベスを試すなんて何者だい?! おまえ、フィーンドなのかね?」

「いや……まあ、私が知る限りでは。どうしたんだ?」

「まあ……予想外だったんだ……」

 彼女はレシピをあごで指し、私の手から引っこ抜いた。

「おまえが見たもんは、秘技の言語で書かれてる。まだ魔術の使い手じゃないなら、ごたまぜの渦巻きにしか見えないはずなんだよ」

 彼女は指を鳴らした。

「でも明白に、おまえはすぐにその意味を理解した。どういうことか、老いぼれメベスに教えてくれるかい?」

「かつて知っていて、忘れてしまったんだと思う……その記号を見て、記憶が刺激されたんだろう」

「それか、生まれ持った才能か……いずれにしても、いずれにしてもね、おまえが学ぶ時間は、ずいぶんと短縮されたよ」

 メベスは重々しく咳払いをした。

「そしてあたしは、ここらで雑用をしてくれる者を探してたんだ……」

「何か助けが必要なら言ってくれ……教えてくれる代わりに、それくらいはしよう」

 私はよく考えずに口走ったことを呪った。自分がメベスになぜこれほど好意的なのか分からないが、ここで時間を無駄にする余裕はない。幸運にも、彼女の返答で私の懸念は和らいだ。

「いいや、そのことは心配ないよ……」

 彼女は顔をしかめた。

「ええと、おまえは呪文が読める。でも本に記さなきゃ、役には立たないんだ……」

「本はあるか?」

 メベスは小屋の周りを一瞥いちべつし、私が作った黒い棘のある額縁を見つけた。そして注意深く拾い上げ、調べた。

「これさ」

「それが? ただの額縁だろう」

「ああ。でもそれは、おまえも同じなんだよ……」

 彼女は額縁を持ったまま、私がギスコールから手に入れた、のりの効いたぼろきれを手に取った。そしてぐいと引っ張り、緑がかったのりの薄膜をはぎ取った。それははかない布のように、空中でたなびいた。

「ギスコールが洗濯で使う何かは、普通のぼろきれを固めて伸ばして石打ちするよりいいんだよ。羊皮紙なんて、買えないからねえ……」

 彼女はのりの薄膜を黒い棘の額縁にかぶせ、ぼろきれの縁を額に引っかけ、黒く緑がかった小さなキャンバスのようなものを作った。

「何かが足りていないな……」

「ここに書く必要があるのさ……」

 彼女は私が渡した墨の容器を持ち、近くに置いた。そして指の爪を浸し、引き抜いて、ぶつぶつと独り言を言った。独り言を続けながら、額縁に記号を一つ一つ描いていく。メベスが顔を上げるまで、しばらく時間がかかった。

「ぜんぶ終わったよ」

 彼女はインクで染まった爪をローブで拭きながら、立ち上がった。そして頭を傾け、その奇妙な額縁を眺めた。

「おまえの呪文書のためのページさ」

 そして彼女は、それを受け取るよう言った。

 私は呪文書の用途を知っていることに気づいた。手に入れた巻物から呪文を写し、記憶することで、自分の制御下の魔法の力によって呪文を唱えることができるのだ。魔法の力の知識が広がるのを感じた。他の者なら習得に何年もかかるようなものを、一日で学ぶことができると分かる。そして私にはもう彼女の助けが必要ないことを、メベスは知っていたようだ。

「大丈夫そうだね—これ以上ここにとどまるんじゃないよ。おまえみたいなやつには、老いぼれメベスのところに入り浸るよりも、いい時間の使い方があるはずさ」

「お前はそんなに老いていないだろう」

「ペェッ、お世辞はやめな! バーテズゥも恥ずかしくなるほど、銀メッキされた舌だね! さっさと出てけ!」

「いろいろとありがとう、メベス」

「ペェッ! 感謝されるとすりゃあ、くさあなのふりをしなかったことくらいだろうさ。たくさんの馬鹿どもが、摂理に反した方法で秘技を曲げようとして、地獄に落ちたんだ。さあ、あっちへ行け!」

 ファロドの隠れ家の入り口を調べるには、まだ十分に早い時間だった。私は説明された方向へと続く木製の歩道を見つけ、腐りすぎた板を注意深く避けながら、たどっていった。

 舗装路はアーチの中で途切れていた。その中は堅牢なごみの壁で閉ざされ、ほんのわずかしか進めない。ごみはあまりにも堅く詰めこまれ、石やモルタルも同然だ。モーテが何かを見つめていた。

「ちょっと、大将……これを見てみな」

 視線を下に向けると、数多くの汚い足跡がアーチの中へと向かい……そして引き返していないことに気づいた。

「ここにポータルか何かがあるに違いないよ」

「ポータル? どうやって開けばいいんだ?」

「さあね。でもすべての足跡が通り抜けてるのを見るに—きっと共通の鍵があるんだ! ここらのろくでなしの誰かが、知ってるんじゃないかな……」

「なら、聞き回ってみるか。行こう」

 私はラットボーンが何か言おうとしていたことを思い出し、彼のところに戻って質問した。

「ここの北西にある、ごみの詰まったアーチを通り抜ける方法を知っているか?」

「は? 知らんな。いや、待て……ネズミ捕りのクリーデンに訊いてみろ。アイツはそこらをうろついて、たまにしばらくいなくなりやがる。クリーデンはいつもは、〈蟲蔵むしぐら〉の害獣と病害対策事務所のすぐ外にいる」

 彼に礼を言い、〈蟲蔵むしぐら〉の市場の近くの、前にクリーデンに会った場所に急いで戻った。彼はまだそこで「ネズミちゃん」を売っていた。〈くず拾い街〉のアーチについて尋ねると、彼はしばらく考えこんだ。

「ああ、何のことかは分かりますぜ。ナールズって名前の女がいて、昔ネズミを探してるときに、そこを通り抜けるのを見たことがあるんだ。でも、どうやってかは知らねえ。彼女はここから北西の木材の山のあたりで、くぎか何かを探してるはずでさあ」

 〈蟲蔵むしぐら〉の住民に対する聞き込みが報われたようだ。彼女の居場所はよく知っている。私はクリーデンに感謝し、彼女を捜しに向かった。彼女もまた以前と同じ場所で、古い木材からくぎを引き抜いていた。アーチについて尋ねると、彼女はゆっくりとうなずいた。

「そいつはポータルだ。偶然見つけたのさ……必要なのは、一握りのがらくたを持ってることだけ。それで通り抜けられる。ポータルの先には小さな空間と、地下に続く入り口があった。でも厄介ごとなんてゴメンだから、すぐに引き返したよ。ほら……」

 彼女は一握りのがらくたを渡してくれた。

「よかったら使いな。どうせ捨てるつもりだったんだ」

 彼女に礼を言い、かなり遅い時間だったため、昨晩と同じ宿に向かった。


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