プレーンスケープ トーメント 非公式小説

迷路

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 不安ながらも廃墟はいきょを離れた。そして一歩踏み出し……どこか別の場所にいることに気づいた。独りだ。周囲は完全に変わっている。同心円状の石の上に立っている。それぞれの輪は離れていて、不規則な間隔の石の橋によってつながっている。輪それ自体にも隙間がある。

 石のあいだを見下ろすと、見えるのは灰色の無だけだ。そして輪の数も限られている。外側の輪の向こうも灰色の無だ。まるで私が今いる空間の大きさに、限りがあるかのように。一番外側の輪に沿って、アーチが規則正しく並んでいる。それぞれのアーチにはポータルがあることが、すぐに分かった。しかしポータルは輪を渡るだけで、外につながるものはなさそうだ。

 この検証のさなかに、石がむき出しになっておらず、ゴミが積まれている場所があることに気づいた。近づいて調べてみると、誰かがここで野営をしていたことが分かった。その野営地で、興味深いものを見つけた。

 それはある種の日記のようだった。乾いたヒューマンの皮膚が骨組みに張り合わされ、奇妙なことにその皮膚はつなぎ目で癒着し、間に合わせの本の背表紙になっている。骨組みの中に固定された皮膚のページに対して、外側の皮膚がカバーになっているようだ。

 外側の皮膚には、いくつもの記号が血によって書かれていたが、理解することはできなかった。何らかの文のようだが、逆さまに書かれていたり、右から左に書かれていたり、奇妙な角度で書かれていたりで、私の目を惑わせた。

 表紙の文はぞんざいだが、骨組みの作りは極めて複雑だと認めなければならない。それぞれの骨が噛みあうように削られている。骨組みの留め具を外すことで、本を開いて読むことができるようだ。

 骨組みの留め具は、小気味よい音を立てて外れた。本を開き、ページを調べた……それは外側のカバーと同じように、奇妙な記号で覆われている。意味は理解できなさそうだ。

 どれだけ頑張っても、記号の意味は分からない。私は絶望し、日記は捨てることにした。留め具を固定していると、突然奇妙な考えに襲われた—内部のページは、意味があるものではないのではないか。私が……その当時に私が誰であったとしても……この日記の骨組みのどこか他の場所に隠した本当の中身を他人に読ませないために、記号を書きこんだのではないか。

 骨組みのふちを調べ、一つの骨の端のまわりに細い割れ目があることに気づいた。手で骨組みを押さえ、その骨をねじり取ると、空洞があらわになった。その中に、小さく丸められた皮膚の切れ端があった。

 読むのは難しかったが、その大半を理解できた。

た囚わ〉のが成された奴の視線はた……、絞めて殺してを止め……はあるあの奴に笑いをくれてやる……』

『……アーチの道だ、あのが、が逃げ道、ひとつずつ通り抜けだけでは駄目だ、おそらく—おそらくひとつ通り抜け、同じポータルに引き返すべきだ……』

 書きこみは、次第に解読できない殴り書きに変わっていく。何らかの理由から、これが最後の書きこみだと感じた……この迷路で死んだにせよ、どうにか脱出したにせよ。

 外周のアーチのポータルの一つに入り、他のポータルに入らずに同じポータルに戻ると、以前は到達できなかったアーチに転送されることを発見した。そしてそのアーチから、〈蟲蔵むしぐら〉の元の場所に戻ることができた。エオラの門弟がどこに消えたのか、真相が分かったようだ。

 私はモーテに、何が起きたのかを手短に説明した。私たちは〈危険なおきの裏通り〉の反対側へ向かった。私の認識が正しければ、〈葬儀場〉からそう離れてはいないはずだ。〈蟲蔵むしぐら〉の探索を続け、まだ訪れていない区画へと向かった。

 前方から吠え声が聞こえた。どんな奇妙な動物が、こんな音を出したのだ? それは狂おしい目つきの男だった。彼は背中を丸め、歯をむき出しにして低いうなり声を上げている。何年も髪の手入れをしていないように見える……髪が長すぎて、目を覆っているのだ。長く糸を引く口髭くちひげには脂と汗がこびりつき、その先端が垂れ下がりすぎて、ぼろぼろのあごひげと絡み合っている。

