プレーンスケープ トーメント 非公式小説

蟲蔵

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 扉を通り抜け、ついに〈葬儀場〉から自由となった。建物の前の小さな庭を抜け、町へと歩を進める。ここは〈蟲蔵むしぐら〉と呼ばれる区画だろう。私の視線は正面の建物を通り過ぎ、上へ、上へと。町が頭上を覆っている。環を形作り、つながっているのだ。私の驚きの表情に気づいたモーテが、説明を加えた。

「扉の都シギルさ。リング状の町で、とんでもない高さの巨塔の上にしゃがみ込んでる。この次元界の中心だとか何とか……もちろん、どうやって巨塔の頂上にあるのか、どうやったら次元界の中心なんて場所に存在できるのか、疑問は尽きないね」

「他には?」

「〈扉の都〉って呼ばれてるよ。中と外につながる見えない扉が、たっくさんあるから—だいたいはアーチだったり、ドア枠だったり、本棚や開いた窓。正しい状態なら、ポータルになるんだ。開くための鍵を持ってるか次第だけど」

「えっと、説明するとすれば—大半のポータルはって感じかな? 通り抜けても、そばにいても、上に乗っても、何も起きない。それぞれのポータルには、ためのものがあるんだ。それは例えば鼻歌とか、一週間前のバイトピアぱんの塊とか、ファーストキスの思い出とかだね。それで—ドカンッ!—ポータルは果汁をたぎらせて、飛びこむことができる。どこか、その反対側に」

「例えば?」

「どこでもさ、大将。文字通りにね。そこにポータルがあれば、考えうるどんな場所でも。だからシギルは、次元界じゅうで人気なんだ」

 庭から離れて歩き始めると、通りすがりの女性が私を見た。彼女は私のことを知っているようで、恐怖で後ずさり、そして叫んだ。

「久しぶりじゃないか……この! バートルのすべてのフィーンドに襲われちまえ! お前がアーリンにしたこと、いつか後悔させてやる……すべての神威かむいにかけて!」

 彼女はきびすを返し、逃げ出した。

 彼女はそのまま行かせた。私はこの町で、私を知る者に出会うかもしれないのだと気づいた。用心しなければならないだろう。しかし、可能な限り早く情報を得ることが重要だ。出会う者たちに、この町について、特にファロドについて、訊くことを決心した。

 その日は、邪悪に対するような仕草で私を無視する者たちに、何人か出会った。

 いくらかジャラを、つまり硬貨を渡した売春婦は、とても役に立った。彼女は私に、ここから遠くない区画、〈くず拾い街〉と呼ばれる場所に収集家が集まっていると教えてくれた。彼女との話を終えると、モーテが声を出した。特定のことがらに関しては、モーテはとても分かりやすくなる。

「大将、オレにちょっとジャラを……つまり……あ~……ごぶさたなんだよ」

「その先は、聞かなくても分かる」

 女性が割り込んだ。

「ミミルやそれ以下のやつは……料金二倍だよ」

 私の尋ねるような視線に、モーテが答えた。

「ミミルってのは、喋る百科事典のこと。つまりオレだぜ、大将」

 そんな考えは忘れるように、手を振った。

「心配するな、モーテ。彼女の見た目からして、私はお前を二度目の死から救ったのかもしれないぞ」

 女性はすぐに私たちを呪った。

「梅毒に内臓やられちまえ! 臭くて山羊飼いみたいなファッションで、二倍は醜いクソ野郎め!」

 彼女はしばらくのあいだ私たちを呪い続けた。売春婦が卑猥な言葉を垂れ流し、モーテはあっけに取られていた。言葉の雪崩が終わると、モーテは少し黙り、そして私のほうを向いた。

「わお、大将。武器の備蓄に、もう少し罵倒を集めとこうぜ」

 そして息を整えている売春婦のほうを向いた。

「オレも愛してるよ」

 私は思わず吹き出し、立ち去った。

 ファロドの大まかな居場所は分かったが、彼を探す前にシギルについてもう少し学び、過去の穴を埋めるほうがいいと判断した。

 出会う人々に尋ね続けた。地元のごろつきたちは私をいいカモだと思ったようで、ナイフを手に襲ってきた。〈葬儀場〉の引き出しに眠っていた剣を構えると、以前刃物を使ったことがあり、その扱い方をよく知っていることに気づいた。浅い傷を負ったが、私がごろつきの一人の死体のそばに立つと、他のごろつきたちは逃げていった。私は以前に人を殺したことがあることにも気づいた。おそらく、何度も。

