扉を通り抜け、ついに〈葬儀場〉から自由となった。建物の前の小さな庭を抜け、町へと歩を進める。ここは〈
「扉の都シギルさ。リング状の町で、とんでもない高さの巨塔の上にしゃがみ込んでる。この次元界の中心だとか何とか……もちろん、どうやって巨塔の頂上にあるのか、どうやったら次元界の中心なんて場所に存在できるのか、疑問は尽きないね」
「他には?」
「〈扉の都〉って呼ばれてるよ。中と外につながる見えない扉が、たっくさんあるから——だいたいはアーチだったり、ドア枠だったり、本棚や開いた窓。正しい状態なら、ポータルになるんだ。開くための鍵を持ってるか次第だけど」
「えっと、説明するとすれば——大半のポータルは
「例えば?」
「どこでもさ、大将。文字通りにね。そこにポータルがあれば、考えうるどんな場所でも。だからシギルは、次元界じゅうで人気なんだ」
庭から離れて歩き始めると、通りすがりの女性が私を見た。彼女は私のことを知っているようで、恐怖で後ずさり、そして叫んだ。
「久しぶりじゃないか……この
彼女はきびすを返し、逃げ出した。
彼女はそのまま行かせた。私はこの町で、私を知る者に出会うかもしれないのだと気づいた。用心しなければならないだろう。しかし、可能な限り早く情報を得ることが重要だ。出会う者たちに、この町について、特にファロドについて、訊くことを決心した。
その日は、邪悪に対するような仕草で私を無視する者たちに、何人か出会った。
いくらかジャラを、つまり硬貨を渡した売春婦は、とても役に立った。彼女は私に、ここから遠くない区画、〈くず拾い街〉と呼ばれる場所に収集家が集まっていると教えてくれた。彼女との話を終えると、モーテが声を出した。特定のことがらに関しては、モーテはとても分かりやすくなる。
「大将、オレにちょっとジャラを……つまり……あ~……ごぶさたなんだよ」
「その先は、聞かなくても分かる」
女性が割り込んだ。
「ミミルやそれ以下のやつは……料金二倍だよ」
私の尋ねるような視線に、モーテが答えた。
「ミミルってのは、喋る百科事典のこと。つまりオレだぜ、大将」
そんな考えは忘れるように、手を振った。
「心配するな、モーテ。彼女の見た目からして、私はお前を二度目の死から救ったのかもしれないぞ」
女性はすぐに私たちを呪った。
「梅毒に内臓やられちまえ! 臭くて山羊飼いみたいなファッションで、二倍は醜いクソ野郎め!」
彼女はしばらくのあいだ私たちを呪い続けた。売春婦が卑猥な言葉を垂れ流し、モーテはあっけに取られていた。言葉の雪崩が終わると、モーテは少し黙り、そして私のほうを向いた。
「わお、大将。武器の備蓄に、もう少し罵倒を集めとこうぜ」
そして息を整えている売春婦のほうを向いた。
「オレも愛してるよ」
私は思わず吹き出し、立ち去った。
ファロドの大まかな居場所は分かったが、彼を探す前にシギルについてもう少し学び、過去の穴を埋めるほうがいいと判断した。
出会う人々に尋ね続けた。地元のごろつきたちは私をいいカモだと思ったようで、ナイフを手に襲ってきた。〈葬儀場〉の引き出しに眠っていた剣を構えると、以前刃物を使ったことがあり、その扱い方をよく知っていることに気づいた。浅い傷を負ったが、私がごろつきの一人の死体のそばに立つと、他のごろつきたちは逃げていった。私は以前に人を殺したことがあることにも気づいた。おそらく、何度も。
次に話した〈
「ありがとよ、
私は興味をひかれた。
「待て……〈
「シギルの女王のことかい? 聞いたことがねえのか? あんた、幸せもんか、
彼は少しのあいだ考えこんだ。
「まあ、彼女はあまり喋らねえしな。まったく黙りこくってる」
そして私を慎重に見つめた。
「彼女について、話しすぎねえことですぜ、
〈葬儀場〉から遠くない場所で、
「この次元界のための墓石さ」
彼は冷笑した。
「名前という墓が、この石に刻まれる。俺の名前が、この石を真っ二つにすることを願うしかない」彼はモノリスの土台を指さした。「そこに、『クエンティン』と。それが忌々しいこいつを崩壊させるほど強く、打ちつけられることをな」
