気づけば〈
「やぁ、あんさん、何か買うかね……」
彼女は私のことを判別しようと、少しのあいだ目を細めた。
「おやおや! いつもの客だと思っとったが。ふぅ~む……」
そして唇を固く結び、私の肩の向こうを見つめた。
私は振り返り、彼女が何を見ているのか確認しようとした。背後に興味をひくものは何もない。向き直ると、彼女は私を見ていた……そして素早く目をそらし、再び遠くを見つめはじめた。
「何だ? 私に見覚えがあるのか?」
「まったく知らん!」
彼女は少しのあいだ固まった。
「いや……知っとるな。あれは……あんさんか、まったく似た男じゃったと思う。遠い昔のことじゃった」
「話してくれ……」
「まあ、あんさん、見ての通り……わしは目がよくないんじゃ。それは当時も変わらん。じゃが、あんさんが何人か引き連れて歩いとるのを、見たように思う。遠い昔のことで、あんさんは急いで歩いとったな。ああ、思い出した、その堂々とした姿を……女性が追いかけて、あんさんを止めようとしとった。振り返らせて、話そうと……じゃが、あんさんは彼女を押しのけよった」
「美しい女性じゃった……とても悲しそうで、同時にとても怒っておった。しばらくそこに立ち尽くして、そんで急いで追いかけた。少なくとも二人の男が、あんさんと一緒におったのう……はっきり思い出せるのは、一人だけじゃが。やせて背が高かった。グビの臭いを漂わせておった。道の反対側からでも臭うほどじゃ。何年も風呂に入っとらんように見えたのう。彼はあんさんの近くで黙っとったな。まるで女性などそこにおらんかのように。彼女があんさんを止めようと彼にぶつかった時でさえのう。わしが思い出せるのは、それだけじゃ」
また過去の出来事か。銅貨を何枚か渡し、歩き去った。そしてこの出来事につながる記憶を引っ張り出そうとしてみたが、無駄だった。
行く手の市場区画は瓦礫であふれていた。道に横たわる巨大な角材のあいだを、肩幅の広い女性が足を引きずりながら歩いている。角材を鉄の靴で蹴り、ときおり腰を曲げて板から
「そこで止まりな、
「お前は?」
彼女はスリングバッグから
「アイアン・ナールズって呼ばれてる」
彼女が鞄に
「ハムリスって名前の男に売ってんだ。下層区の棺職人さ」
「その下層区はどこにある?」
「あ~……前までは知ってたんだが、ダバスがまた道を変えちまってな。今は行き方が分からない——新しい道の地図を描く必要があるな——だがまあ、ダバスがそのうちなんとかするはずだ」
以前も聞いたその用語について、知りたくなった。
「ダバス?」
「ああ、ダバスだ——〈
彼女は困惑して私を見た。
「シギルは初めてなのか? あいつらは町じゅうで働いてる。〈
「この木材は、あちこちからやって来る。時々ダバスが建材を落とすから、他のやつらが取り去る前にあたしが使うのさ。やつらが造ったり壊したりした、建物や壁の瓦礫だろうな」
ダバス——この都市に関する仕事を行っているところを何度か目撃した、不可思議な浮遊生物の名前を知ることができた。この時、私は悪臭に気づいた。先に進むと下水道のような臭いが強くなり、すでに私が〈
一人の男が、虫のような奇妙な眼で私を見ていた。彼の眼は巨大だった……巨大すぎて眼孔から飛び出し、石畳を転がってしまいそうだ。私が近づくと彼は熱心にうなずき、鳥のように頭を上下させた……そして私は不意に、彼を取り囲む尿と糞便の臭いに気づいた。男は鼻をすすり、袖で鼻をふき、口を開いて黒く腐った歯肉をあらわにした。
「コインで小話はどうだ?」
彼の息は悪臭だ。口の中に腐った肉をたくわえているかのような臭いだ。
「コインで小話はどうだ?」
「お前は誰だ?」
男は鼻を、大量の粘液をすすった。
「名前、名前……お前は誰だ、お前は誰だ……」繰り返すごとに、頭がピクリと動く。「名前……危険、危険」
彼は地面を
「名前を知ること、行き詰まること、どちらも酷いトラブルだ」
そして再び私を見た。
「私の名前は呼び名、求められたものではない。
私は彼の悪臭の息と、彼を取り囲む尿と糞便の臭いに、再び気を取られた。
「呼び名、呼び名」
「あー……ふさわしい名前だな」
「本当の名前ではない、本当の名前ではない」
リークウィンドは口ごもり続けた。彼が「名前」と言うごとに、その頭がピクリと動く。
「本当の名前は危険なもの、他人に力を与えるもの」
そして巨大な眼で私を見つめ、指を振った。
「名前は秘密に、閉じて隠して、外に出すな」
「名前は臭いのように……跡をたどることができる」
リークウィンドが咳をした。それによって、眼球が頭蓋骨から飛び出そうになった。咳によって内臓がゆるんだようで、彼は大きなおならをした。その主張を、強調するかのように。