 次に話した〈蟲蔵むしぐら〉の住民は怖がっていた。間違いなく、戦いの傷と血のせいだろう。聞いたことのない情報は少なかったが、私は申し訳なく思い、少しの銅貨を渡した。彼は誰かに見られていないか周囲を一瞥いちべつし、ローブの折り目にジャラを押し込んだ。

「ありがとよ、切者せっしゃ! 〈貴婦人レディ〉の影が、あんたを見過ごさんことを!」

 私は興味をひかれた。

「待て……〈貴婦人レディ〉? どういう意味だ?」

「シギルの女王のことかい? 聞いたことがねえのか? あんた、幸せもんか、のうな……あ~、シギルについてあんまし知らねえんだな」

 彼は少しのあいだ考えこんだ。

「まあ、彼女はあまり喋らねえしな。まったく黙りこくってる」

 そして私を慎重に見つめた。

「彼女について、話しすぎねえことですぜ、切者せっしゃ……彼女の影を横切るのも、賛美歌を歌うのも駄目だ。さあ、この話は終わりだ。〈貴婦人レディ〉について骨箱ほねばこ鳴らすのは、くらい、本当にくらいことなんだ」

 〈葬儀場〉から遠くない場所で、塵人ちりびとの小さな記念碑に出くわした。中央の角石を四つの壁が囲んでいるだけのものだ。外に塵人ちりびとが立ち、彼らの“真なる死”について唱えている。私は好奇心をそそられて壁のアーチを通り抜け、その内部と、何千もの名前で覆われた角石を目にした。それは〈葬儀場〉で目覚める前の夢か記憶に出てきた角石だった。角石を見つめている男に、これは何なのか尋ねた。

「この次元界のための墓石さ」

 彼は冷笑した。

「名前という墓が、この石に刻まれる。俺の名前が、この石を真っ二つにすることを願うしかない」彼はモノリスの土台を指さした。「そこに、『クエンティン』と。それが忌々しいこいつを崩壊させるほど強く、打ちつけられることをな」

ちりたちは死者の名前をこの記念碑に刻む……」彼は周りを身ぶりで示した。「この壁にもな。俺の見積もりでは場所が足りないが、関係はない……彼らは最善を尽くす。かろうじて読める名前が、半分ほどだとしてもな」

 塵人ちりびとに反発しているなら、なぜここにいるのか訊いてみた。彼の答えは明快だった。

「新しく来たやつを読んでいる。毎日、新しい名前を見つけようとな。そして知っているやつなら、覚えておこうと。それだけだ」

塵人ちりびとは、死んだ者全員の名前を、この記念碑に記録しているのか?」

「ああ、彼らはそれをこの石と……この壁に刻んでいる」

 クエンティンは冷笑した。

「なぜ彼らが、わざわざ死者を数えているのかは知らない……ちりたちにとっては、生者のほうが大事なのにな」

「生者のほうが?」

「ああ……この場所に来るやつを嘆く塵人ちりびとのことを知っているか? 彼らは死者ではなく、生者を嘆いているんだ。哀れな与太者よたもんを嘆いてくれと求める以外には、彼らには口を挟むこともできない」

「俺としては、この穴で生きる貧しい鹿馬かまの哀れさよりも、死ぬほうが三倍は悪いけどな」

 彼は記念碑をあごで示した。

「ここにある名前は、少なくとも、俺の本の中で祝福されているがな」

 彼は私を無視し、黙りこんだ。

 立ち去ろうとしたが、思いつきで立ち止まり、塵人ちりびとの哀悼者の一人に話しかけた。私は彼女に、アザーンが、死んだ知人のことを苦悩しているのだと話した。彼女は彼の苦痛を嘆くことを約束した。歩き去る時に彼らの聖歌の中にアザーンの名前が聞こえ、笑みで唇がゆがんだ。

 〈蟲蔵むしぐら〉の街路で、出会う者たちに尋ね続けた。その一人、ぼろ服をまとったやつれた女性が、興味深い物語を話してくれた。彼女の髪は汚くみだれ、顔色はとても暗かった。両腕はやけどに覆われ、右手は肉の塊になっていた……それは高温に晒されたろうのように、溶けているかのように見えた。私は彼女の注意を引くために、声をかけた。