「
「新しく来たやつを読んでいる。毎日、新しい名前を見つけようとな。そして知っているやつなら、覚えておこうと。それだけだ」
「
「ああ、彼らはそれをこの石と……この壁に刻んでいる」
クエンティンは冷笑した。
「なぜ彼らが、わざわざ死者を数えているのかは知らない……
「生者のほうが?」
「ああ……この場所に来るやつを嘆く
「俺としては、この穴で生きる貧しい
彼は記念碑をあごで示した。
「ここにある名前は、少なくとも、俺の本の中で祝福されているがな」
彼は私を無視し、黙りこんだ。
立ち去ろうとしたが、思いつきで立ち止まり、
〈
「なにが望みだえ?」
なまりが強く、聞き取るのが難しかった。
「出てってほしいのかえ? 出ていかんぞえ、わしゃあ。出ていけん、やってみたが、こりゃあ町じゃないぞえ。あらゆる場所へつづく、牢獄じゃ」
「あらゆる場所へ?」私は尋ねた。
「世界があるのじゃ……」彼女の瞳が、狂おしげに輝いた。「……沈みゆく砂の次元界、乾いたイラクサの野、手足が命と憎悪をさずかる盲目の世、人々がささやく灰たる塵の都市、扉なき家、たそがれの大地、うたう風、うたう風……」
彼女はすすり泣きを始めた。しかし、涙は枯れているようだ。
「そして影……おそろしき影があるのじゃ」
「それらの場所はどこにある?」
「どこに? どこにじゃと?」
彼女は街並みを身ぶりで示しながら、右手の塊で弧を描いた。
「すべては
「扉?」
「うぬ! うぬは知っとるかえ?!」
彼女が私をねめつけ、その歯が音を立てはじめた。
「うぬに伝えよう。この忌むべき町で歩む場所、触れるものに用心することじゃ……扉、ゲート、アーチ、窓、額縁、彫像の開かれた口、棚の間の空間……
「すべての扉には
彼女は右手の塊をかかげた。
「そしてときに、反対側にあるものが、うぬの一部を
「その鍵とは何だ?」
「鍵、鍵はこの町の扉の数ほどもあろうて。あらゆる扉、鍵、あらゆる鍵、扉」
彼女の歯が再び音を立て始めた。まるで震えているかのように。
「そして鍵とは……? 鍵は
彼女は歯を鳴らし、食いしばって目を細めた。
「出ていけん……出ていけん……」
「お前はどうやってここに?」
「わしは……」彼女はわずかに落ち着いた。その瞳は千里先を見据えているかのようだ。「よその場所から来た。ほとんど前世の話のようじゃ。森の空き地で、朽ちて倒れた二本の木のあいだで、鼻歌を歌ったのじゃ。その重なった木のあいだにまばゆい扉が開いて、反対側のこの町を見せておった……わしは通り抜けて、これに行き着いた」
「なぜ戻れないんだ?」
「戻ろうとした! これの扉はすべて、他の場所に通じておった」
彼女は震え、溶けた右手を握った。
「何十ぺんもポータルを通った。意図的なことも、偶然だったことも。どれも正しくない。帰り道が、見つからんのじゃ……」
「お前を連れ帰るポータルがあるはずだ」
「これさえ離れられん! この広場さえ! そして門の向こうで、死の場所がわしを待っとるんじゃ!」
彼女は門の向こうの〈葬儀場〉を指さし、そして自暴自棄な表情で私のほうを向いた。
「この町じゃあ、どこへも行けんのじゃ!」
「あらゆるものが扉かもしれんじゃろう。そこのアーチも、ここの扉も、ポータルかもしれん。鍵もわからん。ほかのおそろしい場所に送り込まれるかもしれん……」彼女の歯が再び音を立て始めた。「……閉じた場所から離れるのじゃ、あらゆるものが扉かもしれん、鍵を持っているかもしれん、わしには分からんのじゃ……」
「お前は……あらゆる扉やアーチを通ることを恐れているのか? それがポータル
彼女はうなずいた。歯が音を立てる。
「どれほど昔から恐れているんだ?」
彼女は目を細め、考えこんだ。
「最後のポータルを通って以来じゃ。そこでわしは、この手を……」彼女は固まった。「十の
彼女の歯が、再び音を立て始めた。
「三十年?