「誰かが本当の名前を知れば、それが彼らの力になる」彼は唇をなめた。「傷つける力になる」
「私は、自分の本当の名前を知らない」
リークウィンドが目を見開いた。さらに眼球が膨らみ、私は不安になった。
「ならお前は恵まれている、恵まれている。名なしのままで、お前はこの次元界で霊のように、突き止められず、追跡されず、見えず、見つからない」
そして歯肉を舌なめずりした。
「選ばれた名前、与えられた名前……それにより、他者に見つかり傷つけられる」
「傷つけられたことがあるのか?」
リークウィンドはピクピクとうなずき、体を引っかいた。
「口を滑らせて、名前を一度、一度、一度だけ、一度だけ」
彼はその記憶が苦痛であるかのように目を曇らせ、そして不安そうに私を見た。
「お前に物語を語れる、物語を語ろう。しかし銅貨が三枚必要だ」
銅貨という言葉を口にする時に、彼の顔が笑顔になり、悪臭の息がハンマーのように私を殴った。
リークウィンドにジャラを渡した。彼は位置につき、左を見て、右を見て、私を見た。そして歯を食いしばり、ぶつぶつ言いながら再びおならをした。その臭いに私は倒れそうになったが、彼は目もくれない。
「呪われた、この私! この地区を堂々と歩む……」
彼は鼻高々に背を伸ばした。前へ後ろへ練り歩き、見えない歩行者にうなずきかける。そして固まり、腰に手を当てた。
「交差する路、交差する者。カボチャの姿、その種子は、呪いなり!」
リークウィンドは太って見えるように腹を突き出し、はげて見えるように汚れた手で髪をなでつけ、“太った”お腹を指で叩きはじめた。そして彼は、古風な上流階級の登場人物がいた場所の周りを回りはじめた。
「呪いの寄せ集めたる、この者」
ぞんざいな身ぶりで冷笑し、リークウィンドは古風な登場人物に呪いを投げつけた。
「私の名前を知り、口を滑らせた、滑らせた、必要なのはそれですべて、それですべてが奪われる!」
彼は再び背を伸ばし、息を深く吸い、“上流階級”の登場人物を再開した。その人物は突然崩れ落ち、激しく放屁し、むかつくような悪臭の息を吐き出した。
「悪臭、異臭、糞便の呪い! ここに来たりて物語を語る、問題ない、今は問題ない。今はリークウィンドが名前、呼び名、呼び名」
「〈
彼は歯肉を舌なめずりし、豚のように鼻を鳴らした。彼の別の物語に興味をひかれ、私はさらにジャラを渡した。
「巨塔のほう、巨塔のほう……」
彼は左を指さした。遠くに黒焦げの路地が見える方向を。
「〈危険な
そして手足を曲げ、骨組みの建物のねじれた物まねをした。
「いつも
「炎だ、火だ!」
彼は両手を突き上げ、炎を真似て揺り動かした。
「路地は燃えた、巨大な煙、
そして背中を曲げてささやく。彼の体から発せられる悪臭が、再び波のように私を襲った。
「危険だ、今は、悪人たちがドヤを構えた、ドヤを構えた」
彼はお辞儀し、ラッパを吹くかのように鋭く放屁した。
「これが、街路が〈危険な
彼は心臓の上で半円を描いた。
「男がそうした。獣がそうした。フィーンドさえも、認める男。狂気に満ちた、悲哀に満ちた、火難に満ちた、熱望に満ちた、ソーサラーの物語……」
彼はしゅうしゅうと音を立て、炎を思わせる甲高い笑い声を上げた。
「危険な物語、危険な物語」
「一人のソーサラーがいた。ただの似非魔術師ではない、力の魔道師が」
リークウィンドはうやうやしく両手を合わせ、邪悪な笑みを浮かべた。
「彼は秘技と共に燃え、秘技が彼を燃やしたのだ」
「彼に与えられた名はイグナス、尊敬され、恐れられ、憎まれ、罰せられた名前」
リークウィンドはゼーゼーと音を立て、空を切り裂き、しゅうしゅうと音を立てる。「イグナス」をまねているようだ。
「最後の偉大なマギに学び、弟子として、イグナスは多くを学び、多くを学び……同時に何も学ばなかった」
リークウィンドが悲しそうに頭を振る。
「彼の心の中、漆黒の心、炎が燃え立つ。 心が燃えた、心が燃えた、心が飢えた」
リークウィンドは苦しんでいるかのように、胸をかきむしった。
「心が飢え、イグナスは飢えた。彼の望みは、次元界が燃えるのを見ることだった」
「夜に……」リークウィンドは背中を丸め、ゆっくり裏通りの方向へ忍び寄る。その顔に、狂気の笑みが広がる。「イグナスは裏通りに来た、後に〈
リークウィンドは裏通りを指さし、そして両手を天にかかげ、音もなく叫び、同時に笑った。
「肉は
リークウィンドが地面に崩れ落ち、空想の痛みにもだえた。
「邪悪が、邪悪がなされた、忘れるなかれ、忘れるなかれ」
彼は起き上がり、背中を丸め、左を見て、右を見て、ひそかに誰かと協議するかのように、口ごもりはじめた。
「どうにかしなければならぬ、どうにかしなければ……」