「なにが望みだえ?」

 なまりが強く、聞き取るのが難しかった。

「出てってほしいのかえ? 出ていかんぞえ、わしゃあ。出ていけん、やってみたが、こりゃあ町じゃないぞえ。あらゆる場所へつづく、牢獄じゃ」

「あらゆる場所へ?」私は尋ねた。

「世界があるのじゃ……」彼女の瞳が、狂おしげに輝いた。「……沈みゆく砂の次元界、乾いたイラクサの野、手足が命と憎悪をさずかる盲目の世、人々がささやく灰たる塵の都市、扉なき家、たそがれの大地、うたう風、うたう風……」

 彼女はすすり泣きを始めた。しかし、涙は枯れているようだ。

「そして影……おそろしき影があるのじゃ」

「それらの場所はどこにある?」

「どこに? どこにじゃと?」

 彼女は街並みを身ぶりで示しながら、右手の塊で弧を描いた。

「すべてはあるのじゃ。扉、扉、これは

「扉?」

「うぬ! うぬは知っとるかえ?!」

 彼女が私をねめつけ、その歯が音を立てはじめた。

「うぬに伝えよう。この忌むべき町で歩む場所、触れるものに用心することじゃ……扉、ゲート、アーチ、窓、額縁、彫像の開かれた口、棚の間の空間……境界に用心するのじゃ。ほかの場所への扉なのじゃからの」

 「すべての扉にはがある。鍵をもって、扉はその本質を示すのじゃ……アーチはポータルに、額縁はポータルに、窓はポータルに……すべてがうぬを、ほかのどこかへ連れ去ろうとする。うぬは奪い去られる……」

 彼女は右手の塊をかかげた。

「そしてときに、反対側にあるものが、うぬの一部をとして奪うのじゃ」

「その鍵とは何だ?」

「鍵、鍵はこの町の扉の数ほどもあろうて。あらゆる扉、鍵、あらゆる鍵、扉」

 彼女の歯が再び音を立て始めた。まるで震えているかのように。

「そして鍵とは……? 鍵はじゃ。感情かもしれんし、中指と小指ではさんだ釘かもしれんし、三べん考えた後に逆に考える思考かもしれんし、ガラスの薔薇かもしれん」

 彼女は歯を鳴らし、食いしばって目を細めた。

「出ていけん……出ていけん……」

「お前はどうやってここに?」

「わしは……」彼女はわずかに落ち着いた。その瞳は千里先を見据えているかのようだ。「よその場所から来た。ほとんど前世の話のようじゃ。森の空き地で、朽ちて倒れた二本の木のあいだで、鼻歌を歌ったのじゃ。その重なった木のあいだにまばゆい扉が開いて、反対側のこの町を見せておった……わしは通り抜けて、これに行き着いた」

「なぜ戻れないんだ?」

「戻ろうとした! これの扉はすべて、他の場所に通じておった」

 彼女は震え、溶けた右手を握った。

「何十ぺんもポータルを通った。意図的なことも、偶然だったことも。どれも正しくない。帰り道が、見つからんのじゃ……」

「お前を連れ帰るポータルがあるはずだ」

「これさえ離れられん! この広場さえ! そして門の向こうで、死の場所がわしを待っとるんじゃ!」

 彼女は門の向こうの〈葬儀場〉を指さし、そして自暴自棄な表情で私のほうを向いた。

「この町じゃあ、どこへも行けんのじゃ!」

「あらゆるものが扉かもしれんじゃろう。そこのアーチも、ここの扉も、ポータルかもしれん。鍵もわからん。ほかのおそろしい場所に送り込まれるかもしれん……」彼女の歯が再び音を立て始めた。「……閉じた場所から離れるのじゃ、あらゆるものが扉かもしれん、鍵を持っているかもしれん、わしには分からんのじゃ……」

「お前は……あらゆる扉やアーチを通ることを恐れているのか? それがポータルから?」

 彼女はうなずいた。歯が音を立てる。

「どれほど昔から恐れているんだ?」

 彼女は目を細め、考えこんだ。

「最後のポータルを通って以来じゃ。そこでわしは、この手を……」彼女は固まった。「十の輪転りんてんのころ以来じゃ……わしは今、十の輪転りんてんが四度過ぎたところじゃ」

 彼女の歯が、再び音を立て始めた。

「三十年? 、三十年間通り抜けていないのか?」

 彼女の視界がわずかに晴れた。彼女は私を見上げた。その歯は、まだ音を立てている。

「ここに来たのなら、戻ることができるポータルもあるはずだ。それを見つけるだけの問題だ—」

 彼女は微笑んだ。その歯は、震えているから音を立てている……彼女の口の中を、動き回っているのだ。歯が動くにつれて、歯肉がよじれている。見つめていると、歯が上下してぶつかり合い、音を立てた。彼女は私に、しゅうしゅうと音を立てた。