彼女の視界がわずかに晴れた。彼女は私を見上げた。その歯は、まだ音を立てている。
「ここに来たのなら、戻ることができるポータルもあるはずだ。それを見つけるだけの問題だ——」
彼女は微笑んだ。その歯は、震えているから音を立てている
「
彼女は自分の足を見た。
「もういやじゃ、もういやじゃ」
「すまない……お前を助ける手段が見つけられそうなら、そうしよう。さようなら」
私は〈
〈
「
それは私に向けられた言葉だった。赤い髪が印象的な、革鎧を着た少女だ。その右腕は、何らかの生物の皮膚と見られる連結した板で覆われ、角のついた肩当てが左腕を守っている。奇妙なことに、彼女には尻尾があった……私が見ていると、それは前後にひるがえった。彼女は私が興味をひかれていることに気づいた。
「
その言葉を無視し、私は彼女にあいさつし、何者か尋ねた。少女は冷笑し、尻尾をみだらに動かした。
「
少女自体には、眺める価値が十分にあった。しかし彼女は、自分に尻尾があることを知っているのだろうか? 私は彼女の返事を聞き、考えていたことをうっかり口にしてしまったことに気づいた。
「私の尻尾?」少女は尻尾を見た。「もちろんよ! まあ目の錯覚じゃないかと思ってたけど。おい……あんた、鋭い
彼女は歯をむき出しにした。
「どっかの穴ぐらに舞い戻って、私のことはほっといてくれない?! 私もこの尻尾も、取引用じゃないんだけど?」
私が返事を探していると、モーテが口をはさんだ。
「アンタも尻尾も売り物じゃないのは、かえって好都合だぜ。どっちにしろ、それで曲がりなりにも生計を立てるなんて無理だろ」
幸運にも、彼の声が低すぎて聞き取れず、彼女は
「彼は何も言っていない……しかし私は、まだ興味がある……なぜお前には尻尾があるんだ?」
「バカなの? 石よりマヌケなんてありえる? それか、無知をつかさどる
私の質問には、モーテが答えた。
「大将、彼女はティーフリングなんだ。いくらかデーモンの血が混じってて、被害妄想と防衛意識が過剰なんだ……でも、いい尻尾だな。こんな醜い体にくっついてるのが残念だぜ」
口をはさもうとしたが間に合わず、彼女が言い返した。
「口汚いミミル野郎、その
「引っこ抜けるならやってみたらどうだ、小娘?! 〈
「十分だ!」もう手に負えない。
「ええ、そうね。あんたのミミルは、ひもにつないどきなさい。さもないと、体と一緒に埋めるわよ?」
彼女からは何も得られないだろう。
「それなら、さようなら」
「ええ、どっかに
驚きは絶えなかった。物売りが私の目を引いたのだ。その汚い見た目の男は、すぐに私の注目に気づいた。彼は“商品”を売り歩きながら、あっという間に私のところに来た。彼が運ぶ長い木の棒には、皮をむいて調理したネズミが沢山ぶら下がっていた。話しているあいだ、彼は汚れに覆われた大きな手で商品を示し、笑顔で黄色い乱ぐい歯を見せていた。
「よ~う、
私はその「ネズミちゃん」を調べた。それぞれのネズミは皮をはがれ、内臓を抜かれ、脚と尾を取り除かれ、首を貫通するかぎ針で棒からぶら下がっている。その様々な調理方法を調べていると、頭部が少し不格好であることに気づいた——渦巻き状の脳組織に見えるものに覆われた丸く膨らんだ塊が、その頭蓋骨から突き出ているのだ。
「変な見た目のネズミだな」
「さっすが、お目が高けえな、
彼はもう一度棒を突き出し、私の顔の前で魅惑的に揺らした……ネズミが小さな牛肉のようにぶら下がり、あちこちに揺れる。
「
「ええ、
「知能が増すのか?」
「ええ、あんたの前にあっしが立ってるのと同じくらい、はっきりと! 三十と十のやつらに出会ったら、あっしは自分のために逃げ出しますぜ……」彼は強調するために、パチンと手を叩いた。「……一目散に! やつらが群れになっちまったら……ヒトみてえに賢くなりやがるんですぜ!」
「最高のアドバイスを教えやしょう……
彼は再び私から離れた。
「魔法だ、
「お前は?」
「あっし? おお、あっしはクリーデン、クリードって呼ばれることもある——ネズミの肉屋のクリーデンですぜ!」
彼は仰々しく笑い、不ぞろいで黄色く、砕けてゆがんだ歯をむき出しにした。
「どうやらお前は、ここらで一番……友好的なようだ」
「まあ、
彼は私にウィンクし、腕を触った。
「出発するとこなんだろう、
「そうだな……」
「いいぞ、
彼は汚い爪で順番に指さした。
「焼いたやつ、スパイスで味付けしたやつ、煮たやつ、それに黒焦げなやつも! どれも新鮮でうまい……そして二つでたった三カッパーだ!」
「黒焦げのものを」私はそう答えた。酷い味も、少しはマシになっているはずだ。
銅貨を手渡すと、彼は素早い動きで黒焦げのネズミ二つを串に刺し、かぎ針から外して私に渡した。彼はウィンクした。
「お召し上がりくだせえ、
ネズミは外は焼けてパリパリで、中は柔らかくジューシーだった。少し脂っこく、かなり豊かな味で、確かにかつて食べたことがあるような……他の種類の肉の味がした。男は期待しながら私を見ていた。
「気に入りやしたか? もひとつどうだい?」
私は身ぶりで遠慮し、立ち去った。