 私は彼にあいさつした。男は目を覆っている髪のカーテンを手で分けた。しなびた手で汚い頭髪を広げると、奇妙な暗赤色の虫が髪から落ちて敷石に散らばった。髪の外套がいとうの下の肉体はぼんやりと青白く、しわが寄っている。彼は私を見つめ、その厚い毛むくじゃらの眉毛が「V」の形になった。

「手を、オレの取って、連れてって月くれねえか、にいいい?」

 苦労したが、彼の言うことが分かったように思う。

「『お前の手を取り、月に連れて行け』と? また今度な」

 男は眉をひそめた。しかしその眉毛は「V」をひっくり返した形で、妙な表情を形作っている。彼がどうやってそんな表情を実現しているのかは分からないが、その表情筋が新たなパターンに変化するのを見るのは心地が悪かった。私には彼が怒っているのか、興味深げなのか、その両方なのか、どちらでもないのか、分からなかった。

「いちでのキススで男分かる、答ええのほぐが女心いい」

「『一度のキスで、女心は分かる。だがお前は、男の答えのほうがいい』のか? 結構だが、これを知ってくれ。私の答えは質問だ。そして私の望みは、お前の答えだ」

 この男は私の声に心を奪われたようだ。私が一言発するたびに、その瞳の中で光がまたたいた。

「バーキング・ワイルダーはオレ、オレは! タイ、訊きタイ、はオマエ、オマエは?」

 私はこの男の言葉に慣れはじめていた。

「そうだな、そうしよう。お前は……誰だ? ……もしくは何だ?」

「ケイ、オシュ!」彼は発音しにくい言葉を言うかのように、口ごもりながらそう答えた。

「カオステクトと言うヤツも、オレはト、クテ、スオ、カ。みだれびと。びと、違う。ビト、違う。びと、そうだ、三度違えば正しクナル」

 彼は膝をついて背中を丸め、前後に揺れながら、子供のようなソプラノで歌った。

「ミダレビト~、ミダレビト~、イエまでスキップ、それはトウバツ~、でもオレたちはヒトリ~」

 失うものは何もないだろう。私は別の質問をした。

「日記を探している。どこで見つかるか知らないか?」

 彼は眉をひそめ、目を細め、そして開き、それを繰り返した。次に喋った時、彼の声は安定し、真っ直ぐだった……まったく別の正気な人物が話しているかのように。それは不気味でしかなかった。

「一つならず失われ、お前は一つならず見つけるだろう。各々のお前が一つ持っていた。ゆえにお前は、一つならず見つけるだろう」

 彼は自分自身に驚いたかのように目をぱちくりし、しばらく頭を振っていた。そして不安そうにクスクスと笑う。私は彼に、その一つがどこで見つかるか尋ねた。彼は抗議しようとしたかに見えたが、突然左手がこめかみをぴしゃりと叩いた。彼はそれに呼応してわめいたが、不意に固まり、まばたきをした。

「一つは感覚者かんかくしゃの館の、お前の客室の戸棚の中に。一つは石がむせぶ、町の地下深くに封じられた墓の壁に。他のものは……」

 言い終わる前に、右手がその顔面を殴り、彼は再び悲痛な声を出した。彼は自分自身に驚いたかのように目をぱちくりし、しばらく頭を振り、そして不安そうにクスクスと笑った。

 彼が明晰めいせきだったのはそれが最後だった。どれだけ質問しても、それ以上の答えは得られなかった。それどころか、日記について話したことさえ覚えていないようだった。

 この日の残りを無意味な会話に費やすことはないと判断し、立ち去った。モーテがバーキング・ワイルダーについてコメントした。

「まあ、枝が折れすぎた木みたいなヤツだったね」

 モーテは目を回した。

「カオステクトと話したって意味はないよ、大将。ヤツらは泡々あわあわな一味なんだ」

 そのカオステクトについて詳しく話すよう求めた。

「どんなルールもない〈党閥とうばつ〉なんだ……一つの考えを長く頭に残すなってこと以外はね。〈乱人みだれびと〉って呼ばれることもある。説明の必要はないだろ。ヤツらはハエみたいなメンバーを引きつけるみたいだ……えっと、狂ってたり、じゅうぶん無秩序なメンバーをね。採用担当がいるのか知らないけど……ヤツらについて確かに言えることは、なんにもないよ」


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