、偶然ポータルを通り抜ければ、恐怖が刻みこまれるぞえ。わしは何十ぺんも通って、手を失い、肉を焼かれ、感覚を失ったのじゃ」

 彼女は自分の足を見た。

「もういやじゃ、もういやじゃ」

「すまない……お前を助ける手段が見つけられそうなら、そうしよう。さようなら」

 私は〈蟲蔵むしぐら〉で出会う全員に助けを約束することにならないよう願った。この都市は、誰かが助けようと願うよりも早く、不幸を生み出しているのではないだろうか。たとえその誰かが、不死だったとしても。

 〈ちりかぶり亭〉に通りかかったが、そこは塵人ちりびとのたまり場だった。彼らはもう十分だったので、中には入らなかった。

ちりどもは死屍しにかばねを一体なくしたみたいね……」

 それは私に向けられた言葉だった。赤い髪が印象的な、革鎧を着た少女だ。その右腕は、何らかの生物の皮膚と見られる連結した板で覆われ、角のついた肩当てが左腕を守っている。奇妙なことに、彼女には尻尾があった……私が見ていると、それは前後にひるがえった。彼女は私が興味をひかれていることに気づいた。

っ引きなさい」

 その言葉を無視し、私は彼女にあいさつし、何者か尋ねた。少女は冷笑し、尻尾をみだらに動かした。

っ引きなさい、脳無のうなしの鹿馬野郎かまやろう

 少女自体には、眺める価値が十分にあった。しかし彼女は、自分に尻尾があることを知っているのだろうか? 私は彼女の返事を聞き、考えていたことをうっかり口にしてしまったことに気づいた。

「私の尻尾?」少女は尻尾を見た。「もちろんよ! まあ目の錯覚じゃないかと思ってたけど。おい……あんた、鋭い切者せっしゃじゃないわけ?」

 彼女は歯をむき出しにした。

「どっかの穴ぐらに舞い戻って、私のことはほっといてくれない?! 私もこの尻尾も、取引用じゃないんだけど?」

 私が返事を探していると、モーテが口をはさんだ。

「アンタも尻尾も売り物じゃないのは、かえって好都合だぜ。どっちにしろ、それで曲がりなりにも生計を立てるなんて無理だろ」

 幸運にも、彼の声が低すぎて聞き取れず、彼女は怪訝けげんそうにモーテを見るだけだった。私はすでに笑い物になってしまった。好奇心を満たそうとしても、構わないだろう。

「彼は何も言っていない……しかし私は、まだ興味がある……なぜお前には尻尾があるんだ?」

「バカなの? 石よりマヌケなんてありえる? それか、無知をつかさどる神威かむいだったりする? ダバスにレンガでおおわれて、道にされちゃえばいいわ!」

 私の質問には、モーテが答えた。

「大将、彼女はティーフリングなんだ。いくらかデーモンの血が混じってて、被害妄想と防衛意識が過剰なんだ……でも、いい尻尾だな。こんな醜い体にくっついてるのが残念だぜ」

 口をはさもうとしたが間に合わず、彼女が言い返した。

「口汚いミミル野郎、その骨箱ほねばこを閉じたほうが身のためよ。私がそいつをあごから引っこ抜く前にね」

「引っこ抜けるならやってみたらどうだ、小娘?! 〈蟲蔵むしぐら〉のクズからは、お喋りしか聞こえないじゃないか! 拳を使えよ! かかってこい! その脚を噛みちぎってやる!」

「十分だ!」もう手に負えない。

「ええ、そうね。あんたのミミルは、ひもにつないどきなさい。さもないと、体と一緒に埋めるわよ?」

 彼女からは何も得られないだろう。

「それなら、さようなら」

「ええ、どっかにっ引きなさい」

 驚きは絶えなかった。物売りが私の目を引いたのだ。その汚い見た目の男は、すぐに私の注目に気づいた。彼は“商品”を売り歩きながら、あっという間に私のところに来た。彼が運ぶ長い木の棒には、皮をむいて調理したネズミが沢山ぶら下がっていた。話しているあいだ、彼は汚れに覆われた大きな手で商品を示し、笑顔で黄色い乱ぐい歯を見せていた。