そして背を伸ばし、
「裁きが決まった。すべての似非魔術師、産婆、ルーンテラー、けちな魔女、あらゆる種類の魔術の使い手が……集った、秘技との関わりがほんのわずかな者でさえ、すべて、イグナスを裁くために。個々に飛ぶ……」
彼は腐った歯肉によって、耳障りな音を立てた。
「一丸となり、危険な、危険な」
彼は鼻歌を歌い、両手を上げた……
「イグナスを捕らえ、その願い、叶えてやろう……」
そして呪文を唱えるかのように両手を回転させた。
「彼は炎を望んだ、彼らはそれを叶えた、彼自身の望みを燃料として。彼らはイグナスの体を、火の元素界への扉とした——彼を殺すために、殺すために……」
「失敗した、失敗した……」
リークウィンドはウィザードたちの失敗を強調するかのように、再び放屁した。
「イグナスは生きている、イグナスは生きている、ただ眠っている、炎の毛布に、炎に、燃えながら眠りについた、不幸にも、不幸にも……」
彼は目を閉じ、両腕で自分の体を包み、ゆっくりと回る。
「燃える……永遠に燃える……」
突然、彼の目が開いた。
「いつの日か、彼は目覚め、この次元界を焼き尽くすだろう!」
リークウィンドは多くのことを知っているようだ。その知識には、私が捜している者も含まれているかもしれない。
「ファロドという名前の男がどこで見つかるか、教えてくれないか?」
思った通りだったようで、彼はさらに銅貨を要求し、私は同意した。
「かつては尊敬されし男、ファロド、男、目的を持つ男、地位を持つ男。すべては消えた、消えた、虚空に消えた」
リークウィンドは目を細め、そして放屁し、胃をひっくり返す臭いで空気を満たした。
「虚空に消えた……悪臭に消えた」
「嘘つき、詐欺師、法を歪める男、ファロド」
彼は机で物書きをしているかのように、背中を丸めた。彼はしばらく“執筆”し、そして突然止まり、恐れおののいた。
「そしてある日、彼は自分を歪めていたことに気づいた!」
「そんな嘘つき、そんな者が死んだとき、恐ろしい場所へ行くだろう……」
リークウィンドは悲しそうに頭を振り、再び背を丸め、でたらめに周囲を見渡した。
「ファロドはそれを受け入れない、受け入れない、受け入れない! 彼は他人を欺いた、彼は運命をも欺くのだ!」
「彼は読んだ、本に埋まった、予言者たちに助言を求めた……」
リークウィンドは歩き回り、遠くを眺めるかのように手を目の上にかざした。
「……そして彼らは、運命を欺くものは、がらくたの中でのみ見つかるだろうと話した」
リークウィンドは再び放屁し、臭い咳をした。
「きっと彼らは嘘をついた……」
リークウィンドは背筋を伸ばし、想像上の衣服をかなぐり捨てた。“衣服”を投げ捨てるごとに、彼はさらに猫背になった。
「ファロドは地位を投げ捨てた、目的を投げ捨てた、そして新たな称号を手に入れ……」リークウィンドは固まり、私を横目で見た。そして自分のぼろ服をかきむしり、揺すった。「〈ぼろきれの王〉となった! 彼はがらくたを支配し、臣民に探させ、必要とするものを見つけるだろう」
そして悲しそうに頭を振った。
「彼は今でも探している、今でも探している……」
「あ~……彼がどこで見つかるか知らないか?」
リークウィンドは頭を振った。
「彼はぼろきれとがらくたの中で生きている。そこで彼は見つかるだろう、見つかるだろう……」
彼は助けにならなかった。私は歩き続け、市場区画を離れた。
リークウィンドが話していた、〈危険な
「エオスカーの大聖堂へようこそ。私のように、エオスカーさまを崇めに来たのですか? 今なら、あのお方の二番目の門弟になることができますよ」
「エオスカーについて、もっと教えてくれ」
エオラの口調にへつらいが混じった。
「エオスカーさまは、〈門の番人〉です。あのお方の中にはポータルの、出入り口の、そして機運の力があるのです。〈扉の都〉としても知られるシギルは、かつてはエオスカーさまの地でした。いまいましい〈
ふむ、エオスカーか。神格を味方にして、悪いことはないだろう。この司祭の神が役に立たなくても、彼自身が役に立つかもしれない。
「エオスカーの門弟になりたい」
「素晴らしい! 前回のお方から、ずいぶん時間が経ちました」
エオラは私に一連の複雑な儀式を行わせ、そして言った。
「今、あなたはエオスカーさまの門弟になりました。シギルの民に、そのお言葉を広めに行くのです。誰もがエオスカーさまの栄光を知ることができるように!」
遅まきながら、心配になった。
「なぜエオスカーの門弟は他にいないんだ?」
「長年にわたって、多くの門弟がいました。残念ながら彼らは皆、消えてしまいました。まったく、苛立たしいことです。入会するやいなや、いなくなってしまうのです。最近では、〈