「よ~う、切者せっしゃぁ、調子はどうだい? こんないい日にゃ、どんなう~んめぇネズミちゃんがお好みで?」

 私はその「ネズミちゃん」を調べた。それぞれのネズミは皮をはがれ、内臓を抜かれ、脚と尾を取り除かれ、首を貫通するかぎ針で棒からぶら下がっている。その様々な調理方法を調べていると、頭部が少し不格好であることに気づいた—渦巻き状の脳組織に見えるものに覆われた丸く膨らんだ塊が、その頭蓋骨から突き出ているのだ。

「変な見た目のネズミだな」

「さっすが、お目が高けえな、切者せっしゃぁ! あっしが売ってんのは、なんと脳獣のうじゅうだ……普通のネズミより、はるかに芳醇な香りを約束しますぜ。本当に、素晴らしいことこの上ねえ!」

 彼はもう一度棒を突き出し、私の顔の前で魅惑的に揺らした……ネズミが小さな牛肉のようにぶら下がり、あちこちに揺れる。

脳獣のうじゅう?」

「ええ、切者せっしゃ脳獣のうじゅうですぜ。さて、普通のネズミときたら? ヤツらは備蓄を食って、数を増やして、病気を広げやがる……単に不快なだけだ。一方で頭蓋ネズミクレイニアム・ラット—あっしが追い求める、脳獣のうじゅう—本当に厄介者ですぜ。その怠け者たちをちょいと集めれば、抜け目なくなり始めるんで……ときには、抜け目なく」

「知能が増すのか?」

「ええ、あんたの前にあっしが立ってるのと同じくらい、はっきりと! 三十と十のやつらに出会ったら、あっしは自分のために逃げ出しますぜ……」彼は強調するために、パチンと手を叩いた。「……一目散に! やつらが群れになっちまったら……ヒトみてえに賢くなりやがるんですぜ!」

「最高のアドバイスを教えやしょう……脳獣のうじゅうを捕まえたくなったら、小さな群れを狙うことですぜ。せいぜい一ダースかそこらだ。でももしあんたが……」彼が近づき、臭い息が顔にかかる。そして彼は、静かな口調で話した。「それ以上に出会ったら……二ダース以上に出会ったら……〈貴婦人レディ〉の影に入っちまったみたいに逃げることですぜ!」

 彼は再び私から離れた。

「魔法だ、切者せっしゃ……魔法なんだ! あの小さなフィーンドを一カ所に集めると、奇妙な 力を手に入れやがる! なぐの脳みそが耳から流れ出ちまうような! 本当におそろしい……あんたに話したのは間違いだったかもな。だからシギルは、やつらを駆除しようとしてんです……奨励金や何やでね」

「お前は?」

「あっし? おお、あっしはクリーデン、クリードって呼ばれることもある—ネズミの肉屋のクリーデンですぜ!」

 彼は仰々しく笑い、不ぞろいで黄色く、砕けてゆがんだ歯をむき出しにした。

「どうやらお前は、ここらで一番……友好的なようだ」

「まあ、切者せっしゃ、あっしはそうあろうとしてますぜ。商売柄でしょうかね……ここいらのやつらは確かににらで、まったく友好的じゃねえ。だがクリーデンにはいつでもあったけえ笑顔と、焼きたてほっかほかのネズミちゃんがあるって、切者せっしゃたち全員に知って欲しいんだ!」

 彼は私にウィンクし、腕を触った。

「出発するとこなんだろう、切者せっしゃ、だがその前に、すごくう~んめぇネズミちゃんはどうだ? 道中に、ぴったりだろう?」

「そうだな……」

「いいぞ、切者せっしゃぁ、そうこなくっちゃあ! どんな種類がお好みで?」

 彼は汚い爪で順番に指さした。

「焼いたやつ、スパイスで味付けしたやつ、煮たやつ、それに黒焦げなやつも! どれも新鮮でうまい……そして二つでたった三カッパーだ!」

「黒焦げのものを」私はそう答えた。酷い味も、少しはマシになっているはずだ。

 銅貨を手渡すと、彼は素早い動きで黒焦げのネズミ二つを串に刺し、かぎ針から外して私に渡した。彼はウィンクした。

「お召し上がりくだせえ、切者せっしゃぁ!」

 ネズミは外は焼けてパリパリで、中は柔らかくジューシーだった。少し脂っこく、かなり豊かな味で、確かにかつて食べたことがあるような……他の種類の肉の味がした。男は期待しながら私を見ていた。

「気に入りやしたか? もひとつどうだい?」

 私は身ぶりで遠慮し、立ち去った。


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